(第31章)蜂巣(ハイブ)

(第31章)蜂巣(ハイブ)
 
急激な肉体の変異を終えたシイナは肉付きの
良いしなやかな両腕と両脚を俊敏に前後に動かし、
走り出し、見ていたゾイが追跡する間も無く、
大人一人が通れる程の床の穴の中にあっという間に姿を消した。
「ぐっ!逃げられたか!修敏な早さだな!」
シイナの余り逃げ脚の速さにゾイは驚きつつも事前に
秘密組織ファミリーがBSAAの技術協力を得て製造された
シモンズ製のジェネシスを取り出した。
ゾイはシモンズ製のジェネシスを先程、シイナ・カペラが
変異の過程で木の床に散らばった多量の血液と小さな細胞片に向けた。
続けてゾイはシモンズ製のジェネシスを起動させた。
そして起動と同時に木の床に残った
シイナの血液と小さな細胞片の遺伝子を分析した。
思った通り始祖ウィルスの起源である
賢者の石とTウィルスの遺伝子が検出された。
更に元御月製薬研究員のトムが
あの元アンブレラ社でシェリーの父親の
ウィリアム・バーキン博士の細胞から採取されたと
噂されるGウィルスの遺伝子が検出された。
しかしゾイはここまで分析して妙な事実に気付いた。
「おかしい……ジョン様が説明したB型T-エリクサーの遺伝子構成と
さっき分析したB型T-エリクサーの遺伝子構成の結果が食い違っている?
何故だ?『R型』に精神を支配する為に必要なあのE型特異菌の遺伝子が
存在しないのは何故だ?まさか?彼女は実は最初から……」
ゾイはシモンズ製のジェネシスを利用したシイナの血液と
小さな細胞片の遺伝子の分析結果にただただ驚き隠せなかった。
恐らくBSAAのクエントも烈花も知らない事実かも知れない。
「つまり……私が助けようとした……あの子は……もしかしたら?」
そして今、彼女の脳裏にはある可能性が思い浮かんでいた。
続けてゾイは最初に洋館の一階食堂で反メディア団体ケリヴァーの
メンバーのスーザンにB型T-エリクサーのワクチンを投与して
食堂の壁を蹴破って逃がした後に2階の大きな四角い構造の
赤いカーペットが敷かれた長い廊下にあった豪華な装飾品が施された
スイートルームになっている部屋で
確か四角い鉄の箱を回収した様な気がした。
そしてゾイは黒い軍服の内側からその四角い鉄の箱を取り出した。
既にそれからゾイは両手で四角い鉄の箱をひっくり返し、底の部分を見た。
四角い鉄の箱の底には薄い木の板が貼ってあった。
ゾイは慎重にその薄い木の板を外した。
すると細長い窪みに嵌った細長い注射器が姿を現した。
注射器の中の薬液は既に空であったが僅かに残液が残っていた。
ゾイはその注射針の試験管に存在する残液をまたシモンズ製の
ジェネシスで成分の分析をした結果、意外な物質が検出された。
「これは?E型特異菌血清?そももそもこの鉄の箱の持ち主は誰だ
しばらくゾイは考え込んでいたが……
やがて漠然とだが……一人思い当たった。
「まさか?あの子の持ち物なのか?と言う事は?
私達が突入する前に既にあの子は『R型』の精神支配から脱出している??
だったら!!一階の試着室の『R型』
とあの子の出来事は彼女の演技なのか??
じゃ!!あの異形の怪物になった彼女の瞳はまるで牙を向いた獣に
怯える少女の瞳は??かつての『E型』の悲劇に巻き込まれた
無力な少女だった頃の私に似ているのも全て嘘……なの……か……」
ゾイは憂鬱な気分になり、両手で黒髪に覆われた頭を抱え込んだ。
その憂鬱な彼女の表情は失望と苦悩に満ちていた。
ある少女の裏の顔を知ったゾイは憂鬱な表情のまま青く四角い部屋を出た。
続けてゾイは剥製室の近くの階段を降りて行った。
そしてどこか胎児の形をした赤い廊下を通り、
以前、クエントと烈花が通った青と緑のタペストリーに
覆われた長い廊下をゾイは周囲を注意深く警戒し、先へ進んだ。
そして白いドレスが飾られている壁を通り過ぎ、
長い廊下の赤いドレスを着た女性の絵画がある
廊下近くに細長い曲がり角があるのに気付いた。
ゾイは曲がり角を曲がった。
茶色の扉を開けて中に入ると灰色のトラの頭部の像があった。
しかもトラの像には「赤と青の光を持つトラ」と刻まれていた。
更にトラの頭部の鼻はスイッチらしく押した。
するとズズズズズズッと音を立てて
横にスライドする様に動き、四角い穴が現われた。
如何やら隠し扉らしいのでゾイは中に入り、先へ進んだ。
先には地下へ続く階段があり、下へ降りた。
更に先へ進む細長い廊下にはペチャペチャとベッコウ飴の様な
ネバネバした粘液が天井や床にこびりついていた。
ゾイは先へ進み、細長い廊下に出た。
途端にゾイは気分が悪くなった。
「ここは?まさか?蜂の巣なのか?」
そこには30体余りの巨大ベッコウバチのワプスクローラーの群体がいた。
しかもどいつもこいつも2mと巨大化していた。
周囲には血に染まった名札や所持品が散乱していた。
間違いなく反メディア団体ケリヴァーのものだろう。
更に白い床にはまた30人余りの白い肌と髪を持つ全裸の目のうつろで
全身が麻痺した若い女性達が座っていたり、寝転んだりしていた。
しかも女性達の下腹部は大きくまるで風船のように
膨らんでいて妊娠しているかのようだった。
その地下の部屋の片隅には無理矢理脱がされた
であろう30人分の衣服の山があった。
間も無くして次々と30人の若い女性達の下腹部が破裂した。
続けて次々と破裂して大きく十字に裂けた下腹部から成虫となった
ワプスクローラーが彼女達の胎内から一匹ずつ這い出て来た。
しかし既に女性達は幼虫の時に全身の体液や血液を吸い尽され、
更に幼虫が分泌する消化液で溶かされ、液化した筋肉や内臓、
脂肪は全て幼虫に養分として吸い尽され既に死にかけていた。
しかし成虫が女性達の下腹部を突き破る事によって完全に死亡して行った。
恐らくこのワプスクローラーに捕まり、巣へ連れ去られた後、
胎内に卵を産みつけられ、そして宿主となった胎内で孵化し、
幼虫となり、蛹となり、成虫となったのだろう。
更に最初に部屋にいたワプスクローラーの成虫30匹に加えて
新しく産まれたワプスクローラー30匹を加え、60匹まで増えた。
また新しく生まれた30匹のワプスクローラー
オレンジ色に輝く複眼でゾイを見た。
同時に釣られるように最初に部屋にいた30匹の
ワプスクローラーは一斉に天井高く飛び上がった。
続けて青みがかった下腹部を大きく曲げた。
そしてゾイを新たな宿主とすべく我先に
ブブブブと大きな羽音を響かせ、青みが掛った
下腹部の先端の針を向け、高速で急降下を始めた。
しかしそれよりも早くゾイはガドルT型に変身した。
ゾイはガドルT型の右手の異常発達した長い爪を的確に振り回し、
次々と襲い掛るワプスクローラーの身体を切り裂いて行った。
しかしワプスクローラー達も簡単にやられまいと高速で飛び回り、
ゾイの長い爪の攻撃を回避し、
猛スピードで翻弄していたのでゾイは苦戦した。
そして長い苦戦の末、60匹のワプスクローラーはゾイのガドルT型の
異常発達した長い爪により、バラバラに一匹残らず全て切り裂かれた。
そしてバラバラに切り裂かれた60匹のワプスクローラー
次々と墜落し、切断された身体の一部はどんどん床に散らばって行った。
数分後、60匹の巨大ベッコウバチを倒し、
ようやくゾイはホッと一息を付いた。
その時、不意にゾイの無線機が鳴り出した。
「はい!こちら!ゾイ・ベイカー!」
「ああ、ジョンだ!先程、HCFや米民主党の下院多数党内幹事と
グローバル・メディア企業についての新しい情報だ!
どうやらその企業は現在、研究開発がされていた
軍用AIと新たなAIシステムを開発している事を突き止めた。
彼らは多数の人間の意識と思考を統合し、
多様な機能を持つAIを開発しているらしい。
そして現在、彼らは統合と安定を司るコア(核)の開発を
HCFのスパイのリー・マーラと『R型』
をモデルに進めていると言う事だ!
名前はSTAPシステムとか言うらしい。この『R型』暴走事件も連中が
『R型』をコア(核)としての研究開発の為に
あの子の脳の一部に移植された
軍用AIチップで監視と行動パターンのデータを送っているようだ。」
「本当なのか?『R型』はBOW(生物兵器)としてじゃ?」
「僕が思うにHCFは『E型』のようなBOW(生物兵器)の研究材料。
グローバル・メディア企業はAIのコア(核)の研究材料として
あの子を利用しているんだと思うな。お互いの利害が一致した上でね。
つまり『R型』がコア(核)に近い存在でいる限り、洋館内に拡散させた
B型T-エリクサーに感染したプラントデッド達や二次感染した
クリーチャーや変異体を無尽蔵に生み出し続けられると言う訳だ!
実際、B型Tーエリクサーのウィルス感染による不適合者は5000人。
ある程度適合した者が2956人、完全適合者1人、不完全適合者1人。
残りの142人はウィルス感染を免れていた事が
『R型』の脳の一部に移植された軍用AI(人工知能
のデータをマルセロが解析した事で判明したそうだ。
「つまり……そのコア(核)となっている
『R型』を止めないといけないか……」
「その通り!また何か分ったら連絡するよ!それじゃ!」
ジョンの無線が切れたのでゾイは無言で無線機をしまった。
ゾイは灰色の壁にメモが貼ってあるのに気付いた。
 
(第32章に続く)