(第14章)孵化

(第14章)孵化
 
HCFの回収ヘリ内。
リーは楽しそうにダ二ア・カルコザ博士の熱心な話を聞き続けていた。
「自然界だとカタツムリ、アメフラシ
ミミズが代表的な雌雄同体の生物ね。
タツムリやミミズは身体に前後に並んで雄性器と雌性器があるの。
それで2個体が行き違うように逆向きに並んで
お互いの精子を雌性器に注入し合うの。
アメフラシは身体の左右に雄性器と雌性器があってね。
雄性器を雌性器に挿入したのが雄の役割を果たすのよ。
でもね、雄性器を雌性器に挿入した雄の後方から別個体が
雄として交尾する事で数珠繋ぎのようになる事もあるの。
その場合は両端の個体は雌または雄の働きを、
中間の個体は両方の役割を果たすのよ。」
「それで!貴方が報告したシイナ・カペラ氏のケースを見る限り!
正に彼女は完全生物ね!あとここからの話が面白いわね!
まずは彼女の種子細胞に取り込んだ宿主の遺伝子を半分だけ組み込むのよ。
自分の半分の遺伝子が組み込まれた卵細胞と宿主の半分の遺伝子が
組み込まれた種子細胞を融合させる事で。
宿主と自分の遺伝子をシャッフルして
新しい遺伝子の組み合わせを持つ受精卵にする。
彼女は単体で生物の基本の有性生殖を可能にしたのよ!
それに!貴方もカペラ氏と性行為をして妊娠したとか?」
「はい!自らの子宮の胚の分析の結果!カペラ氏の半分の遺伝子が
組み込まれた種子細胞と私の遺伝子が半分組み込まれた
卵細胞が結合した受精卵は子宮に着床した模様です!」
「生殖本能はあらゆる生物が必ず持つ基本的な本能。
だけど彼女の場合は普通の人間よりも美しくも狡猾で野性的ね!
素晴らしい子よ!」
「はい!素晴らしい子です!丁度!
私も誰かと性行為して子供が欲しかった!」
「そうなの!あたしから言える事は以上よ!
シャワーと食事の用意をしておくわ!
あとは貴方の健康や栄養バランスもきちんとしないとね!子供の為に!」
「ありがとうございます!では!後程!HCFで!」
ダ二ア・カルコザ博士との会話を終えたリーは無線を切った。
線を切った後、リーは再びヘリの窓の景色を眺めた。
既に洋館は遠ざかり見え無くなっていた。
代わりに広がるのは広大な森の多数の緑の木々だった。
既に夕日は沈み、間も無く夜が訪れようとしていた。
リーはその沈みゆく夕日と暗い空に向かって大きく溜め息をついた。
間も無くアークレイの山中に再び暗黒の夜が訪れる。
その時、洋館内は異形の者達が徘徊する
ワルプルキスの夜の様になるであろう。
私は沈みゆく夕日と夕闇に恐怖を感じていない。
だが………あの子は?あの子は?暗闇を恐れている様子も無かった。
そればかりか?あの洋館の地下の薄暗い部屋であの子は繁殖していた。
自分も彼女と性行為をした。そして妊娠した。
そして私は今でもカペラと性行為をした時に
感じた強い性的興奮と気持ち良さ。
更に自分の子宮に新しい生命が宿った
あの母になる純粋な喜びを感じ続けている。
それこそ!私の様な異質な怪物や人間、
いや、有性生殖を行う全ての生物の本質だ!
リーは暗黒の夜が訪れつつある景色に向かって僅かに微笑を浮かべた。
やがてリーは懐からスマートフォンを取り出し、誰かに電話を掛けた。
しばらくの電話コールの後、
誰かが電話に出たらしくスマホから男性の声が聞えた。
「やはり君か!電話してくれると思ったぞ!リー・マーラ!
先程、彼らの電話でカルコザ氏とマイケル氏から聞いたぞ!
君は完璧な仕事をしたそうだね!
HCFの上層部も大変満足していると聞いた!
それと君のお陰で今後の大統領予備選挙の活動を執拗に邪魔する
反メディア団体ケリヴァーを壊滅させる事が出来た!
連中は我が国や世界の大統領や政治家達が
利用するメディアの存在を全否定した。
それに『HCF』と『グローバル・メディア企業』
の上司達の中には今年の大統領予備選挙
私を支持している者が大勢いる!君の上司のマイケル氏も!
彼らの期待に応える為にも米民主党の下院多数党院内幹事の
私は大統領予備選挙を通過しないといけない!」
「そうですね!応援していますよ!未来のアメリカ大統領さん!」
「頑張るよ!それに反メディア団体ケリヴァーの連中の正義や善意は
ただ周囲の大勢の人間を傷付けるだけの迷惑な存在でしかなかったな!
所詮、独りよがりの正義や善意など何の価値は無い!
連中も呪われたアークレイ山の洋館で『R型』に皆殺しにされる前に!
それを日頃からよく学ぶべきだったな!」
「成程!汝にとって!彼らは排除されて当然の存在だと言う訳か?」
「うん?まあーその通りだよ!じゃ!
連絡は以上だ!御苦労さま!おやすみ!」
「労いの言葉ありがとうございます!では!」
やがてリーの乗ったHCFの回収ヘリは
沈み行く夕日を背景に遠くへ飛び去って行った。
 
話の舞台は再び呪われた洋館に戻る。
洋館の1階の白いドレスの中世の女性の絵が飾られている
右奥の壁の先は長い廊下の曲がり角にあった
円形の大きな部屋の壁に貼り付けられた
大量の透明でネバネバした粘液に包まれ、ほとんどの繭にされた多数の
成人男性の遺体が変質した無数の植物の種子と卵子が融合した受精卵も
プルプルと激しく一斉に震え始めた。
それとほぼ同時に洋館の2階の大きな四角い構造の長い廊下の
右側中央の位置にあるカペラの部屋の黄金の花柄の装飾品が施された
豪華なベッドの周囲の床一面に付着した大量の透明で
ネバネバした粘液に包まれた植物の種子と卵子が融合した
無数の受精卵がいきなりプルプルと激しく一斉に震え始めていた。
次々と無数の植物の種子と卵子が融合した
受精卵がまるで風船のように膨張して行った。
やがて殻が薄くなり、20cmの植物のヒル
緑色の背中部分が見え始めていた。
同時に無数の植物の種子と卵子が融合した
受精卵の殻が次々と割れて行った。
そして受精卵の殻が次々と割れる度に
ハンバーグを捏ねる様な音が聞こえ続けた。
ブチッ!ブチブチブチブチブチブチビチッビチッビチッビチッ!!
割れた受精卵から無数の20cmの植物のヒルが次々と孵化して行った。
孵化した無数の20cmの植物のヒルは割れた卵の殻から這い出た。
その後、20cmの植物のヒルはそれぞれ
2つの部屋で本能的に集団となって集まった。
やがて開きっ放しの豪華な装飾品が施された
大きなドアや茶色の扉を通り、大群と
なった20cmの植物のヒル達は洋館の
1階や2階の廊下に雪崩の様に出て行った。
 
洋館の大ホール。
ゾイは元のシモンズ家の紋章が両胸に着いた女性の軍人の姿に戻った。
間も無くしてマルクスの肉体はあっと言う間に
腐り果てて完全に崩壊して行った。
その後、洋館内の赤いカーペットが敷かれた
大ホールの床は茶色の液体に覆い尽された。
更に大ホールの周囲には酸で焼けた様な酷い強い刺激臭が広がった。
烈花とクエントは強烈な刺激臭に耐えられず、思わず鼻を摘まんだ。
「うわーっ!酷い匂いですね。」
「気分が……悪くなりそうだ……」
クエントと烈花は鼻を摘まみ、吐き気を堪えた。
「まるで数日間放置された生ごみの様だな。」
ゾイも鼻を摘みこそしなかったものの余りにも
酷い匂いに思わず顔をしかめた。
「それはさておいて。BSAAエージェントの
クエントと烈花はあんたたちだろ?」
「ああ、そうだ!あんたこそ!ゾイ・ベイカーだろ?」
「そうだ!」
「じゃ!貴方が自我を持つ新型タイラント『ガドルT型』ですね。」
「わざわざ聞くまでも無いだろ?
私はあのベイカー家の事件から生き残った。
私は両親が死んでしまったあの家で死ぬはずだった。
だが、秘密組織ファミリーのジョンと
マルセロ博士に助けられて一人生き残ったんだ。
そして私はウィルス兵器とBOW(生物兵器)を製造している
HCFや他の組織の復讐の為に自らの意思で
タイラントになる事を選んだのさ!
私はマルセロ博士の手によって
かつてソ連の大佐であり、アンブレラ親衛隊の
隊長だったらしい人物の遺伝子に含まれる1000人に1の確率で存在する
ウィルス完全適合遺伝子とカブトムシの遺伝子を
B型T-エリクサーに組み込み、私に投与し、私はタイラントとなった。」
「セルゲイ・ウラジミールですね。ですが何故?
そこまで詳しく話してくれるんですか?」
クエントの質問にゾイはこう回答した。
「お前達は一番信用出来る相手だとジョン様は保証してくれたからだ。」
「あんたはさっきの圧倒的な力と強さで
BOW(生物兵器)や兵器を製造した
組織の人間達を殺害し、裏社会で異名を持つまでに至ったと聞いている。」
「ああ、あの頃は酷く荒れていた。
だが、クリス・レッドフィールドと会って……」
「そう、貴方はブルーアンブレラの特殊部隊の
隊長のクリス・レッドフィールド死闘を繰り広げ、
そのままBSAAの医療施設の集中治療室に収容されたそうですね。」
「ジルからあんたの事は色々と聞いたよ。」
「そうか。だが今は昔の私ともう違う。
クリスとマツダBSAA代表と色々話しをしてから私は心を改めた。」
ゾイは無表情からクエントと烈花に驚くほど穏やかに微笑んだ。
 
(第15章に続く)