(第12章)追撃

(第12章)追撃
 
ゾイ・ベイカーは静かにタイラントに向かってこう言った。
「まだ少しくらいは自我があるだろ?ねえ?マルクス・ウォーレン」
するとタイラントは再び大きく獣のように咆哮した。
「知っているよ!あんた元ニューヨーク市警だったな?
お前は根っからの屑だ!好青年の温厚な刑事を演じる裏で売春や
麻薬を初め、マリファナや犯罪組織にインターネットを利用して!
武器を売りさばいて大金を得ていたのだろ?それで不正が発覚した。
あんたは刑事を止めさせられ、刑務所にぶち込まれた!
そこで若村と会った!」
「そうだ!若村様は自身が不幸になったの
テレビやインターネットの見過ぎで心が病んだ大人達や子供達のせいだ!
現在の人間共はテレビやインターネットを子供に提供する悪党だ!
我々はメディアを創造する腐敗した悪党共を!
地球の掃除の為に一匹残らず駆逐し、メディアの悪から解放された人々は
我々を英雄と称え、そして自然共に生活する
人間本来の暮らしを取り戻すのだ!」
「くだらん!あたし達はメディアを通して
知らない世界の情報を知る事が出来るんだ。
お前は知っているか?
戦争や紛争が原因の貧困で餓死で苦しんでいる難民達を?
お前は知っているか?戦争や紛争の惨状を?
バイオテロやテロリスト達がこの世にもたらす
悲惨な人々の死とその苛酷な現実を?
それをあたしは知っている!テレビやラジオ、ネットのお陰でね!
お前は何も知らない!いや!
メディアを否定して外の現実を知ろうとしないだけだ!
それに他にもテレビ、ラジオ、
ネットで知るべき悲惨で辛い現実は沢山ある筈だ!」
右手の異常発達した長い爪をゾイに突き付けた。
「ふん!貴様も!メディアを創る腐敗した悪党と同罪だ!
ここで死んでもらおう!私は!その為に生まれた正義の暴君!
貴様に罰を与えてやる!そして!ここを脱出した後!
そこにいる!我々に新型ウィルスと『R型』売り!最後に裏切った!
あのHCFの産業スパイの女も必然るべき制裁を与えてやる!」
マルクスは右手の異常発達した長い爪を
烈花によって拘束されているリーに向けた。
しかしゾイは無表情のまま一切動じる事無くこう返した。
「確かにあのHCFの産業スパイは
しかるべき制裁を与えるべきかも知れないね」
ゾイは憎しみと怒りに満ちた茶色の瞳でリーを睨みつけた。
「さあ!死ぬ覚悟しろ!メディアを創る腐敗した悪党共と同じ様に!」
マルクスは威嚇するように獣の様な唸り声を上げ、右腕を振り上げ構えた。
続けて右手の異常発達した長い爪をゾイの腹部に向けた。
同時にドンと大ホールの白い床を強く踏みしめ、全力でダッシュを始めた。
「危ないです!ゾイさん!逃げて下さい!」
「ああ、マズイ!彼女!殺されちまうぞ!」
慌ててクエントと烈花はゾイに警告した。
しかしゾイは相変わらず無表情のままその場から一歩も動かなかった。
マルクスは勢い良くビュッと空を切り、右腕を猛スピードで伸ばした。
同時にドスッ!と言う鈍い音がした。
続けてマルクスの異常発達した長い爪がゾイの腹部に深々と突き刺さった。
クエントと烈花はその瞬間、ゾイはもう死んだと思った。
だが信じられない事にゾイは自分の腹部にマルクス
異常発達した長い爪が深々と突き刺さったのにも関わらず
美しい顔立ちの表情は無表情のままだった。
更に激痛すら感じていないらしく彼女は
痛みで顔をしかめる事も苦悶する事も無かった。
その普通ならあり得ないゾイの反応にマルクスは激しく動揺した。
「腹部に長い爪が刺さっているんだ!何故だ?何故だ?私はタイラントだ!
タイラントなんだぞ!何故?何故だ?
お前は私とは違う!ただの下等な人間だ!」
しばらくしてゾイは無表情のままこう返した。
「だが!今ここで罰を与えられるべきは貴様の方だ!
正義の暴君は!二人もいらない!『変身』!!
ゾイ・ベイカーの軍服の下の全身の皮膚は
瞬時に昆虫特有の分厚い外骨格に覆われた。
続けて額から先端が4本に分れたカブトムシの太い角が生えていた。
ついでに彼女はこう付け加えた。
「小癪な奴だね」
続けて変身したゾイは拳を握りしめ、左腕を瞬時に前へ突き出した。
同時に放たれた拳はマルクスの皮膚が茶色く腐り落ちた下腹部に直撃した。
「ぐあああああああああっ!」
マルクスはそのまま弾き飛ばされ、土埃を上げ、一気に後退した。
同時にゾイの腹部に深々と突き刺さった異常発達した長い爪は抜けた。
ゾイは右肘を曲げ、更にヒュッと空を切り、
右腕を血払いする様に軽く振った。
次の瞬間、ゾイの右手の爪が過去にジルとクリスが洋館事件で戦って倒した
タイラント002型と同様の形をした細長い鋭利な爪が生えて来た。
「まさか?お前もタイラント??」
「まさか?彼女もそのタイラントって奴なのか?」
「はい!間違いありません!彼女はタイラントです!」
烈花もクエントも驚愕し、ゾイの姿と
異常発達した鋭利な長い爪を茫然と見ていた。
更にゾイの全身の昆虫特有の外骨格は茶色から次第に赤みを帯びて行った。
ゾイは無言で2mのマルクスにゆっくりと接近した。
やがて唐突にゾイは右手の異常発達した鋭利な長い爪を右斜めに振った。
同時にマルクスの右胸から左下腹部まで深々と切り裂いた。
「ぐああああっ!」
マルクスは激痛の余り獣の悲鳴を上げた。
さらに彼の2mの身体は激しく切りつけられた
衝撃で大きく後ろにエビ反った。
更に1歩2歩後退した。
続けて今度は右手の異常発達した鋭利な長い爪を左斜めに振った。
再びマルクスの左胸から右下腹部まで深々と切り裂いた。
「ぐああああああっ!」
マルクスは激痛の余り再び獣の悲鳴を上げた。
さらに彼の2mの身体は激しく切りつけられた衝撃で
また大きく後ろにエビ反った。
更に1歩2歩後退した。
ゾイは情け容赦なく今度は右手の
異常発達した鋭利な長い爪を真横に振った。
そしてマルクスの下腹部を一直線に深々と切り裂いた。
「ぐあああああああああああああっ!」
とうとうマルクスの大きな太い茶色の両足は白い床を離れた。
マルクスは身体をくの字に曲げた状態のまま遠くへ吹き飛ばされた。
更に大きなホールは左側の床と天井を
繋ぐ白いアーチ状の大きな柱に激突した。
天井を繋ぐ白いアーチ状の大きな柱は粉々に砕け、崩壊した。
マルクスは崩れた白いアーチ状の大きな柱の瓦礫の山に生き埋めになった。
だがしばらくしてゼイゼイ息を切らせ、
瓦礫を弾き飛ばし、ようやく彼は立ち上がった。
「馬鹿な……私よりもあの女の方が上だと……
ふざけるな!私は!私は!私は!
若村様に忠誠を誓い、悪党共々消える筈だ!
お前はここで死ぬんだ!死ぬんだああっ!」
マルクスは凄まじい獣の咆哮を上げた。
同時にドンと大ホールの白い床を強く踏みしめ、全力でダッシュした。
だがゾイは無言かつ無表情のまま右手の
異常発達した鋭利な長い爪を正面に突き出した。
正面から放たれたゾイの右手の異常発達した鋭利な爪はまるで闘牛の様に
猛スピードで自分に接近して来たマルクスの肥大化し、
露出した腹部の心臓に猛スピードで深々と突き刺さった。
更にゾイは自分の意思で異常発達した鋭利な爪の長さを調整した。
その為、マルクスの肥大化した腹部の心臓に猛スピードで
深々と突き刺さった瞬間、そのまま一気に長く伸びた。
同時にマルクスの全身の皮膚は茶色く腐り落ちた脊髄を一気に貫いた。
それでもゾイは相変わらず無言かつ無表情のままだった。
彼女はマルクスの2mの巨体を軽々と天井高く持ち上げた。
更に彼女は勢い良く右手の異常発達した鋭利な長い爪を真横に振った。
マルクスはそのまま真横に吹き飛ばされた。
間もなくしてクエントと烈花の耳に
バコオオオンと言う騒がしい音が聞えた。
2人が反射的に騒がしい音がした方を見た。
するとマルクスの2mのタイラント化した巨体はあっと言う間に
右側の崩れた白いアーチ状の大きな柱の瓦礫の山に生き埋めになっていた。
やがて酸で物が溶ける様なシュ―シューと言う音が聞えた。
続けて右側の崩れた白いアーチ状の大きな柱の崩れた瓦礫の隙間から
大ホールの周囲に強い刺激臭を含んだ蒸気を僅かな隙間から放たれた。
間もなくして崩れた瓦礫の隙間から
泥水の様な茶色の液体が大量に流れ続けた。
ゾイは大きく深呼吸すると自らの変身を解除した。
同時に元のシモンズ家の紋章が両胸に着いた女性の軍人の姿に戻った。
しかし!バコオン!と言う大きな音が聞えた。
マルクスは崩れた白いアーチ状の大きな
柱の瓦礫を弾き飛ばし、再び彼は立ち上がった。
「くそっ!死んでたまるか!死んでたまるか!殺してやる!殺してやる!」
再び立ち上がったマルクスは右手の
異常発達した長い爪をリーの顔面に向けた。
だが不意にマルクスは苦悶の表情を浮かべ、
身体をくねらせて悶え苦しんだ。
「ぐっ!ぐあああああぅ!馬鹿な!
肉体が維持出来ない!出来ない!畜生!畜生!」
やがてゾイの猛攻により、マルクス
タイラントの肉体を維持出来無い状態に陥った。
マルクスの顔面や肉体は完全に溶けてしまい、
頭蓋骨や白骨化が進んでいた。
「うっ!ぐああああああああああああっ!がうああああああああっ!」
間も無くしてマルクスの肉体はあっと言う間に
腐り果てて完全に崩壊して行った。
その後、洋館内の赤いカーペットが敷かれた
大ホールの床は茶色の液体に覆い尽された。
更に大ホールの周囲には酸で焼けた様な酷い強い刺激臭が広がった。
 
(第13章に続く)