(第31章)兵器

 
(第31章)兵器
 
12時頃、モイラが迎えにジルの隠れ家を訪れた。
そして元に戻ったクレアを見たモイラは
安心した様子で元気にあいさつをした。
「おはよう!先輩!」
「はっ?おはよう!」
クレアは少し、もたつき、あいさつをした。
それからクレアはモイラの車に乗り、
国連会議が行われる会場へ向かって行った。
「これでひと段落だな」
いつの間に見送っているジルの隣に物音も気配もなく鋼牙が現われた。
ジルは心臓が飛び上がり、慌ててうしろに後退した。
「うわっ!ちょっと!いつの間に??」
鋼牙はジルに向き直った。
「ジル!いずれあんたはあの場所へ行かねばならないと思う。
そこはお前や俺にとって一番大事な場所だ!」
「あたしや貴方にとって一番大事な場所?」
「そこは英霊の塔だ!」
「英霊の塔?」
「俺やかつて黄金騎士ガロの称号を持つ魔戒騎士達の為に建てられた塔だ。
そしてお前は黄金騎士ガロの血筋を持つ者だ!」
「そうね!あたしの母は冴島クナイ。貴方のお父さん、冴島大河の実の妹」
「いずれ!いや、必ず!
お前の体内の邪気を浄化しなければならないだろう。」
「だが鋼牙!その為にはまずはあの特殊な結界を使って
こちら側(バイオ)の世界から
向こう側(牙狼)の世界へ行かないといけない!
そもそも俺達はエイリスと言う名前の魔獣ホラー
が発生させた時空の歪みを通って来たんだ!
あの結界を作るにはどうしてもジルの母親のクナイ法師並みの
高度な法術が扱える魔戒法師の力が必要になる!」
「ああ、わかっている!いずれ方法は探すつもりだ!」
鋼牙は相変わらず冷静に答えた。
その時、ジルはふと思い出したように
自分の机の上のノートパソコンを開き、起動させた。
「そうだ!鋼牙!実は御月製薬に怪しい噂じゃないけど!
不穏な動画がネットの動画サイトにアップされているの!」
ジルはキーボードーを叩き、ネットの動画サイトを開いた。
やがてパソコンの画面には御月製薬の研究室と思われる
部屋の中央の大きなカプセルの中にふわふわと漂う
赤い筋のあるクラゲの様な生物が入っていた。
暫くしてザルバは口を開いた。
「間違いないぜ!ホラーの気配賢者の石を感じる!」
「まさか?このクラゲはホラー?」
「後に発表された御月製薬の公式情報によるとね。
『不老不死の薬を製造するのに必要なタンパク質を
採取する為に人工的に創造した新種のクラゲ』だそうよ。
あと不老不死の薬を作る以外に別の可能性も……」
「例えばなんだ?」
「BOW(生物兵器)よ」
「BOW?バイオウェポン……生物兵器……」
「魔獣ホラーをBOWとやらにするとどうなるんだ?」
「今までの野生のホラーに襲われる人間が2,3人だとしたら?
生物兵器のホラーはおよそ10倍から20倍。
1000人から5000人、一万人単位の人々が犠牲になるかも?
それに軍事用にホラーを上手く養殖して増やして上手く制御すれば
一個小隊で敵全軍隊を一掃出来るわ。
ついでにホラーには人間が所有する通常の武器は一切通用しない。
ホラーを撃退するには魔戒騎士や魔戒法師の力が絶対に必要よ!」
「魔獣ホラーにはソウルメタル製の魔戒剣、法術、魔戒銃、特殊弾、
賢者の石の封印エネルギーしか通用しない。
それはつまり対人間用の武器しか持たない
軍隊はたちどころに奴らの餌食だな。」
「しかもそのクラゲ型のホラーが賢者の石の力を持っているとなると。
魔戒騎士も魔戒法師も苦戦するかも知れんな」
「深刻だな。そうだ!ジル!ところで御月製薬とやらは確か
生物兵器ビジネスには一切関わらない』
と世間に公表していたがこれもごまかしか?」
「ごまかしと言うより世間を欺く為についた嘘ね。
ただあくまでも噂だし、疑いに過ぎないの。
動画の中の新種のクラゲだけじゃ!ホラーである事は分っても。
『BOWとして利用しようとている』と言う決定的な証拠に欠けるわ。」
「なんとか?調べられないのか?」
「クエントなら。でもやっぱり危険な仕事は……」
「何故だ?」
「彼は一度、FBCの長官のモルガン・ランズディール
って言う人物の陰謀の証拠を掴んだけど。
その直後に証拠のあった空港を爆破させられたの。
けれど何とか辛くも脱出したの。
実は彼女の交友関係をクエントが調べたのよ。
結果、彼女は数年前からアルバート・ウェスカー
と言う人物と親しかった事が分かったわ。
アルバートがそうだったように彼女も非常に危険な人物に間違いない。
下手に詮索させたら彼女がクエントに何をするか分からないわ!」
鋼牙は僅かに動揺した表情を一瞬だけ見せた。
「鋼牙!御月カオリはあくまでも平行世界の人物に過ぎない!
容姿と顔が似ていてもお前の愛した妻の御月カオルとは環境も性格も違う!
同一人物では無い!全くの別人だ!まどわされるな!」
「分ってる!分っているさ!」
ザルバの厳しい声に鋼牙は寂しさを堪え、そう答えた。
彼の脳裏には広い草原でキャンバスに絵を描く
御月カオルの姿が浮かんでいたのだった。
ジルはその鋼牙の寂しそうな表情を見るなり、心がきゅっと痛んだ。
自分もあの白いスーツの男。
ドラキュラ伯爵に会えず、寂しさを感じていたからである。
暫くしてジルは口を開いた。
「そうだわ!モイラには内緒よ!もちろんクレアにも!」
「とは言ってもいずれ、クレアかモイラもしくは
NGO団体テラセイブの関係者が見る事になるのでは?
「その際は仕方がない。ジル、
この動画をアップロードした人物を突き止められないか?」
「出来ると思うけど。まさか?」
「案ずるな!殺したりはしない!記憶を消して、
動画を消す、それだけだ!」
「俺達、魔戒騎士や魔戒法師、
魔獣ホラーの姿を見た者の記憶は必ず抹消する。」
「それが俺達、闇で生きる者の掟だ。
だから本当はモイラとクレアの記憶も消さなければ!」
「いずれな!」
「でもあたしは反対よ!仲間でしょ?」
「そうだな。」
鋼牙はそう答えるとまだパソコン画面の再生中の動画を見た。
つられてジルもパソコン画面の再生中の動画を見た。
カプセルの中でふわふわと浮かぶ、
赤い筋のあるクラゲをジルは良く観察した。
その特徴はごつごつとした2対の赤く輝く筋が付いた真っ青に輝く傘
真っ青に輝く傘の周囲には赤い筋の付いた6対の青く細長い触手。
真っ青に輝く傘の中央から2対の太く長い口腕。
その2対の長い口腕の先端には鋭く長い牙が生えていた。
やがて動画は停止した。
鋼牙は無言で何かを考えていた。
ジルが幾ら尋ねても何も答えなかった。
それがジルの心の不安を大きく膨らませた。
鋼牙は昨日の夜、アメリカ自然史博物館の地下の隠し部屋から侵入し、
ニャルラトホテプ・アトゥのレリーフと対峙していた事を思い出した。
鋼牙は侵入者と気付かれる前に博物館内の警備員
X字の付いた紫色のお札を顔面に張り付けた。
これで彼らは一時的に失神し、目覚める頃には。
冴島鋼牙や魔獣ホラーに関する記憶は全て抹消されている事だろう。
改めて鋼牙は壁に貼り付けられていた
ニャルラトホテプ・アトゥのレリーフと対峙した。
「さすが黄金騎士!目を見張るべき活躍だ!」
貴様!一体このジル達がいるこちら側(バイオ)の世界で何を企んでいる!
「教えてやろう!しかし貴様一人で止められるかな?
御月製薬の御月カオリとマルセロ・タワノビッチが協力して、
魔獣ホラーに賢者の石とTウィルスを
組み合わせた新型ウィルスの投与実験を始めている。
「ぐッ!相変わらず人間を利用して嫌な奴だぜ!」とザルバ。
鋼牙は白いコートの赤い内側から魔戒剣を取り出した。
「必ず俺とジルと仲間達が実験を止めさせる!」
「では!真魔界から見物させて貰うよ!」
鋼牙は銀色に輝く両刃の魔戒剣を勢いよく振り降ろした。
「ぐあああああああっ!」
ニャルラトホテプ・アトゥは断末魔の絶叫を上げた。
同時にレリーフは一刀両断され、完全に消滅した。
そこで鋼牙は我に返った。
 
(第32章に続く)