(第36章)責任

(今日から少し今まで書いた小説の手直し後、連載再開。皆様お待たせ♪)
 
(第36章)責任
 
牙浪の世界・閑岱。
烈花は一人自分の部屋で座禅を組み、両瞼を閉じ、長い間考え込んでいた。
そう数分前に我雷法師に言われた事を心の中で反芻させていた。
「一つ目、クエント、ジル、クリス、パーカーが住む
向こう側(バイオ)の世界を何が何でも
己も他人も死なす事無く守りきる事。」
これは俺の中では誰も死なせる事無く向こう側(バイオ)
の世界を守り切る事は出来ると自分を信じている!
きっと師匠の邪美法師も冴島鋼牙もそう思ってくれる筈。
しかし一度、明るくなった気分も二つ目の条件を思い出した。
その途端、明るくなった気分はまるで風船の様に萎んでしまった。
『もし!お主がクエントと言う男を深く愛しているなら!
その証としてお主の魔戒法師の後を継ぐ赤子を儲ける事じゃ!』
最初は我雷法師の悪い冗談かと思っていた。
しかし俺は我雷法師の自分の未来を見据える様な瞳を見た時、
これが悪い冗談では無い事を滔々と悟らされた。
俺も冴島鋼牙と御月カオルのように幸せに
なってほしいと強く願っているのだろうか?
或いは俺の住むこちら側(牙狼)の世界。
そしてクエントが住む向こう側(バイオ)の世界は全く違うから。
もう、向こう側(バイオ)の世界のクエントとこちら側(牙狼
の世界の俺が結ばれる可能性が低いし、第一時空の歪みが無くなれば、
2つの世界は厚い時の壁に阻まれて二度と彼には会えなくなる。
我雷法師はそう考えて俺に無茶な要求を突き付けたのだろうか?
いずれにしろ俺は明日の白夜の日までに
こちら側(牙狼)の世界に留まるのか?
向こう側(バイオ)の世界に行き、クイーン・ゼノビアに出現する
無数のカラクリの相手をし、そしてレギュレイスを倒した後に。
その後、俺は彼と子供を作る過程を思い出し、
急に体が熱くなり、顔を真っ赤にさせた。
ううっ!畜生!また彼とベッドの上で……。烈花は生唾をゴクリと飲んだ。
しばらく烈花はクエントと自分の間に起こった様々な出来事を思い出した。
客室の部屋でゴッドアーミⅡと言う映画を
クエントと見て、ドキドキハラハラし。
『DEADSPACE』と言うゲームを
プレイして恐怖の余り、猫語しか話せなくなり。
ビスコアと言うホラーの攻撃から
身を投げてまで自分を守ってくれたクエント。
俺を見て笑うクエント、俺と別れて寂しさを感じた表情のクエント。
彼の表情を思い出される度に胸が締め付けられるような思いに駆られた。
暫く考えた末、烈花はようやく自分の考えがまとまり、決心した。
烈花は両瞼を開け、自分の部屋で座禅を解き、立ち上がった。
彼女は襖を開け、下唇をぎゅっと噛みしめた。
そして小屋の外に出ると我雷法師の屋敷に続く道をただ無言で走り続けた。
 
翼の部屋。
鋼牙は今日の朝、薪になる枝を拾っていた魔戒法師の卵の媚空が偶然
(或いはドラキュラがそう装ったのか?)森の中に置かれた
小さな彫刻を発見し、拾って翼と鋼牙に見せたのであった。
鋼牙は右腕を伸ばし、指に嵌められている魔導輪ザルバに見せた。
するとザルバはカチカチとこう話し始めた。
「間違いないぜ鋼牙!ガーゴイルの強烈な残留思念を感じる」
「ワシにも奴の強い思念を感じるのう。」
翼の腕に嵌められたブレスレット型の
魔導具ゴルバもカチカチとそう言った。
それから翼も鋼牙、ザルバ、
ゴルバも一斉にテーブルの上に置かれた彫刻を見た。
ガーゴイル事、倉町公平が執念で作ったと思われる彫刻は
やはり皆の想像通り始祖ホラーソフィア・マーカーの姿だった。
翼はジルとドラキュラ伯爵の両方の特徴を持つ
始祖ホラーソフィア・マーカーの彫刻を
見ているだけで頭がおかしくなりそうだった。
くそっ!まるでジルとあいつの娘みたいじゃないか!!
更に鋼牙は彫刻の土台に刻まれた魔界文字が目に入った。
直ぐに彼は腕を土台に向け、魔導輪ザルバに魔界文字を読ませた。
どうやらこのソフィア・マーカーは幼体であり、これから成長するらしい。
更に魔戒語の文章の続きには「この始祖ホラーを完全に覚醒させるには
1000人の人間の肉体を喰わなければいけないらしい。」
「成程、こいつが人間界に侵入した場合、
1000人の人間の命が犠牲になるのか?」
「恐らく、ソフィア・マーカーは
ドラキュラの命を受けたガーゴイルの手によって
安全な真魔界の深層部の何処かにある
件の教団の教会に匿われた可能性が高いだろう。」
「だがどうやって人間界から真魔界の通り道を?」
「分からん。調べてみないと……」
「これはジルやクリスには?」
「今は見せない方がいいだろう。俺が預かる。」
鋼牙は机に置かれた彫刻を白いコートの
赤い内側にまるで手品の様にしまった。
翼は万が一ジルやクリス達に彫刻の事を固く口を閉ざす事にした。
そうすればジルもクリスもガーゴイルが作った彫刻本体を見られない限り、
2人は元の向こう側(バイオ)の世界に戻る日まで知らずに済む。
しばらくして翼が鋼牙に尋ねた。
「それで?それは?」
元老院に持って生き、神官や魔戒法師達に報告する」
「それではジルやドラキュラの事も?」
「ああ、ジルの名前は伏せて報告するつもりだ。」
鋼牙はきびきびとそう答えた。
 
我雷法師の屋敷。
「我雷法師!」
暫くぼーっとしていた我雷法師は烈花のいきなりの声に驚いた。
我雷法師は反射的に屋敷の縁側の方を見た。
すると屋敷の庭に一人ポツンと烈花法師が立っていた。
「烈花法師!とうとう決めたのかね?」
我雷法師は早速、烈花法師を屋敷の中に招き入れ、
畳の上に座布団を置き座らせた。
烈花法師は正座した後、深々と頭を下げた。
「行きます!守りし者としての責任を果たしたい!」
「それは2つの条件を承諾すると言う事じゃな」
「はい!必ず2つの条件を果たします!果たせなかったら……」
「向こう側(バイオ)の世界のクエントと言う男は諦めると言うのかね?」
「はい!しかし一つ目の条件は『守りし者』
の名にかけて必ず果たします!だから!」
烈花の必死の訴えを我雷法師は暫く真摯に聞いていた。
我雷法師はしばらく口を固く閉じ、色々と思案を浮かべている様子だった。
しかしこれ以上なにも思いつかないと見るや否や口を開き、こう言った。
「よろしい。行っても良い!」と。
それから烈花はすがすがしい表情をしたまま我雷法師の屋敷を出た。
「ようやく。向こう側(バイオ)の世界に行ける!」
そしてさっそく邪美法師にその事を報告しようと
彼女の家に続く道を歩き始めた。
しかしふと空を見ると一枚の赤い札が飛んできた。
烈花は何食わぬ顔で手を差し出し、飛んで来た赤い札を受け取った。
そこには魔界語で3人の魔戒法師からのメッセージが書かれていた。
「魔界歌劇団の歌を魔戒スタジオで近日録音するよ!・アンナ」
「歌の名前は覚えていますね?『PRAYERS』ですよ。・リュメ」
「決まったら知らせるよーちゃーんーと来てね♪団長♪・ユキヒメ」
ああっ!もおおっ!こっちは復活したホラー共の
討伐と自分の将来の事で忙しいのに!
赤い札の魔界語の内容を読んだ烈花は思わず、両手で頭を抱え込んだ。
 
閑岱の森の中のとある広い場所。
翼は一人物思いに耽り、切り株に腰かけていた。
そこに邪美法師が現われた。
「何を考えているんだい?」
「ああ、邪美法師!大した事無いさ!」
「ふーんそうなんだ」
翼の答えに邪美ははにかんだ笑顔を見せた。
そのはにかんだ笑顔は何よりも美しいと思うと同時に
彼女の笑顔をずっと守り続けたいと願った。
「俺は守りし者として我が妹の鈴と同じ様に
お前のその笑顔を守り続けたい」
翼は自然にそう口に出した。
「そう、光栄だね!白夜騎士にそう言われるなんて……」
更に続けて邪美は話を続けた。
「あの鷹麟の矢の力は昔あたしが込めたもの。
あれは前のレギュレイスとの戦いで鋼牙の命を救った。
今回は誰の命を救ってくれるのだろうかな?って今考え見たんだけどさ!」
邪美は愛しい眼差しで翼の顔を見た。
「邪美!愛している!」
「あたしもだよ翼」
すると翼は我慢できずに両腕で邪美を抱き寄せた。
続けて翼は邪美のピンク色の唇にキスを交わした。
おいおい。いきなりかよ。鋼牙に似て不器用な奴だね。
邪美は心の片隅でそう思い、
キスをしている間、つい笑い出しそうになった。
しかしキスした後は翼と邪美はお互い恥ずかしそうに笑い出した。
翼は笑いながらもはにかんだ笑顔をいつまでも見ていたいと願った。
そして翼の心の中で邪美に大切な人として深く深く刻まれて行った。
やがて邪美は思いを込めてこう言った。
「あたしの大切な人。大丈夫だよ。
もしもあんたに何かあってもあたしが昔に込めた
鷹燐の矢の強い力があんたを守ってくれる」
「そうだな……」
翼は鷹燐の矢が収められている大きなお社を見た。
 
(第37章に続く)
 
今まで首を長くして小説の変更を待ってくれた読者の為のおまけ動画。
魔戒歌劇団『PRAYERS』ショート版のPV動画。
白い服に頭に白い大きな花を付けた女の子が烈花法師です。