(第51章)時には止まり、花の匂いを嗅げ

(第51章)時には止まり、花の匂いを嗅げ
 
島上冬樹の事件から2ヶ月後の大戸島では無くベーリング海に浮かぶアドノア島。
僕は再び狭い洞窟で目を覚ました。
狭苦しい上に真っ暗で何も見えなかった。
僕は手探りで僅かに漏れた光を頼りに洞窟の外に這い出た。
僕は大きく呼吸し深呼吸した。
外には真っ白に光る物が浮いていた。
その真っ白に光る物は僕の身体を照らしていた。
全てが不思議だった。
僕は暫く生まれたての赤ん坊の様に何も分からなかった。
真っ白な液体。粒。大きな岩場。
全てが不思議だったが何処か別の人間と言う生き物が暮らしている島で見た気がした。
そして遠くに幾つもの洞窟が見えた。
洞窟の中から赤い怪獣が4頭出て来た。
僕と比べてしなやかで細い両腕に3本の指を持つ両手。
さらに細い両腕の下部には大きなプテラノドンの形をした巨大な翼が生えていた。
翼長は150mありそうだ。
太く逞しい僕の尻尾に比べて尻尾は短かった。
僕はどうしたらいいのか分らなかった。
その内に4頭の赤い怪獣は全部メスだと僕は本能的に理解した。
まさか僕の同族なのか?
他に僕と同じ黒い竜が3頭いた。
どの黒い竜も太く逞しい両腕から鋭い爪が5本生えていた。
さらに太く逞しい尾も生えていた。
両目も両爪もオレンジ色をしている。
僕は多分、記憶が喪失しているようだが恐らく同族で間違いないだろう。
その時、僕は自分が何者で何処から来たのかを明確に思い出した。
初代ゴジラのクローンは2ヶ月前の大戸島の近海で起こった出来事を思い出していた。
記憶が戻った僕の脳裏に最初に浮かんだのは今まで自分を助けてくれたゴジラの姿だった。
円筒状の生物に取り込まれた僕。
ドックン、ドックン、と心臓の鼓動。
そして名状し難い言葉が大音量で聞こえ始め、僕は頭に激痛が走った。
目の前は真っ暗で何も見えなかった。
えっ?僕は死んじゃうの?嫌だ!死ぬのは嫌だ!
さらに目の前にボロボロで同時に両掌、両足、脇腹の皮膚が大きく裂け、
血を流したまま座り込んでいるゴジラが自分の命を引き換えに僕を助けようとした事。
そして僕は生きてその円筒状の生物の体内から焼き尽くした後に生きて脱出した事。
この先はお前ひとりだ。
本当ならこんな終わり方は……出来ればお前ともっとモンスター語で話がしたかった。
それにできれば……愛する息子や妻に別れを告げたかった。
最後に僕を助けてくれたゴジラはとうとう寿命で逝ってしまった事。
僕は目の前のゴジラが本当に死んだのを悟った時、残酷な事実を受け止めきれなかった事も思い出した。
僕はぐっと身体を僅かに痙攣させ、思わず顔を大きく右に逸らし、目を背けてしまった事。
それを思い出した時、僕はきちんと彼の死を最後まで見ていられなかった事を後悔した。
僕は全身で突風を感じる程の凄まじい鳴き声を上げるクトゥルフに正面から向き合い、一人戦いを決意した事。
僕の意識はもうろうとしていて……再び立ち上がろうとしたんだっけ?
あとクトゥルフのぶよぶよとした鉤爪で右腕は叩きつぶされて。
激痛のショックで砂浜の上で僕は意識を失いかけた事も思い出した。
あの時は本当に死ぬかと思った。
更に悪い事にクトゥルフ同族の大きくまるで熟れた果実の様に膨らんだ
無数の青い腫瘍は今にも破裂しそうな程、巨大化していた。
旧支配者のクトゥルフ同族は微かにおぞましい奈落の底から響く様な笑い声にも似た鳴き声を上げた。
あいつの笑い声にも似たオーボエに似た鳴き声は人生の中で一番、おぞましく恐ろしかった。
多分、奴のおぞましく笑う様なあいつの鳴き声はトラウマになって一生忘れないだろう。
生きろ!生きるんだああああっ!
僕はゴジラの心の叫びを聞いたおかげで僕は旧支配者のクトゥルフを純白の放射熱線で倒したんだ!
そしてクトゥルフの存在は永遠にこの現実世界から消え去ったんだ!
その後、青白い粒子に変わり、天高く昇って行くゴジラの姿を最後まで看取った。
僕は両目に涙を溜め、こう感謝の言葉を思い出した。
ありがとう。そしてさよならと。
理由はよく分からないが、その後、僕は完全に意識を失った。
僕が我に帰って周りを見渡すとそこには僕と同じ黒い竜が3頭と4頭の赤い怪獣の姿が見えた。
同族のゴジララドンである。
僕はようやく記憶が蘇ったので周囲に集まって来た僕と同じ3頭のゴジラと4頭のラドンに同族の死を伝えた。
僕は思いだし、寿命で亡くなった同族の代わりに仲間と愛する息子や妻にある感謝の言葉を伝えた。
愛していると。
その瞬間、一頭のラドンが空に向かって悲しみの咆哮を上げた。
一頭のラドンの両目から大粒の涙が流れていた。
更に傍にいたそのラドンの息子と思われる僕と同じ位の若いゴジララドンの身体を優しく抱きしめていた。
その若いゴジラはかつてケーニッヒギドラやデストロイア等の怪獣達と闘ったミニラが成長した姿だった。
他のラドンゴジラの同族の仲間達もやはり同じように抱き合い、同族の死を悲しんだ。
その同族の中には寿命で死んだゴジラと人間達、
凛と協力してデストロイアと闘ったゴジラジュニアの姿もあった。
しばらくして僕はとうとう涙をこらえられなくなり、目の前に僕と同じくらいの年齢の若いラドンに泣きついた。
若いラドンは嫌がったりはせず、ただ静かに翼長150mの大きなプテラノドン
形をした巨大な翼でまるでお母さんの様に優しく僕の全身を包み込んだ。
しばらくして若いラドンが優しく微笑んだ。
時には止まり、花の匂いを嗅ぎなさい。
僕は若いラドンの顔を見ると静かに頷いた。
 
東京地球防衛軍本部ではようやく定年を迎え、今日限りで対テロ特殊部隊
SPBの隊長を定年するダグラス・ゴードン上級大佐のお別れ会を会議室で開いていた。
「貴方が退職するとこの本部も寂しくなりますね。ゴジラも亡くなってしまって。」
グラスを持ち、白いドレスを着た元地球防衛軍の司令官の波川玲子が寂しさを堪えられずそう言った。
「まあ、今まで君もゴジラも凄く頑張って生きたよ。確かに寂しいがね」
熊坂司令官はゴードン上級大佐のグラスになみなみと赤いワインを注いだ。
その時、白いドレスを着たアヤノがオレンジジュースの入ったグラスを持ち、現れた。
そして下腹部は大きく膨らみ、立派な妊婦になっていた。
「アヤノ、新しいスノウ隊長をよろしく頼むよ!君と君の子供と人類の未来を預けよう。」
「ありがとうございます。隊長。きっと音無凛さんにも伝えたんですね?」
ゴードン上級大佐はニッコリを笑い、頷くとグラスの中のオレンジジュースを一口飲んだ。
波川玲子、熊坂司令官、そしてSPBの隊員達は定年退職するゴードン上級大佐の周りに集まり、
それぞれお別れの言葉と感謝の言葉をそれぞれと心を込め、述べた。
「隊長!いままで、ありがとうございました。そしてごくろうさまです。」
それを聞いたゴードン上級大佐は次第に両目から涙があふれ、僅かに嗚咽を漏らし、静かに一言こう言った。
「ありがとう……最後まで私について来てくれて……」
 
(終章に続く)