(第41章)創聖(後編)

 
 (第41章)創聖(後編)
 
窮極の門の先の時空間。
「おい!お前の愛した人間の女とお前の娘の歌声がするぞ!」
短い髪に黒いスーツに白いシャツ、黒いネクタイのいかにも
紳士的な男が彼方の混沌の独房に閉じ込められている
白いスーツの男をからかう様に話しかけた。
「なんだと?ジルが?」
白いスーツの男は驚き、立ち上がり、瞼を静かに閉じ、歌声を聴いた。
やがて瞼を開け、榛色の瞳で目の前にいる
黒いスーツの紳士的な男に話しかけた。
「ヨグ・ソートス!あんたの言う通りだったのか?」
するとヨグ・ソートスはニヤリと笑った。
「左様!とは言え、まさか……此処まで届くとは……」
「ふーんさすがの天下の外なる神の副王様もこれは予想できなかったと?」
白いスーツの男は嘲笑した。
「ドラキュラ伯爵!いや、ニャルラトホテプ伯爵騎士!
確かにな。まさか矮小でありながら魔戒法師の血を受け継いだ人間の女が
魔導力と歌とセフィロトの力で我と同等の力を発生させるとは。」
「つまりジルは『外なる神』に等しい存在だと?」
「その通りだ!彼女は自らの心の中に潜む闇と
自らの心に元々存在している光を融合させた。          
結果、我と同等の概念『全にして一、一にして全』となった。
錬金術師、いや魔術師達の最終目的」
「かつて多くの錬金術師、魔術師達は我の力を
手に入れる事で神の座を手に入れようとした。
しかし誰一人成功する者はいなかった。
何故なら彼らは光と闇を同時に受け入れようとしなかった。
それに彼らは光か闇、どちらか一方しか受け入れようとしなかった。
そして全にして一、一にして全の力は歌声に変わり。
光と闇の入り混じった矢となり、時空や空間を震わせ、
この窮極の門の先の時空間、無数のあらゆる平行世界(パラレルワールド
混沌の地、真魔界、宇宙全域まで及ぶ事になるだろう。
そして果ての無い超越的なあの親子の力は
何処まで行っても止まらないだろう。
それは無数の善人にも無数の悪人にも
あの親子の力を抑える事は未来永劫不可能な事だ!」
「そいつは凄いな。
お前の愛する妻のシリルがこの曲を聞いたら何を想うのだろう?」
「きっと後悔しておろう。彼女は平行世界(パラレルワールド)に存在する
もう一つの向こう側(バイオ)の世界でシュブ・二グラスを封印し、
大事な名も無き一人娘の魂も肉体も永遠に失った。
そして彼女は賢者の石に肉体も精神も
喰い尽され、お前の化身の一つとなった。
我は賢者の石が暴走し、制御不能となった
彼女を制御し、我の加護に入れた。
その後、彼女に新しくシリルと言う名を与え、我の妻にした……」
「どうせなら『愛しの我が子・ダオロスを我が妻であり、
元魔導ホラーだった燕邦が苦労して眠らせたのに。』とか
『燕邦を含む魔導ホラー達』うまく話をごまかせばよかったものの」
「黄金騎士ガロの称号を持つ男にそんな小細工が通用すると思うか?」
ドラキュラ伯爵・ニャルラトホテプ伯爵騎士は自分を嘲笑した。
「この歌声を奏でている彼女と私の娘は幸せになったか?」
と言うドラキュラ伯爵・ニャルラトホテプ伯爵騎士の質問に対し、
ヨグ・ソトースはそっけなくこう返した。
「我は未だに人間達の考える『幸せ』が何なのか分らぬ!」
 
こちら側(バイオ)の世界。
ジルと彼女の下腹部に存在する名も無き一人娘の肉体と魂の宿った
賢者の石から発せられる女の子の声は
重なり合い、美しいハーモニーとなり、
夜空を切り裂き、ニューヨーク全域から、世界中に広がった。
更に親子も気が付かない内に美しいハーモニーの歌声は
時空も空間も震わせ、窮極の門にも達していた。
やがて両手で頭を押さえ、苦しんでいるソフィアの頭上に浮いている
オレンジ色に輝く脳の表面の一万人の女性の顔はふっと消えた。
やがて巨大なオレンジ色に輝く脳は次第に風船のように膨張して行った。
パアアアアアアアアン!
大きな音と共にオレンジ色に輝く脳は破裂した。
破裂したオレンジ色に輝く脳の内側から
一万個のオレンジ色に輝く粒子が吹き出した。
同時にオレンジ色に輝く脳を構成していた
物質に分れ、永久に存在出来無くなった。
代わりにオレンジ色に輝く一万個の粒子はニューヨーク全体の
夜空を覆い尽し、ヒラヒラと街中に降り注いで行った。
「なんてことおおおっ!」
ソフィア・マーカーは怒りと悔しさで大声を上げた。
「よし!」
「これでどうにか一万人の人間の女性達の意識は助かったな。」
鋼牙とザルバは緊迫した表情から安堵の表情に変わった。
一方、ジルと下腹部にいる名も無き娘は歌を無事、最後まで歌い終えた。
そしてジルは夜空に煌めく一万個の粒子を青い瞳でじっと見ていた。
するとジルの下腹部にいる名も無き娘はこう解説した。
「ママ!あれはね!アゾートって言うの!アゾートはね!
あらゆる物事の始まりと終わりを司る象徴的な物で!
人間の霊魂と肉体を繋げる霊的物質の一つで!人間の意識そのものなの!」
「確か超常的な力を発揮する時、巨大な力を解放する引き金になるとか?」
暫くしてジルはモイラとクレアの事を思い出した。
「あっ!モイラ!クレア!」
その時、下腹部にいる名も無き娘を
慌てふためくジルを安心させるようにこう言った。
「大丈夫!皆あたしと同じ家に還ったから!」
暫くしてジルの背後でうーんと唸る女性の声がした。
同時にモイラは嬉しさの余り、泣きしゃべる声がした。
ジルが振り向くと大きく唸り、片手で頭を押さえて上半身を起こした
クレアをモイラが泣きじゃくりながら身体を抱きしめる姿が見えた。
「よかった!意識が!皆助かったのね!」
やがてジルの下腹部にいる名も無き娘は。
「じゃ!しばらく休んでいるね!また会おうね!ママ!」
「ええ、また必ず会いましょう!」
ジルは穏やかに微笑み、優しく右手で自分の下腹部を撫でた。
もう下腹部から名も無き娘の声は聞こえなくなっていた。
でも、今あたしの体内に確かに存在するわ。
それに必ずまた会うわ!今度は名を持つあたしの娘として!
ドスウウウン!
セントラルパークの芝生の上に落下する音がした。
同時に周囲の芝生が地震の様に上下に揺れた。
ついジルは足元をふらつかせた。
続けてソフィア・マーカーの怒号が夜空に響いた。
「貴様らあああああああああっ!」
その時、ジルの目の前に冴島鋼牙の白いコートの背中が現われた。
鋼牙は茶色の瞳をモイラとクレアに向けた。
「クレア!モイラ!すまない!ジルを頼む!」
鋼牙の呼びかけにクレアとモイラは直ぐに反応した。
そして素早く立ち上がった。
ジルは不意に全身の力が抜けて、芝生の上に倒れた。
「あっ!ジル!」
「ちょっと!大丈夫なの?」
「心配ない!アゾートの力を使い過ぎただけだ!」
「案ずるな!消費した彼女のアゾートは身体をゆっくりと
休めれば元通りになる。それよりも早く安全なところへ!」
「わっ!分った!」
「アゾートって?まさか?ジルは錬金術を?」
「その一種だ!今は説明している暇はない!」
「逃がさんぞ!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
ソフィア・マーカーは大きく5mまでジャンプをした。
そしてジルを抱えて逃げようとするクレアとモイラに襲い掛かった。
ソフィア・マーカーの拳が3人に高速で迫った。
しかし鋼牙は大きく5mまでジャンプした。
そしてジル、クレア、モイラに襲いかかろう
としたソフィアの右頬を高速で殴りつけた。
ソフィア・マーカーはそのまま高速で真横に吹き飛ばされた。
やがてソフィア・マーカーの身体は放物線を描き、芝生の上に落下した。
鋼牙はスタッと芝生の上に着地した。
「急げ!なにをしている!」
クレアとモイラは気絶しているジルをどうにか持ち上げた。
そして鋼牙に言われた通り、
ソフィア・マーカーの目の届かない安全な場所に避難させた。
こうしてソフィア・マーカーと冴島鋼牙の一対一の最終決戦となった。
「もう!貴様の策略はここまでだ!」
「ぐぐっ!クソが!黄金騎士めええええええっ!」
ソフィア・マーカーは絶叫したと同時に名状し難い甲高い咆哮を上げた。
「来るぞ!凄まじい邪気を感じる!」とザルバ。
「分ってる!」といつものように冷静に鋼牙は答えた。
 
(第42章に続く)