(第8章)襲撃者

(第8章)襲撃者
 
その日の夜。
カイラ・ウルフ博士の詳しい事情聴取を終えたマーゴット刑事は
その結果を報告しようとワシントンDC首都警察内の
どこかにいるジェレミー刑事を探していた。
そしてたまたま通りかかった巡査部長に尋ねたところ。
「休憩所にいるよ」聞き、早速、休憩所に続く廊下を歩き続けた。
何を報告すべきか……まずはユダの血統ね……。
色々考えを巡らせ、マーゴット刑事は報告書を片手に歩き続けた。
暫く警察署内は僅かに警官達の他愛のない雑談等が廊下内に響いていた。
それからマーゴット刑事は休憩所に辿りついた。
彼は直ぐにジェレミー刑事の姿を探した。
そして休憩所の自動販売機でジュースを買っている
ジェレミー刑事が見えた。
「あっ!いたいた!」
ジェレミー刑事は自動販売機の取り出し口
からジュースを取り出し、懐に入れた。
「何か分ったか?」
「ああ、色々よ!そっちは?」
「ええ、色々分かったよ!」
2人の刑事は休憩室の椅子に座り、捜査情報を共有し合った。
ジェレミー刑事によれば。
彼の家を訪ね、本人に話を聞いたら怪しい供述がゴロゴロと出たらしい。
現在、貴方の政治資金は誰が管理
しているのかについては口を割らなかった。
また彼はウォーターゲートビル6階の民主党全国委員会本部がある
オフィスに6人の不審な男が侵入した事件については知っているが。
6人の不審な男が捕まったとやけに事件の犯人について詳しかった事。
またユダの血統に惨殺された女性記者ケイト・クレインについては。
どうやら彼は正直、ケイトには迷惑していたらしい。
彼女は特ダネスクープを求めて
ディビッド上院議員の周辺を調べていたらしい。
その為、彼女はどこからかタレこみ情報を得てはまるで
ストーカーの様に大統領選挙のホワイトハウス以外の各地に移動する先で
必ず現れては写真や取材を何度も執拗に求められていたらしい。
「これでディビッド上院議員
黒幕である可能性が高くなって来た訳だが。」
「ええ、問題はどうやってユダの血統をコントロールしているのか?」
「うーん、こればかりは謎ね。」
「もしかしたら?バッググラウンドに
アメリカ政府が関与しているんじゃ?」
アメリカ政府??それは流石にドラマや映画の見過ぎじゃない?」
「いや、実際、それに近い事件が起こっているじゃないか?」
「確かにアメリカ政府が関与しているとして?一体?何の為に?」
「分らん。もしかしたら?何かの実験とか?」
アメリカ政府の陰謀……」
「ひょっとしたらアメリカ政府はユダの血統の生態や
戦闘力を調べて生物兵器として利用する気なのかも?」
生物兵器??まさか……」
「最近、イスラム系の過激派のテロリスト達がロンドン、
パレスチナイラクで最悪のテロ事件を起こしている。
アメリカ政府としては早くそんな危ないイスラム系の過激派の
テロリストをどうにか殲滅したいだろ?だからこそユダの血統さ!」
ふとマーゴット刑事は懐からメモを取り出した。
そのメモは先の事情聴取の際にカイラ博士から
監視カメラの死角を付いて手渡されたものだった。
そして彼女はカイラ博士の言う通り
無言でメモをジェレミー刑事に手渡した。
彼女は何食わぬ顔で話を続けた。
「そんな……それじゃ!
行方不明になったヴィクトリア・マクライさんは……」
「恐らく……ユダの血統は彼女を利用して繁殖し続けているとしたら?」
「一体?どれくらいの卵嚢が生まれているのかしら?」
「もしアメリカ政府が関わっているとしたら……」
「ユダの血統の巣は彼らの保護・管理下にある訳ね……」
「だとしたら?俺達で助けられるか?」
「あたしも自信無いのよ。でも……」
マーゴット刑事はジェレミー刑事の持っているメモ用紙をチラッと見た。
その時、突如、警察署の外から奇妙な鳴き声が聞えた。
「カチュカチュカチュカチュ!カチュカチュカチュカチュ!」と。
「まさか?」とジェレミー刑事。
バリイイイイイイイン!!
窓ガラスが割れる大きな音がした。
同時に割れた窓枠から無数の棘に覆われた太く逞しい両腕が伸びた。
そして直ぐ隣に座っていたマーゴット刑事の両肩を掴んだ。
「きゃああああああああああっ!」
彼女は甲高い悲鳴を上げた。
「マーゴット刑事!」
ジェレミー刑事は彼女の両腕を掴み、引っ張った。
しかし黒く細長い鉤爪は彼女の両肩の服に突き刺さり、
決して離さなかった。
「ああ、そんな、クソっ!離せ!離しやがれ!」
ジェレミー刑事は凄まじい声で怒号を上げた。
だが僅か数秒で彼女の両肩を掴んでいたジェレミー刑事の両手は離れた。
「きゃあああああああああああああっ」
絶叫と共にマーゴット刑事のスレンダーな
身体は窓枠に瞬時に引きずり込まれた。
「ああ、畜生!畜生!畜生!マーゴット刑事!マーゴット刑事!」
ジェレミー刑事は破壊された窓枠から身を乗り出し、
闇夜に向かって彼女の名を叫んだ。
しかし彼女はどうやらユダの血統に
連れ去られたらしく何処にもいなかった。
「クソっ!最悪な夜だぜ!」
ふと彼は自分の手に彼女から渡されたメモが握られているのに気付いた。
メモには『大きな貸し倉庫の住所と番号』が書かれていた。
「ああ、マジかよ!マジかよ!畜生!畜生!」
そう叫ぶとジェレミー刑事はすぐさま、休憩所を飛び出した。
彼は廊下を疾走し、武器保管庫に辿りつくと
荒々しくドアを開け、中に入った。
偶然、その場に居合わせた武器管理担当の
巡査は不意をつかれビクン!と全身を震わせた。
同時に持っていたホットドックを危うく宙に放り投げそうになった。
「うおおおおおおっ!俺のホットドック!!
って!ジェレミー刑事どうしたんですか?」
「たった今!警察署が襲撃された!
畜生!おい!ショットガンは無いか??」
「えっ?ショットガンならあるけど……」
「ありがとう!鍵をくれ!」
「はっ!はい……」
武器管理担当の巡査は面食らった様子で鍵をジェレミー刑事に渡した。
「あと!防弾チョッキを何枚もくれ!」
「重ね着するんですか?」
「あたりまえだ!」
ジェレミー刑事は鮮やかな手捌きで防弾チョッキを何枚も重ね着した。
「スラッグはあるか??」
「スラッグ??おいおい、大型動物でも狩るつもりかい?」
「大型昆虫さ!いいからあるのか?無いのか?」
「ありますよ!フォスタースラッグが!」
「よし!いいぞ!運が向いて来た!」
ちなみにスラッグ弾とは何かと言うと。
本来はクマやイノシシなどの大型動物を
狩るのに使う弾丸で散弾では無く単発弾である。
発射直後は大口ライフル並みであるが装薬の性質と重い弾頭重量であり、
初速が遅く大きい球形形状により、空気抵抗が大きく
速度低下が大きい為、遠距離では威力は落ちる。
しかし逆に近接戦闘においてはドアの破壊にも用いられる程、威力は高い。
更に相手のユダの血統の武器は例の男の言う通り、
亜鋏状の鎌、4本の刃物、複数の歯だ。
つまり奴は暗闇からの死角による近接攻撃が得意な筈。
ならうまく反射神経があれば高速で襲ってくるそのユダの血統の
柔らかい腹部にスラッグを数発撃ち込めば致命傷は与えられる筈だ。
彼が使うフォスタースラッグは1931年にアメリカで発表された
『坊主頭』の意で釣鐘状の形状で内部は
中空とする事で全体の重心を前方に移し、
バトミントンのシャトルコックの原理で直進性を
確保する事を目指した弾である。
ジェレミー刑事は管理人からショットガンの
モスバーグM500を受け取った。
モスバーグM500を何度かボルトアクションをした。
その後、カチャカチャと数発の
フォスタースラッグ弾をモスバーグM500に装填した。
ジェレミー刑事はモスバーグM500を肩に背負った。
続けて慌ただしく武器保管庫のドアを開け、
荒れ狂う台風のような勢いで出て行った。
そんな様子を武器管理担当の巡査は呆気に取られた表情で見ていた。
 
(第9章に続く)