(第10章)侵入と対決

(第10章)侵入と対決
 
ジェレミー刑事はようやくユダの血統の巣が
ある貸し倉庫の中に足を踏み入れた。
「うわっ!なんだ?」
彼は貸し倉庫の中に入った途端、凄まじい蒸気と湿気に襲われた。
「なんだよ……空調設備はオシャカなのか?」
ジェレミー刑事は垂れて来る汗をハンカチで拭った。
そして歩いている内に黒い靴がグニャリと何かを踏んだ。
「うわっ!なんだ?」
彼は思わず顔をしかめ、黒い靴を上げた。
靴底には透明な粘液が付着し、長く線を引いていた。
「うえっ!サイアク!」
更に周囲を見渡した時、彼は言葉を失った。
「これはなんだ?卵嚢か?マジかよ……」
彼の視線の先の冷たい床には胎児程の大きさの
7本の節の付いたオレンジ色の卵嚢が存在した。
しかも全てのオレンジ色の卵嚢は大きく
真っ二つに裂け、既に孵化した後だった。
「まさか……ユダの血統の幼虫が……」
ジェレミー刑事は肩にぶら下げていた
モスバーグ500を慌てて両手で掴んだ。
そしてモスバーグ500を両手で構え、注意深く周囲に銃口を向けた。
しかしユダの血統らしき姿はいなかった。
彼は無言でどんどん貸し倉庫の奥へ奥へと歩き続けた。
やがて目の前に更に酷い光景が見えた。
「うわ。嘘だろ……」
貸し倉庫の壁には透明な粘液と複雑な糸に
絡め取られた2人の女性の姿が見えた。
一人は恐らく六ヶ月前に
ユダの血統に誘拐されたヴィクトリア・マクレーンだろう。
そしてもう一人は三時間前に誘拐されたー。
「マーゴット刑事!」
彼は直ぐに気付き、必死に呼びかけた。
しかしマーゴット刑事はどういう訳か
すやすや眠っているらしく、返事は無かった。
「マーゴット刑事!起きろ!
ワシントンDCの刑事です!ジェレミー刑事だ!」
しばらくして掠れた声で倉庫の壁には透明な粘液と複雑な糸に
絡め取られ、身動きの出来ない全裸のマーゴット刑事がこう言った。
「来てくれたのね……あたし……あたし……もう……」
「もういい!何も言うな!ヴィクトリアと君を助けに来た!」
ジェレミー刑事は懐からサバイバルナイフを取り出した。
その瞬間、隣で眠っていたヴィクトリア・マクレーンが目を覚ました。
「駄目よ!彼の巣を刺激しないで!お願い!あたしたち殺されちゃう!」
彼女の悲鳴に近い叫び声を聞いたジェレミー刑事は驚いた。
その拍子にサバイバルナイフを湿った床に落としてしまった。
「ああ、もう!頼むから!静かにしてくれ!これじゃ!奴が!」
ジェレミー刑事は大きく唸り、ヴィクトリア・マクレーンを叱りつけた。
その時マーゴット刑事はまた大声を上げた。
「ジェレミー刑事!後ろ!ユダの血統よ!」
「なっ!」
ジェレミー刑事は反射的にモスバーグ500を両手で構え、振り向いた。
目の前に音も気配も無く、いつの間にか
大きな仮面を被った成人男性が現われていた。
そして早回しで黒いロングコートを大きく左右に拡げた。
同時に4対の昆虫に似た巨大な翅に早変わりした。
更に両肩から巨大な亜鋏状の鎌の付いた棘だらけの昆虫の脚を伸ばした。
やがて大きな仮面がパキッと二つに割れた。
続いて二つに割れた仮面の中からカマキリそっくりの
巨大な複眼の付いた灰色の逆三角形の頭部が現われた。
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
奇妙な鳴き声を上げた後、ユダの血統は
両肩から伸びた巨大な亜鋏状の鎌を振り上げた。
その瞬間、ジェレミー刑事はモスバーグ500の引き金を引いた。
ドアアアアン!と言う大きな銃声が貸し倉庫の中に響き渡った。
銃口から放たれたフォスタースラッグ弾はユダの血統の胸部に直撃した。
ユダの血統は甲高い苦悶の叫び声を上げ、仰向けに倒れた。
さらに追い打ちをかけようとジェレミー刑事は再び
モスバーグ500の銃口をユダの血統の頭部に向けた。
「終わりだ!虫野郎!」
ジェレミー刑事は額に汗が流れる中、
モスバーグ500の引き金に指を掛けた。
次の瞬間、ユダの血統は片方の更に巨大な亜鋏状の鎌の
付いた棘だらけの昆虫の脚を水平に振った。
不意をつかれたジェレミー刑事は胸部を切り裂かれた。
「ぐわっ!」
ジェレミー刑事は1歩、2歩後退した。
彼は苦悶の表情をした後、慌てて自分の胸部を見た瞬間、
身の毛がよだつ感覚に襲われた。
不幸にもユダの血統の鋭利な亜鋏状の鎌は
重ね着をした防弾チョッキを全て切断していた。
幸いにも致命傷には至らなかったがかなり深い切り傷になっていた。
深い傷口からは赤い血が滲み、ボタボタと床に水滴が落下し続けていた。
ユダの血統は彼の血の匂いを嗅ぎ、興奮した。
「カチュカチュカチュ!キュイイイイイン!」
ユダの血統は奇妙な鳴き声の後、甲高い鳴き声も上げた。
その時、ふとマーゴット刑事は耳を澄ました。
この貸し金庫の外でパタパタとヘリコプターの音と
男達の怒鳴り声と指示を送る声が聞えた気がした。
「これは……まさかアメリカ政府??」
一方、ジェレミー刑事は歯を食いしばり、
再びモスバーグ500を両手で構えた。
ユダの血統は巨大な亜鋏状の鎌の付いた
棘だらけの昆虫の脚を振り降ろした。
振り降ろされた巨大な亜鋏状の鎌は
ジェレミー刑事の両肩に深々と食い込んだ。
同時に鋭利な亜鋏状の鎌は重ね着をした防弾チョッキを全て切断していた。
両肩の深い傷口からは大量の赤い血が噴水のように噴出した。
「ぐあああああああっ!」
続けてユダの血統はそして4対の刃物状の鋭い牙を大きく広げた。
「くそっ!くそったれ!」
ジェレミー刑事はすかさず
モスバーグ500の銃口を細長い下腹部に向けた。
「てめえ見たいなクソ虫に食われてたまるかあああああっ!!」
ジェレミー刑事はそう絶叫し、モスバーグ500の引き金を引いた。
ドアアアアン!と言う大きな銃声が貸し倉庫の中に響き渡った。
銃口から放たれたフォスタースラッグ弾は
ユダの血統の細長い下腹部に直撃した。
グチャリッ!と大きな音と共に柔らかい下腹部は風船のように弾けた。
同時に大量の白い液体が周囲に撒き散らされた。
ギエエエエッ!ギィイイイイッ!
ユダの血統はジェレミー刑事の両肩に深々と
食い込んでいた巨大な亜鋏状の鎌を無理矢理引き抜いた。
その後、ジェレミー刑事の筋肉質な身体を真横に放り投げた。
彼はグチャッ!と湿った床に倒れ込んだ。
ユダの血統は慌てた様子で4対の昆虫に似た巨大な翅を開いた。
ブブブブブブブブブブブブブブブッ!
羽音を立て、細長い下腹部からダラダラと白い液体を
床に落としながら何処かへ飛び去った。
恐らくあれが致命傷だろう。
ジェレミー刑事は両肩と胸部の激痛を堪え、
歯を食いしばり、全身に力を込めた。
続けて上半身を起こし、モスバーグ500を支えにようやく起き上がった。
「待っていろ……今……助けて……やるから……」
ジェレミー刑事は急に視界がぐらつき、意識が朦朧となった。
その後、バタリとジェレミー刑事は失血多量で意識を失い、床に倒れた。
暫くして胸部や両肩から大量の血が流れ、
床には真っ赤な血溜まりが出来た。
「ジェレミー刑事!ああ!嘘!ジェレミー刑事!ジェレミー刑事!」
マーゴット刑事が何度も絶叫する中、
いきなりバアン!と言う大きな音が聞えた。
同時に大きな分厚い貸し倉庫の扉が勢い良く開いた。
そして貸し倉庫の中に頭から足の先までを覆う白い防護服に
身を包んだ4人の男達が突入して来た。
しかも全員、顔にマスクやゴーグルを付けていた。
また背中にはボンベを背負っていた。
そしてマスクとボンベはチューブで繋がっていた。
マーゴット刑事はそれが何なのか知っていた。
BC兵器が使用された時に着る防護服だった。
いや、ここにBC兵器なんてない!!いるのはユダの血統だ!!
しかもその4人の防護服を着た男達は衛生兵や優性遺伝子学者だった。
その中にやはり自称・ユダの血統研究の
権威であるカイラ・ウルフ博士の姿もあった。
「カイラ博士??どうしてここに??」
「ご苦労だったよ!心配ないよ!直ぐに助けるから!」
やがて白い防護服を着た一人の衛生兵がヴィクトリアの
全裸のスレンダーな身体に複雑に絡め取られている透明な粘液を払った。
その後、糸を慎重にレーザーカッターで切断して行った。
やがて彼女は他数名の白い防護服を着た衛生兵により、
白いタンカーの上に乗せられ、貸し倉庫の外へ運ばれて行った。
またマーゴット刑事も同じくもう一人の衛生兵により、救助された。
負傷し、失血多量で意識を失ったジェレミー刑事もタンカーに乗せられた。
 
(終章に続く)