(第43章)発狂

(第43章)発狂
 
大戸島の大戸町病院。
成程、旧支配者のクトゥルフを捉えた映像を見た数名のスタッフやアナウンサーやカメラマン達が
精神が狂い正気を失ったと言う情報がニュースで流れていた事を小美人の話を聞いていた覇王は思い出した。
あの情報が真実なら接触は慎重にする様に助言しなければ。
「その新たに誕生した旧支配者クトゥルフを消滅させるにはどうすればいいの?」
「旧支配者クトゥルフの同族を消滅させられるのは本来の宇宙怪獣バガンの血を色濃く持つゴジラだけです。
そうか、あの偉大なるイースの種族により力を与えられたあの初代ゴジラのクローンだな。
「よし!直ぐにこの情報を地球防衛軍本部に連絡して伝えよう。」
覇王はそう答えるとズボンのポケットから無線機を取り出した。
「ああ、これは昔、ゴードン上級大佐から地球防衛軍本部を去る前に譲り受けた物だ。
私がいない間は美雪が物置の段ボール箱に大事にしまって置いてくれていたものだ。
これは地球防衛軍元M機関の仲間達との友情の証でもある。
まずは地球防衛軍の乗組員にあの新しく誕生した旧支配者クトゥルフの危険性と伝えなければ。
しかもその旧支配者クトゥルフを倒せるのは初代ゴジラに類似した若いゴジラゴジラだけだ。
かつてM機関で戦った仲間達や愛する音無美雪や娘の凛、そして怪獣と共存し、
平和に暮らしたいと願う大勢の人間やミュータントを守らなければ……」
 
大戸島近海轟天号
大戸島ビルの戦いから戻って来た対テロ特殊部隊SPB(スピーシ・パック)
の隊長であり、轟天号の艦長ダグラス・ゴードン上級大佐と尾崎達が轟天号に帰還していた。
全員、心痛な表情で轟天号の自分の持ち場の席に座っていた。
その時、ジェレルが大戸島近海のレーダを確認した。
「艦長!大戸島近海の無人島に正体不明の怪獣が出現しました!」
「何?」
「2匹のゴジラもいます!」
その時、ザアアッと大きなノイズ音と共に無線の装置が作動した。
「誰からだ?」
「さあ、地球防衛軍の熊坂司令官でしようか?」
「応答願います!こちら覇王圭介!元M機関!現在はMBI捜査官」
「覇王!どうした一体?何があったんだ?」
ダグラス・ゴードン上級大佐は不意の覇王の無線連絡に驚き、目を丸くした。
しばらくして覇王は大戸島の無人島に現れた正体不明の怪獣の正体は新しく誕生したクトゥルフの同族だと。
そしてその新しく誕生したクトゥルフの同族は小美人さえも恐怖で怯えさせる程、危険な存在である事。
またクトゥルフはルルイエを通して邪悪な指示を与え、大勢の人間達を操って狡猾に策略を立てていた事。
新たな眷族の創造かあるいは自らの肉体の復活を試みていると言う事。
彼らが小美人や人類を滅亡させる為、この地球上に大いなる災いをもたらそうとしている事。
それらの事実を出来るだけ事細かに話した。
もちろんどれも普通の人間が聞いたら、笑い話か冗談だと思い、決して彼の主張を信じようとしなかっただろう。
だがゴードン上級大佐や尾崎は旧支配者のクトゥルフは小美人さえも
震え上がる程おぞましい存在だと聞くと真摯に耳を傾けた。
何せ小美人は常に真実以外は決して口にしないし、決して嘘は言わない。
小美人が本気で怯え震え上がっているのが事実だとしたら彼の話は容易に無視出来るものでは無いだろう。
「とにかく!あの旧支配者のクトゥルフの同族を倒さないと小美人もこの世から消滅してしまう。」
「分かった。状況は理解した。直ぐにゴジラの援護に向かわせよう。」
そのとき横から急にスノウが口を挟んだ。
「駄目です。仮にクトゥルフの同族なら!普通の人間があの姿を直視するのは余りにも危険過ぎます!」
「お前、旧支配者のクトゥルフを知っているのか?」
「はい、例え他の戦艦や航空自衛隊が出動しても、クトゥルフの同族のおぞましい姿を見た途端、
精神が狂い正気を失い、正常な軍の組織として全く機能しなくなる可能性が高いです。
MBI捜査官の覇王圭介さんの言う様に。」
ゴードン上級大佐は思わずこう大声を上げた。
「だが!このままクトゥルフを野放しにしていたら地球上に大いなる災いが広がる事になるんだぞ!」
「分かります。分かります。でも無謀な接触は余りにも危険です。」
スノウは慌てて彼を制止しよう思わず椅子から立ち上がった。
「そのさっき聞こえる隊員は新人さんか?」
「はい。スノウ・ニクヴィストと言います。」
「小美人はこれまで長い地球上の歴史の中でかつてない程の邪悪で危険な存在だと言っていました。
新しく誕生したクトゥルフの同族が放つテレパシーはかなり危険で
普通の人間が触れたら精神が狂い正気を失ってしまうと言っていました。
事実、新しく誕生したクトゥルフの姿を捉えた映像を見た数名のスタッフや
アナウンサーやカメラマン達は精神が狂い正気を失ってしまったと言う情報がある。
「だが!」
覇王の説明を聞いていたダグラス・ゴードン上級大佐は居ても立っても居られない様子で自ら席を立った。
覇王はゴードン上級大佐の性格は昔から知っていたのですぐに彼の気持ちは理解できた。
彼はじっとしているのが嫌いだ。正義感に熱い余り、時々無茶な作戦を立てる事がある。
だが……今回ばかりは……旧支配者が相手では無茶な作戦は乗組員全員の命と精神を奪いかねない。
覇王はそう考え、どうにかゴードン上級大佐に無茶な作戦を立てぬよう、慎重に作戦を立てる様に助言した。
覇王とゴードン上級大佐が無線で話している間、命令待機していた杏子は突然、両手で両耳を塞いだ。
直ぐ隣にいたアヤノが恐怖で個を歪ませている杏子の様子が心配になり「どうしたの?」と尋ねた。
「歌が……TWinkle Twinkle Little starが。聞こえるの……頭の中でいやああっ!」
杏子は全身を震わせ、甲高い悲鳴を上げた。
 
大戸島病院・島上冬樹の病室。
「大丈夫よ。何も聞こえないわ。落ち着くのよ。深呼吸して……」
急に悲鳴を上げた杏子を落ち着かせようと優しく呼びかけるアヤノの声が聞えた。
覇王は無線を通してその言葉を聞き、間違いなくそれはクトゥルフが発生させる
強力なテレパシーが原因だとゴードン上級大佐に伝えた。
「危険です。直ぐにそこから撤退した方がいい!」
今度はニックの泣き叫ぶ悲鳴が聞えた。
「助けてくれええええっ!死にたくない!嫌だあああああっ!」
更に突如、無線から酷い雑音が数秒聞こえたあとブチッと音を立てて無線は切れた。
凛は島上冬樹の病室の窓から外を見ていた。
しばらくして凛の脳裏に若い怪獣の意思が流れて来た。
僕は必ずあいつを倒して……生き残って、アドノア島に行って
彼らに『死んだゴジラは貴方達の事を愛していた』と伝えたい。
これは若いゴジラの意思……しかもゴジラが……死んだなんて……。
山岸はみるみる顔が蒼くなった凛の姿を見るとひどく心配した。
「どうしたの?気分が悪いの?顔が真っ青だよ」
ゴジラが……寿命が尽きて死んじゃった……」
「やはり…大戸島に行く前から嫌な予感はしていた。」
「じゃ!あんたはそれを知ってて……」
「ああ、でもあいつは『娘に余計な心配はかけたくないから黙って欲しいと』とテレパシーで言われていたんだ。」
「………」
その覇王の言葉を聞いた蓮は沈黙していた。
 
(第44章に続く)