(第29章)宿敵(後編)

(第29章)宿敵(後編)
 
ジルは凄まじい胸部の激痛に耐え抜いた。
両手で自分の胸部の分厚い鎧に突き刺さった
オレンジ色に輝く鋭利な三角形の棘が
4対生えた長い槍状の物体を強引に引き抜き、脇にぶん投げた。
「何故?何故?貴方は母親じゃない!
母親なんかになれない!なれない!なれない!
ジュジュジュジュジュジュン!」
「何故?そう言い切れるの?」
逆にジルは姑獲鳥に質問した。
「貴方も同じ!同じ!同じ!子供もろくに育てられない!!
自分の子供が持っている大切なゲーム機をバキバキにへし折り!
馬鹿みたいに子供を思い通りに支配し!
虐待する事しか能の無い!役立たずな人間!!
そんな奴らに子供を育てる資格は無い!無い!」
「あら?偏見ね?貴方、実際、世話をするあたしを見たのかしら?」
ジルはマスクの内側で不快に思い僅かに顔を歪めた。
「ジュジュジュジュジュジュジュン!ジュジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥は怒り、雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声を発した。
しかし微かに動揺し、左右に来首を傾げ続けた。
「貴方は虐待をする親を憎悪する余り、一番大切な事を忘れているわ!
あたしは日中、貴方が赤ちゃんにしたクレアを少しの間だけ世話をした。
そこで分かったの!必要なのは虐待をした両親の憎悪と復讐じゃない!!
我が子を愛しいと思う愛情よ!貴方にはそれが無い!
そんな貴方に子供を育てる資格などない!
ジルは力強く立ち上がり、自信を持ってそう言い切った。
姑獲鳥は再び子供を虐待する両親に対する激しい憎悪と怒りを爆発させた。
「ジュジュジュジュジュジュジュン!ジュジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥は再び巨大な羽根を広げた。
そして真上に向かって高速で飛び立った。
グルリと旋回した。
「貴方を殺す!殺す!殺す!殺す!焼き尽くしてやる!
燃えなさい!燃えなさい!ジュジュジュジュジュジュジュン!」
「ウ二ヤアアアアアッ!」
ジルは決着を付けるべく獣のような咆哮を上げた。
続けて右手の甲からニョキッと黄色の鉤爪を生やした。
姑獲鳥は再び口内を真っ赤に発光させた。
続けて真っ赤に輝く熱光線を放った。
しかしジルはそのまま一気に姑獲鳥に向かって5mもジャンプした。
ジルは黄色の鉤爪で赤く輝く熱光線を真っ二つに切り裂き、
姑獲鳥に向かって急上昇した。
ジルは右手の甲の黄色の鉤爪に賢者の石の力を集束させた。
右手の甲の黄色の鉤爪は真っ赤に輝いた。
姑獲鳥は急に目の前が真っ赤になったので驚いた。
そして大きく身体と頭部をおおっ!と後ろに仰け反らせた。
次の瞬間、ジルの真っ赤に輝く右手の黄色の鉤爪は姑獲鳥の
剥き出しの両乳房の深い谷間に突き刺さった。
「ヂュッ!ヂュ!ジュジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥は激痛で鳴き声を上げた。
ジルは野獣の咆哮を上げた。
「ウニャアアアアアアアアッ!」
姑獲鳥の腹部を蹴り上げた。
姑獲鳥は真上に吹き飛ばされた。
ジルは後転してコンクリートの床に右膝を付いて着地した。
姑獲鳥は苦しそうにうめいた。
そして深い胸の谷間からどす黒いホラーの血を流した。
しかも先程の必殺技をまともに受けたのにも
関わらずまだしぶとく生きていた。
「そんな。あいつの体内に賢者の石の
封印エネルギーを流し込んだのに……」
ジルは姑獲鳥の意外なタフさに驚いた。
だが出血の量は多く何処かフラフラと飛んでいる
姑獲鳥は少なくとも深手を負っている事は直ぐに分かった。
それでも姑獲鳥は闘うのを止めなかった。
「子供を取り戻す!取り戻す!そして!貴方を!焼き尽くしてやる!
今度こそ!今度こそよ!ジュジュジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥は再びジルに向かって急降下した。
「燃えろ!燃えろ!燃えろ!燃えろ!燃えろ!」
姑獲鳥は青い羽根から青く輝く羽毛をバラバラとジルの周囲にばらまいた。
再び青く輝く羽毛がジルの立っているコンクリートの床に
当たった途端、次々と大爆発が起こった。
ドガガガガガガガガガガガガガガン!
「やった!やった!燃えた!燃えた!」
姑獲鳥は勝ち誇ったように叫んだ。
そして急上昇して大きく青く輝く羽根を閉じた。
身体をグルグルと回転させた。
閉じた青く輝く羽根を広げ、空中でホバリングした。
姑獲鳥は真っ黒な瞳で先程、ジルが立っていた場所をじっと観察した。
ジルが立っていた場所は真っ黒な煙と高熱の炎に覆われ、
何も見えなかった。
しかし突如、ジルは真っ赤な煙と高熱の炎を突き破り、
凄まじいスピードで突っ込んで来た。
「ヂュッ?!」
姑獲鳥は弾幕を使ったジルの不意打ちに油断した。
再びジルの右手の甲の黄色の鉤爪に賢者の石を集束させた。
そして右手の甲の黄色の鉤爪は真っ赤に輝いた。
真っ赤に輝く右手の甲の鉤爪は姑獲鳥の剥き出しの
両乳房の深い胸の谷間の同じ場所に突き刺さった。
「ヂュン!ヂュン!ヂュヂュッ……」
姑獲鳥はまた激痛で鳴き声を上げた。
「ウニャアアアアアアアアッ!」
ジルは再び姑獲鳥の腹部を蹴り上げた。
「ジュジュジュジュジュジュン!馬鹿な!たかが人間如きに!!
あたしは!あたしは!あの子の母!!母!!何故?何故?
何故?母になれない?あたしは愛情が無いなんて!
そんなの信じない!信じない!」
姑獲鳥は3mの高さまで吹き飛ばされた。
「ヂュウウウウウウウウウウン!!」
姑獲鳥は断末魔の雀の威嚇を彷彿とさせる甲高い鳴き声を上げた。
やがて姑獲鳥の身体は3mの空中で爆発四散した。
一方、空中にいたジルは後転しながら
ようやくコンクリートの床に着地した。
緑色の異形の戦士アンノウンから
元の黒いジャンバーを着たジルの姿に戻った。
「とんでもない!化け物雀だったわ……」
ジルは精神的にも肉体的にも疲れていた。
やがて誰も使われていない駐車場に仕掛けられた紫色の結界は消滅した。
「あっ!クレアは?」
ジルはフラフラと隠れ家の倉庫の入口の扉を開け、中へ入って行った。
そしてベッドの上には既に姑獲鳥がクレアにかけた術が解け、
クレアの精神世界のガフの扉は閉じられ、赤子から再び急成長し、
元の成人女性のクレアの姿に戻っていた。
鋼牙は優しくクレアの身体に布団をかけた。
「元に戻ったぞ!もう!大丈夫だ!」
「ああ、少しだけ赤ちゃん言葉が残るが時間がたてば直る。」
「そう……良かった……」
鋼牙とザルバの言葉にジルはようやく安堵の表情を浮かべた。
クレアは脳裏で幼い頃に亡くなった
白いワンピース姿の自分の母親に別れを告げていた。
「もう、いいのね」
「うん!ママ!」
母親は寂しそうな娘のクレアの
心を察したのか優しくはっきりと力強い声でこう言った。
「大丈夫!ママはこのガフの部屋の中で貴方を見守っているわ!
ずっとママは貴方の傍にいるわ!!」
やがてガフの部屋の扉は静かに閉じて行った。
「ありがとう!ずっと見守ってくれているのね!ママ!」
ガフの部屋は閉じ、幼い頃、亡くなった白いワンピース姿の
母親の姿は直ぐに見えなくなった。
やがて目の前が真っ白になった。
クレアはジルのベッドでまどろみながら幼い頃、
亡くなった母親の事を思い出した。
そして静かに泣いた。
「ママ……ありがとう……頑張るよ……あたし……」
彼女はムニャムニャと寝言を言った。
 
(第30章に続く)