(第32章)血の烏(ブラッディクロウ)

(第32章)血の烏(ブラッディクロウ)
 
ゾイは灰色の壁に貼ってあったメモを手に取り読んだ。
「(どうやらスティーヴン・キングのキャリーの小説の一節らしい)
私の傍らにひざまずくこの罪深い女が
おのれの日常の罪に気付くようお導き下さい。
もしも彼女が潔白であれば血の呪いは訪れなかったであろう教えください。
彼女はみだらな妄想を抱くと言う罪を犯したかも知れません。
ラジオのロックンロールを聴いたかも知れません。
反キリストに誘惑されたかも知れません。
これは貴方の慈悲深い復讐の手が行った
御業であることを彼女にお示しください。そしてー。」
「くだらん!日常の罪に気付いたところで何の意味がある?
血の呪いなど存在しない!いや!血の呪いがB型Tエリクサー
ウィルスならあながち間違いじゃないかもな……」
ゾイは再び口を固く結び、仁王立ちしたまま腕を組み、
長い間、考え込んでいた。
そう言えば今まで遭遇した多数の罠を初め、あの剥製室の最悪の落とし穴。
反メディア団体ケリヴァーの醜い心を露出させたあの忌まわしい回転木馬
少なくともあの剥製室の最悪の落とし穴以外は全て
ガドルT型の力を用いれば難なく突破出来たが。
しかもあの多数の罠は犯人のクレーマータックと
『R型』が共謀して仕掛けたものだ!
私は黒いフードを被った大人の人物である
犯人のクレーマータックの素顔を見ている。
更に既に発見された四角い鉄の箱の底にあったE型特異菌血清。
持ち主は……恐らく……今まで演技をしていた
あの子の所持品に間違いないとしたら?とにかくここじゃ!
あの子が犯人だとはどうしても私には……判断出来ない……。
真相を確かめなければ!!私は!私は!
あの子を探して直接!真実を聞かなければ!!
そう決意したゾイの耳に何処からか微かに啜り泣く女性の声が聞えた。
ゾイが耳を澄ますと微かに啜り泣く女性の声はこの先の
分厚いコンクリートの白い壁の先から聞こえた。
ゾイは躊躇せずその分厚いコンクリート白い壁を豪快に蹴破った。
目の前には全身擦り傷だらけで激しく
泣きじゃくっている二クルの姿があった。
二クルは全裸で狭い小部屋の隅に体育座りのままじっとしていた。
彼女は極限の恐怖と狂気に晒され続けていたに違いない。
全身は激しくブルブルと震え続け、
その表情には恐怖と絶望に満ちた表情をしていた。
だしぬけに二クルは発狂した様に微かに「カカカカカカ」と笑い始めた。
間違い無く極限の恐怖と絶望によって彼女の精神は崩壊寸前なのだろう。
それからゾイはシモンズ製のジェネシスを起動させた。
起動と同時に体育座りでじっとしている
二クルのウィルス検査と身体検査をした。
結果どうやら先程の異形の怪物と交配し、子宮内の二クルの卵子
異形の怪物の精子が融合し、B型T-エリクサーの力により、
遺伝子交配し、妊娠という形で胚が子宮の壁に着床した事が分かった。
「もう……大丈夫だ!確かにお前達は『R型』に酷い事をしたかも知れん。
だが私はあんたを絶対に見捨てたりはしない!
やり直すチャンスはここにある。」
ゾイは黒い軍服の懐からB型T-エリクサーのワクチンを取り出した。
それから幸いにもゾイによって早期にワクチンを右腕に投与された。
「これでウィルスの影響は抑えられた!また既にこの洋館に
BSAAのエージェントが潜入している!
彼女にあんたの位置の座標を伝える!
もう大丈夫だ!ここでじっとしていれば必ずあんたの命は助かる!」
それからゾイは直ぐにクエントと無線で連絡した。
ゾイは発見した二クルの位置の座標をクエントの端末に送信した。         
すると二クルは轟々と泣きながら何度も
何度も何度も何度も何度も頷き続けた。
 
洋館の屋根裏部屋では烈花とクエントは
正気を取り戻した若村に事情を聞いていた。
その時、不意にまた屋根裏部屋の扉がひとりでに
ギィィィッと音を立てて開いた。
反射的に烈花とクエントは武器を構えた。
すると茶色のポニーテールに茶色の瞳の
10歳の少女『R型』が姿を現した。
「つまんないなあー何で馬鹿な大人の洗脳を解いちゃうの?
ゾイちゃんは絶望と恐怖で苦しんでいる
二クルちゃんを助けちゃったし……」
その『R型』の表情は不満に満ちていた。
「もう!こんな事はよせ!これ以上!人を殺して何に成る?」
「クスクスクス!いやーだよ!!うふふふふふふふっ!!」
『R型』は口に手を当ててクスクスと笑い続けた後に静かに両腕を開いた。
次の瞬間、R型が入っていたドアから大量の赤い鳥が入って来た。
それはどうやら烏(カラス)の様だった。
B型T-エリクサーの二次感染により、血の様に真っ赤に
変色した体色で両瞳はオレンジ色に輝いていた。
大量のブラッディクロウは『R型』に操られるがまま
『R型』の周囲に集まり、あっと言う間に姿を消した。
「まって!そんなっ!!」
「逃げられたあの子を追うぞ!!」
「でも目の前であのガキ!手品のように姿を消えやがった!!」
間も無くして屋根裏部屋の天井から愛らしい『R型』の声が聞えて来た。
「中庭の広場でまっているよ!!直ぐ近くだから!
悔しかったら捕まえにおいでよ!ウフフフフフフフッ!」
「うううっ!くそっ!大人を馬鹿にしやがって!」
若村は悔しさの余り、苦虫を噛んだ表情になった。
「とにかく追うぞ!」
「ハイ!追いかけましょう!」
烈花とクエントはお互い頷き合い、
消えた『R型』を追って屋根裏部屋を出て行った。
それに続いて若村も「おおおい!置いて行くな!」
と叫び、慌てて後を追った。
3人は屋根裏部屋から出ると中庭に続く道を
クエントは端末のマップを見た。
そして烈花と若村と共にクエントは中庭に続く道へ向かった。
やがて3人は屋根裏部屋から出るとブーメランの形をした廊下から
コの字型の長い廊下を通り、また手すりのある階段を降りた。
3人はL字型の廊下に出ると書斎を通り抜け、L字型の廊下を曲がった。
烈花は鉄のノブを回し、開けた。
続けてクエントと若村は中へ入って行った。
先の廊下は細長く周りの壁は白く、
床は柱の形を模した緑色のタイルがあった。
壁には緑色の細長い蔓が幾つも見えた。
クエントは緑色のタイルの床に点々とオレンジ色の物体が見えた。
ジェネシスで分析するとB型T-エリクサーを含んだ鳥、
いや烏(カラス)のフンである事が分かった。
更に先へ進むと床に恐らく数匹のブラッディクロウに
鋭い嘴をついばまれ、緑色の胴体、両腕、両脚、胸部や背中が
引き千切られたりと裂かれたりとボロボロの全身半ば
白い骨が露出しており、もはや見る影もなかった。
「烏(カラス)に殺されたんですね!困りましたね……。
元々、鳥(カラス)は生息範囲が広い上に個体数が多く、
しかも飛翔能力により、ウィルス拡散も容易です。かなり危険な存在です」
その時、カアーカアーと鳴き声のあと突如、ブラッディクロウが
烈花目掛けて急降下すると鋭い嘴で彼女の
茶色の髪を引き千切り、ついばみ始めた。
「ううっ!いてっ!やめろ!このっ!」
クエントは彼女の周囲を飛び回るブラッディクロウに
マシンガンを撃ち続けた。
ブラッディクロウは騒がしいマシンガンの銃音には怯む事無く
今度はクエントに向かって急降下して来た。
しかしクエントはマシンガンの引き金を引き続け、撃ち続けた。
やがて連続から放たれたマシンガンの弾を受け続け、
とうとうブラッディクロウは「ガアアアアッ!」
と断末魔を上げて緑色のタイルの床に落下して、息絶えた。
「烏(カラス)の鋭い嘴ってこんなに痛いんだな……」
烈花は首を左右に振り、「イテテ」と声を上げ、両手で頭を押さえた。
3人は無言で長い廊下を歩き、四角い大きな部屋に入った。
どうやらそこは納屋らしい。納屋の先には
中庭に続く大きな鉄の扉が目の前に見えた。
その時、若村は何かを見つけた。
クエントと烈花がふと若村の姿が視界から消えたので辺りを見回した。
若村は四角い部屋の中央にあった鉄製の階段を若村は右肘で押した。
すると鉄製の階段はズズズと動いたので
若村は更に鉄製の階段の正面を押した。
ズズズズと音を立てて高い位置にある木の
2列の細長い棚のある壁に押ささった。
若村は鉄製の階段を昇り、手を伸ばした。
すると青いライトが手に触り取り、
ライトをつけて見ると紫色の光が何度も点滅した。
「ブラックライト?」
クエントと烈花は納屋の真横に茶色の扉があるのに気付いた。
「どうやら、納屋の奥に小部屋があるようです。」
それからクエントと烈花、若村の一行はその小部屋の中へ入って行った。
小部屋には左右に大きな茶色の机の上に金色に輝く十字架が置かれていた。
左右の大きな茶色の机の中央には巨大な分厚い黄金の鉄の扉があった。
烈花が良く見ると分厚い黄金の鉄の扉の
ドアノブにはクリオネの模様が刻まれていた。
クリオネの形をした鍵が必要ですね?」
また右側の大きな茶色の机の上には名札とスマートフォンが置かれていた。
クエントが見ると名札には『リサ・アルケミラ』と書かれていた。
烈花がスマートフォンを手に取って
表示されている動画ファイルのタイトルを確認した。
どうやら『美しい流氷の堕天使ちゃん』と言うらしい。
 
(第33章に続く)