(第12章)混沌(カオス)

(魔女王ルシファーのデザインを故人、
原型師デザイナーの韮澤靖氏に捧ぐ)
 
(第12章)混沌(カオス)
 
BSAA北米支部のジルのオフィス。
幼稚園での自分の娘のトリニティと
迷惑な大人が始めた喧嘩事件をようやく解決させ、
BSAA北米支部の自分のオフィスに戻った。
そして流石に色々あって少し疲れたのだろう。
彼女はうっかりソファーの上で居眠りをしてしまった。
しばらくしてジルの視界は暗闇に包まれていた。
だが急に目の前が真っ赤に光った気がした。
彼女は静かに両目を開けた。
すると彼女の視界には異様な空間が広がっていた。
そこは内なる魔界とは異なる全く別の空間、
いや精神世界と呼ぶべきなのか?
何処までが天井で、何処までが床で、何処までが壁なのか全く分からない。
更に上下左右の感覚も混沌としていた。
ただただ赤く塗りつぶされただけの混沌の空間。
そこにただ一人ジル・バレンタインは立っていた。
ここは何処?ここは何処なの?あたしのオフィスは何処?
すると何処から威厳のある女性の声が聞えた。
「ようこそ、新たな未来の魔女王殿!ジル・バレンタイン!」
「誰?何者?!まさか魔獣ホラー?」
「その通り……我は……先代の魔女王!外神ホラー!」
やがてジルの視界は再び真っ赤に染まった。
彼女は視界の眩しさで目を強く瞑った。
恐る恐る彼女は眼を開けた。
目の前には……自分が変身した
あの異形の戦士らしきシェルエットが見えた。
貴方?アンノウン?何故?貴方が先代の魔女王なの?
それから徐々に異形の戦士の姿がシェルエットからはっきりと見えた。
だが自分が異形の戦士に変身した時は緑色の分厚い鎧だったのに対し、
現在、ジルの目の前に現れた異形の戦士の体色は金色をしていた。
黒味を帯びた茶色のポニーテールの髪。
2対の金色に輝く牛の角の形をした触角。
燃える様な昆虫に似た複眼はオレンジ色に輝いていた。
ひし形の開閉する大きな口の上顎に4対の鋭利な牙が生えていた。
両肩には金色の装飾品の付いた円形の鎧。
上半身は深い胸に谷間と両乳房のくっきりとした
輪郭に沿って金色の分厚い鎧に覆われていた。
両腕も金色の円形の鎧に覆われていた。
関節も青色の昆虫の節になっていた。
両手には燦然と真っ赤に輝く鋭利な鉤爪が10対生えていた。
お尻も真っ青に輝くラバースーツに覆われた
長くしなやかな両脚も金色の鎧に覆われていた。
また両脚には金色の細長いクネクネした形の昆虫の翅が生えていた。
三角形の装飾の付いた金色の靴を履いていた。
「これが……アンノウンの正体?」
しばらくして金色に輝く異形の戦士アンノウンは。
金色の円形の鎧に覆われていた両腕を組んだ。
続けて金色の円形の鎧に覆われていた両腕を勢い良く広げた。
次の瞬間、金色の異形の戦士の背中から何かが高速で次々と飛び出した。
それは美しくも神々しい七色に輝く一二枚の昆虫に似た翅だった。
同時に周囲に赤く輝く波動と衝撃波が広がった。
ジルも思わず両腕で顔を覆い、両足を踏ん張った。
やがて衝撃波と赤く輝く波動が収まった。
ジルの目の前に神々しくも
美しい金色の異形の戦士の姿が現われたのだった。
「我は魔女王ルシファー!外神ホラーにして!
ニャルラトホテプの化身の一体なり!」
「なんで?貴方は……あたし?……違う!
あたしは……ホラーじゃない!人間よ!」
「そうだ。今のお前は間違いなく純粋な人間だ。
だが……時が来れば……
お前は純粋な人間ではいられなくなるだろう……。」
「いえ!あたしは純粋な人間なの!
あたしは死ぬまで純粋な人間でいたいの!」
「お前は神の資格を得た。
お前はドラキュラ伯爵を愛し、そして神の子を産んだ。
続けてお前の身体からこちら側(バイオ)の世界に
災いをもたらすウロボロスの神を産んだ。
そして神の資格を得るのはオズウェル・E・スペンサーでも、
アルバート・ウェスカーでも、ウェスカー、
最後の生き残りのあの御月親子でも無い。
神の資格を得たのはジル・バレンタイン、お前ただ一人だ。
魔女王ルシファーは燦然と真っ赤に
輝く鋭利な鉤爪の1本をジルの心臓に向けた。
「お前こそが不老不死となり!人間を超越する資格を持つ!」
「違う!あたしにそんな資格なんかないっ!
あたしは人間なの!ただの矮小な……弱い人間……。」
「では?汝の娘の力を知っているのだろう?」
ジルはハッと気が付いたがすぐさま首を左右に振った。
「図星の様だな……まあ、よい!
いずれ時が巡れば……お前の考えも変わるだろう……
それはクラーケンあの究極の破壊の神も承知の筈だろう……」
「まさか……今までの全てが貴方の……策略?」
「勘違いするな。我はただ時が巡るのを待ち、
時があともう少しで巡るのを悟った。
ただそれだけの理由で我はお前の前に
具体的な姿で体現しただけに過ぎない。」
「………………」
「己の運命を受け入れるか?受け入れないか?それはお前次第だ!」
最後に魔女王ルシファーはそうジルに告げた。
再びジルの視界は再び真っ赤に染まった。
彼女はまた視界の眩しさで目を強く瞑った。
恐る恐る彼女は眼を開けた。
そこはBSAA北米支部の自分のオフィスのソファーの上だった。
ジルは両目を擦り、上半身を起こした。
何度も周囲の景色を見た。
そこはいつもと変わらないオフィスの中だった。
大きなクローゼットの棚。
大きな机の上には既に仕事の終えた
幾つかの資料と報告書が山積みとなっていた。
また別の棚にはタイプライターやインクリボンが乱雑に並べてあった。
そしてオフィスの隅には観葉植物とグリーンハーブ、
レッドハーブ、ブルーハーブの植木鉢が並んでいた。
また武器を入れるケースにはハンドガンのサムライエッジや
ショットガン、マシンガン等の銃器や通常の弾丸、
ホラー封印の法術が施された特殊弾が厳重に保管されていた。
「さっきの……夢よね?……夢に違いないわ……」
ジルは思わず力無くハハハハッと笑った。
そしてパソコンの画面を見ると一件のメールが届いていた。
ジルは注意深くメールにウィルスが無いかパソコンに搭載されている
セキュリティソフトで書確認した後、マウスでクリックして開いた。
どうやらそのメールは秘密組織『ファミリー』と思われる
名前無しの者から届いたらしい。もちろんウィルスは存在しない。
そしてメールには例の屋敷の住所と時間がナハボ語で書かれていた。
また残りのナハボ語を読み、ジルは大体理解していた。
どうやら取引のT-エリクサーのワクチンは無事、
BSAA北米支部元老院に送られたらしい。
こちら側(バイオ)の世界のBSAAの北米支部はともかく
向こう側(牙狼)の世界の元老院にどうやって届けたのかは謎だった。
また届けられたT-エリクサーのワクチンはBSAA北米支部のみならず
欧州のBSAA本部や各国の支部
バイオテロ評価委員会にも送られたらしい。
しかもそれがあたし、ジル・バレンタインの肉体と引き換えである。
きっとクリスはこの事実を知ったら猛烈に怒るかも知れない。
でも……これが正しい選択なのよ。
御月製薬のニャルラトホテプの細胞である賢者の石と
T-ウィルスを組み合わせて製造されたらしい新型のウィルス兵器
『T-エリクサー』とM-BOW(魔獣生物兵器)の製造と悪用を
阻止する為にもこの取引の選択は正しい選択。
あたしはそう強く思う事にしたわ。
そう、これは正しかった。正しかった。正しかったのよ。
 
(第13章に続く)