(第29楽章)殻に籠る少女と大人の好奇心は猫を殺す(後編)

(第29楽章)殻に籠る少女と大人の好奇心は猫を殺す(後編)

 

シャノンのガレージを抜け出した赤いセダンはまた人気の無いバーの
近くの東口の駐車場の前辺りで餌の人間を待ち伏せするいつもの場所。
「大丈夫だから!入らなきゃ!大丈夫だよ!きっと!」
「待って!待って!いきなり開いてバタンと閉まったらどうすんの?」
ンダホは太くたくましい両脚でコンクリートの床を
全力で踏ん張り、シルクに背中を押されても阻止し続けた。
シルクは力の限りグーッグーッ通し続けるがビクともしなかった。
ンダホは何が何でも赤いセダンのドアの前に立つのを頑なに拒み続けた。
「ダメダメダメ!無理無理無理無理!行かないっ!いかあなああいいいっ!」
そして長い間、シルクはンダホをの背中を押し続けたがついに諦めた。
「ちょっと!これじゃ!あれが本物なのか?確かめられないじゃん!」
「確かめなくていいから!俺さ!
昔、女の人の霊に話しかけられてんの!(実話です)」
シルクは口を右手で押さえてハハハッと笑い出した。
「あったね!『ねえ?』って言われていたよな?んっ?・・・・・・・」
シルクは急に口を閉じた。そしてじっと赤いセダンを見た。
「今?グルルッって獣の声がしなかった?」
「えっ?しなかった!何何何何何!怖い!怖い!怖い!」
ンダホはシルクの両腕を強く掴んで抱きついた。
「ちょっと!まて!重いっ!!重いっ!全体重乗せんな!重いっ!重いって!」
最近ダイエットで痩せたとは言え、体重105キロの巨体は流石のシルクも重過ぎた。
シルクはンダホの巨体に圧倒され危うく転倒しかけたがようやく堪えた。
その時、突然、赤いセダンは独りでにバタン!と赤いドアを大きく開けた。
まるで二人を車内に誘うように。
「うおおおっ!」とシルク。
「ぴゃああああっ!」とンダホ。
急に赤いセダンのドアが開いたので驚き、後退した。
しばらく二人は無言の中、暗闇の駐車場の中を立っていた。
「開いたよぉ~なんでぇ~」とンダホ。
「開いたね!なんか人が乗っている気配ないよね!」とシルク。
「まさか?人が乗っていないよね?乗っていないとおかしいけれど!」
ンダホは恐る恐る赤いセダンの後部座席のドアに近づいた。
しかも開きっぱなしでどうやら車内に入ろうと思えば出来そうだ。
ンダホは「中に入らないで見るだけにしよっと!」と心の中で思った。
ンダホは赤いドアの内側に頭と上半身を突っ込んだままこう言った。
「すいませーん!誰でもいいので返事して下さい!」
ンダホな大胆にも勇気を持って赤いセダンの中にいるであろう人物に語りかけた。
しかし返事はなかった。さっさと戻ろう!そうしよう!
そうしよう!さて!何もなかった!
きっと実際にはいないんだよ!『人食い車』なんて!
ンダホな自分にそう言い聞かせてそのまま
身体のドアを起こして締めようと手をかけた。
だがー。次の瞬間。バコオン!
と言う大きな音と共に突如、赤いセダンのドアが閉じた。
しかも誰もいないはずなのに。
しかしンダホは驚いた拍子に身体を思いっきり引っこ抜こうと激しく暴れ後退した。
その為、運よく後部座席まで吹っ飛ばされずに済んだ。
ただしンダホの太った上半身は赤いドアの
内側と車体に挟まれ、身動きが取れなくなった。
異変に気付いたシルクは全速力で走り、赤い車に近づくとカメラを床に落とした。
その後、シルクはすかさず赤いドアを無理矢理右手で抑え込み、
左手でンダホの太い上半身を抱きかかえて引っ張り出そうとした。
しかし赤いセダンのドアを閉じる力が万力程ある為、いくら筋肉があって
力のあるシルクでも顔を真っ赤にして、
歯を食いしばって押さえつけるのが精一杯だった。
引っ張り出そうとしても右手の握力と腕の力だけではどうしても足りず拮抗し続けた。
シルクは歯を食いしばって両足でコンクリートの床を踏ん張り耐え続けた。
「わあーちょっとまって!くそっ!やばい!やばい!やばい!」
「ひいいいいいっ!食わないでえっ!おいしくないから!」
それからやがてシルクの体力も右手の握力も限界に達しようとした。
このままでは!ヤバい!ヤバいぞ!
だがシルクはメンバーの一人であり親友のンダホを助け出そうと
必死に目の前の理不尽に抗い、決して諦めなかった。
その時、背後に人の気配がした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
男の雄叫びが聞こえた。どうやら日本人らしい。
シルクは真横を反射的に見た。すると赤いセダンの内側のドアの
フロントガラスを通して白いコートを着た日本人の男が見えた。
冴島鋼牙とジル・バレンタインはこの人気の無いバーの東口の駐車場に
BSAAの車でたった今着いたところだった。
車から降りた鋼牙は鋼牙は直ぐに風を切り、高速で走り出した。
続けてンダホを捕食しようとしている赤いセダンの前部の右側の
赤いボディを固く握りしめた拳で力の限り殴りつけた。
ドオオオン!と言う騒がしい音と共に赤いセダンは少しだけ床から離れて
宙へ浮いたかと思うと高速で真横に吹っ飛ばされた。
同時にンダホを上半身を挟まれていた
赤いセダンの赤いドアと車体からすっぽりと抜けた。
続けて勢い余ったシルクはそのまま一気にンダホを車内から引っ張り出したのでー。
ズドン!と言う音を立ててンダホとシルクは仰向けに倒れた。
しかも引っ張り出した拍子にシルクはンダホの下敷きになった。
「うっ!ぐえええええっ!」
シルクは額に皴を寄せて口を尖らせ、目を瞑り、苦しそうに呻き続けた。
ンダホは荒々しく、息を吐き、両眼をぱっちりと明け、顔を真っ青にしていた。
だがすぐにバタバタと両手両足を上下に振っているシルクを見た。
「アーツ!」と声を上げ、ンダホは慌ててシルクの上から飛び退いた。
「間に合って本当によかったわ!」
ジルはほっとした表情でシルクとンダホを見た。
2人には予想外の事が起こり過ぎて展開が付いていけず終始無言だった。
更に子の人気のない駐車場の闇夜の空を切り裂くように
凶悪な獣の甲高い鳴き声が響き渡った。
「ピイイイイイイイイイイイッ!ギャアアアアアオオオオン!」
その余りにも恐ろし過ぎる鳴き声にンダホとシルクはビクンと体を震わせた。
続けて魔獣ホラーである赤いセダンは目の前に立っている鋼牙を威嚇するように
チカチカとヘッドライトを白く輝かせ、
オレンジ色のウィンカーをチカチカと輝かせた。
そして早く何度もチカチカと点滅させた。
鋼牙は驚きも恐怖もせずただ鋭い茶色の瞳で目の前の
赤いセダンの姿をした魔獣ホラーを睨み続けた。
しばらく鋼牙と赤いセダンの姿をした魔獣ホラーは睨み合った。
その間にジルはアスファルトの床に倒れているシルクとンダホの身体を
軽々と持ち上げて、しっかりと立たせた。
それから床に落ちたビデオカメラを拾い上げると「はい!」とシルクに渡した。
「色々な都市伝説や心霊スポットに言って調べるのはいいけれど!
程ほどにね!今日はタクシーを捕まえて帰りなさい!」
ンダホとシルクは茫然とした表情でジルを見た。
何故か顔を赤らめた。なぜだか?妙に照れ臭くなった。
ジルが笑って見せると2人はドキリと心臓を鼓動させた。
2人は「ありがとうございます!」
「もう!帰ります!」と言ってその場を立ち去った。
ちなみに2人がすぐにタクシーに乗ってホテルへと無事に帰って行った。
(もちろんちゃんと運転手の人間がいる普通のタクシーである。)
こうしてどうにかFISCHRRS(フィッシャーズ)のンダホとシルクを
助け出してホテルへ帰して。最初の問題は片付いた。あとはー。
ジルは青い瞳で未だに鋼牙と睨み合っている
赤いセダンの姿をした魔獣ホラーを見据えた。
すると脳裏で魔女王ルシファーがこう語った。
「フフフッ!あいつ!餌を喰い損ねてかなり不機嫌なようじゃ!」
「そうね。でも飢えてて凄く危険な感じがする!」
「そうじゃな!早く何とかしないとヤバいかものう……フフフッ!」
やがて笑い声の後、ジルの脳裏から魔女王ルシファーの声が消えた。
それと同時にジルの両耳にギュルギュルとタイヤが激しく擦れる音が聞こえた。
ジルと鋼牙の目の前で赤いセダンの姿をした魔獣ホラーは急発進した。
そして人気の無いバーの近くの東口の駐車場の入り口から
あっと言う間に飛び出して逃亡を図った。
「逃げたわ!すぐに追うわ!乗って!」
「分かっている!急ぐぞ!見失うな!」
鋼牙とジルは直ぐに車に乗り込んだ。
続けてジルはアクセルを踏み、ハンドルを回して直ぐにBSAAの車を発進させた。
ジルと鋼牙が乗ったBSAAの車は逃げ出した
赤いセダンの姿をした魔獣ホラーの追跡を開始した。
 
再びニューヨーク市内の住宅街の片隅にある虐待シェルター。
エミリーのヒステリックな甲高い声で
叫び声にマツダBSAA代表は一切動じなかった。
「それは出来ません!貴方には決めなければならない事があるからです!
自分自身と貴方のお腹の中の子の未来の為です!」
やがてマツダBSAA代表がいるドアの内側に向かって
静かにかなり苛立った様子でエミリーはこう聞き返した。
「何を決めろって言うの?大人の指図なんかもう受けないの!」
「貴方にとって大切な2つの選択です!良く考えて下さい!」
マツダBSAA代表は真剣な表情でエミリーにそう問いかけた。
「つまり貴方は自分のお腹の中の子供をどう扱うか?
このまま中絶して胎児を殺し、両親と共に元の高校生活に戻るか?
それとも中絶手術はせずに胎児を生かし、両親の個人的な価値観や考えから
離れて母親として責任をもって子供を育てつつも高校生活も頑張って続けるか?」
そこまで話すとマツダBSAA代表は右手の指でクイッと眼鏡を持ち上げた。
「殺すか?生かすか?それは両親でも他人の意見でもなく貴方自身が決めて下さい!」
マツダBSAA代表の厳しい2つの選択にエミリーは戸惑いの声を上げた。
「でも……パパやママも中絶しろって!その方がいいって!
子供を作るの早や過ぎるし!大変だからって!あんたが決めてよ!
そうしたら!あたしはそれに従うから!」
そのエミリーの意見にマツダBSAA代表は厳しい表情で首を左右に振った。
 
(第30楽章に続く)