(第33章)契約

(第33章)契約
 
ジルの隠れ家。
「ジル!話がある!」
最初に話を出したのは鋼牙だった。
「ええ、ドラキュラ伯爵に会ったんでしょ?」
「そうだ!奴と会って話をした。
お前自身の運命についても奴から聞いた。」
「それって?ソフィア・マーカーの事?運命はもう決まっているじゃない!
あの子は始祖ホラーシュブ・二グラスよ!だから早く封印しないと!
現にあの子に捕食されて大勢の人々が死んでいるのよ!」
すると鋼牙はいきなり残酷な言葉を言い放った。
「それじゃ!お前の精神も肉体も破滅するだけだ!」
「どっ!どういう事よ??」
「それでは駄目だと言う事が奴の話で分かったんだ!」
鋼牙の指に嵌められた魔導輪ザルバはそう言った。
「確かにあたしは彼を愛したけれども……」
「お前は奴を愛したが故に魔獣との契約を果たしたんだ!」
「契約?」
「そうだ!ドラキュラ伯爵とお前の精神と肉体は深く結び付いている!!」
「あんたは奴を受け入れた。だから運命も奴と共にある。」
「実はそのソフィア・マーカーいや、シュブ・二グラスの胎内には
純粋な人間の肉体と魂が宿った賢者の石があることを白状した!」
「なんですって?じゃ?その純粋な人間って?」
「お前と奴の特徴を持つ純粋な人間、つまりもう一人の名も無き娘だ!」
ジルは鋼牙の衝撃的な言葉に何も言えずただただ絶句していた。
鋼牙は淡々と話を進めた。
「もしもお前が大勢の人々の命を救う為に俺達と協力して
シュブ・二グラスを封印したとしてもお前は大事な
名も無き一人娘の魂も肉体も永遠に失う事になる。
結果、あんたは一人罪悪感に苛まされ、失意のドン底に落ちるだろう。
サイアク、今までお前が封印して来たホラーの邪気を養分として
急檄にお前の全身の細胞内に潜んでいる賢者の石が活性化する。
お前の魂は賢者の石に貪り尽される。
最後は賢者の石の力で死体同然となった肉体は変容し、奴の化身となる。
そうなればお前は二度と人間の姿には戻れなくなり、
人を喰らう外神ホラーと化する。」
ジルは鋼牙の容赦の無い残酷な運命に戸惑いを隠せなかった。
「じゃ?どうすれば?その子の肉体を?あたし自身を救えるの??」
ジルは藁にもすがる思いで鋼牙に尋ねた。
「自分自身の力を信じるんだ!ジル!」
「でも?どうやって?大体!賢者の石は暴走する危険があるんでしょ?
実際、あのシェイズを窓の外から放り出したのも!
賢者の石が暴走したせいでしょ?」
「ああ、そうだ!確かにザルバは後で意識が戻ったお前にそう説明した。
もちろん俺も知っている!
だが、今のお前に必要なのは賢者の石の力じゃない!
女性特有の能力だ!人を喰らう外神ホラー
変身するのを避けるのはそれしかない!」
鋼牙の言葉を聞いたジルはハッと思い出した。
そう、数日前に幽霊が出る廃墟の老人ホームでモイラが霊魂を
自分の子宮に取り込んだあの能力を思い出した。
「確かに子供の世話はクレア・ベイビーで体験したけれど……。
でも!あの子の母親になって仕事の合間に育てるなんて、
第一!クリスがどう思うか?」
「そうだな」
「でも方法はあるんでしょ?」
「ああ、もちろん方法は奴から聞いた。ジル!耳を貸してくれ!」
「えっ?」
ジルは少し驚いた表情になった。
そして恐る恐る鋼牙に耳を貸した。
鋼牙は小さな声で何かを歌い始めた。
暫くジルは耳元でその歌の歌詞を聞いていた。
「これって?まさか?アニメの曲?」
「ああ、確か向こう側(牙狼)の世界でも
こちら側の世界(バイオ)でも曲名は全く同じだったな。」
「この歌はもちろん俺達、魔戒騎士野魔戒法師の曲じゃない。だがな。
魔戒騎士や魔戒法師になる者は皆、歌や言語の持つ力を学び、
それを習得するのが必要科目だったんだ。
もちろんお前の母親も魔戒法師になる為に幼い頃から
その歌や言語が持つ力について長い間、閑岱で学んでいた。」
「それって? 何?」
「それは昔の特に日本の人々が言う言霊だ。
古来、人々は言葉を初め、歌や言語には
人の心を反映した強い力が宿るとされていた。
もちろん、クラシック、サンバ、J―POP、KPOP。
民謡、アニメソング、そして普段何気なく使っている日常会話、
あらゆる言葉、音楽、言語には人の感情に応じた心の力が宿っている訳だ。
それは人の心に悪や善の感情を与え、
時には人々を救い!時には人々を破滅させる!」
「でもこのアニメの曲を歌うのに何の意味が。」
「ジル!このアニメの曲は輪廻転生をテーマにしているんだ」
「輪廻転生?つまり?ジャンヌの魂があたしの肉体に転生した様に
あの子の魂や肉体を転生させられるって言う事?
つまり心を込めて歌えばあたしの心が反映されて……えーと。
あたし自身の女性特有の能力が高まるって訳?」
「そうだ!音楽や歌を創り出したのは他ならぬ俺達、人間だ。」
「太古の昔から現在に至るまで自然や他人を大切にし、
時には恐れ、時には敬い、時には感謝を送る為に
音楽、歌、言語を利用する平凡な人々が存在している。
しかし一方で他人の人生や命を破滅させる為、呪歌か或いは呪具として
音楽を奏で、歌を歌う悪意のある呪術師達もかつては存在していた。
故に本来は音楽や歌、言語の心の有り方次第で
善にも悪にもなり得る諸刃の剣だ。
だからこそ取り扱いには細心の注意を払わないと。
いずれ酷い目に遭うか、最悪、自身の破滅を招く結果となる。」
「そう言う事だ!ジル!ただ、音楽、歌、言語の性質を正しく理解し、
使う事が出来れば、そう、お前が名も無き一人娘の魂と肉体の宿った
賢者の石をシュブ・二グラスから取り戻すことは十分可能だ!
しかしただ歌っても意味は無い。
今のお前に必要なのは俺の親父・冴島大河の妹であり、
魔戒法師だったお前の母親のクナイ法師から受け継いだ魔導力と
お前自身の強い想いとそれを響かせる美しい声が必要だ!」
「良いか?ジル!大事な事だ!お前とあいつの
たった一人の名も無き娘の魂と
肉体の宿った賢者の石をその手で捕えたら絶対に離すな!
「ええ、分ったわ!鋼牙!」
ジルは数日前にクレア・ベイビーの世話をしている時、
無意識の内にベッドから移動した際に聞いた女の子の声を思い出した。
きっと!いや!間違いないわ!名も無き一人娘の声ね!
ジルはそう確信した。
「待っててね!必ず取り戻して見せるわ!」
ジルは名も無き一人娘の魂と肉体の宿った賢者の石を
シュブ二グラスから取り戻す決意を固めた。
しかしジルはそれでも。
他人の子供(クレア・ベイビ)
をベビーシッターみたいに一時的の世話をした。
だがその名も無き一人娘を我が子として自立させるまで育てられるか?
内心大きな不安を抱えていた。
それにクレアとモイラになんて説明しようと。
すると鋼牙はこう言った。
「案ずるな。既にクレアとモイラには伝えておいた」
「えっ?いいの?」
「大事な仲間の情報だ!彼女達は最後まで協力したがるだろうし。
ジルに子供がいる事が判明した以上!うっかり記憶を消すと
余計な混乱を引き起こす事になるかも知れん。
「そうだな。」と鋼牙がぶっきらぼうに答えたその時。
キイイイイイン!
ジルの隠れ家の外で急ブレーキを掛け、
車のタイヤが大きく擦れる様な甲高い音が聞えた。
ジルも鋼牙も驚き、入口を見た。
続けてバン!と大きくジルの隠れ家のドアが開いた。
隠れ家の入口には大急ぎで帰って来たのか?
ハアハア息を切らせたクレア・レッドフィールドが立っていた。
「国際会議はどうなったの?」
「無事終わったわ!でも!国際会議の会場でモイラが
マルセロ・タワノビッチに誘拐されたの!
モイラを帰して欲しかったら!
夜の8時にニューヨーク港の廃工場に来いって!」
「確か?マルセロってジルの担当医師の精神科医だったわね。
まさか?彼も魔獣ホラー?」
「そう、あたしにホラーを探知する能力と
緑の異形の鎧を纏う能力を与えたのは彼なの!」
クレアは初めてそれを知り、驚愕の余り、言葉を失った。
「だから、彼がモイラを誘拐した目的はきったあたしとの決着をつける為」
「間違い無くその通りだろう……」とザルバ。
「ああ、気を引き締めていかないとな」と鋼牙。
 
(第34章に続く)