(第4章)トマトケチャップ

(第4章)トマトケチャップ

 

鋼牙とシェリル刑事が乗ったパトカーはウーウーウーと

サイレンを鳴らしながら『静かなる丘』に向かってパトカーを走らせていた。

パトカーの車内で助手席に乗っていた鋼牙は運転席のシェリル刑事と会話していた。

「それで噂の霧や血と錆の建物から現れる異世界の住人はどんな奴だ?

少なくとも俺達が相手しているものとは違うとか?

何故?そんな怪物達が人間の前に姿を現す?」

「これから貴方や私が遭遇する怪物の正体は。

人間が誰しもが持つ心の闇や邪悪な心。更に妄想や盲信。

あらゆる底無しの欲望。自己中心的な考え。殺人衝動や暴力衝動。

性衝動。または苦手な動物やおとぎ話に登場する動物だったり。

性に対する執着心。妄執。怒りや苦痛。悲しみ。心の葛藤と自罰意識。

これらが原因で『静かなる丘』で無数の怪物が生まれるのよ。

だから物理的に実体化させたものを殺せても完全には殺せない。

人間の心の闇や邪心や欲望がある限り、何度も何度も何度も復活する。

多少たりとも弱体化する事があっても完全には死なない。

勿論、異世界そのものが一時的に消滅しない限り、怪物達の存在は決して消えない。

少なくとも物理的に根絶は不可能よ。」

「じゃ!もしかしたら?既にブラームズ通りの国道にも」

「怪物だけじゃなくて。道路の人にも注意しないと」

「人が飛び出す事は良くあるのか?」

「少なくとも私の前世のアレッサの時は2回飛び出したわ。

だからサイレンは鳴らしておくのよ。直ぐに分かるようにね。」

シェリル刑事が運転するパトカーはブラームズ通りの国道の道路を

なるべくスピードを落として『静かなる丘(サイレントヒル)』の看板が見えた。

丁度。『TOSOUTH PARK』通りに入る入口である。

しばらく走り続けていると急に道路の右側の茂みがガサガサと大きく左右に揺れた。

直ぐにシェリル刑事はパトカーを停める為に急ブレーキを踏んだ。

キーッ!とタイヤが擦れる音と共にパトカーが停止した。

間も無くして若いロシア人女性が四つん這いのままバタバタと手足を

振り回して飛び出して来た。シェリル刑事と鋼牙はパトカーから降りた。

四つん這いのまま全身、皮膚も服も全て泥だらけでボロボロで傷だらけだった。

若いロシア人の女性は激しく前進を振るわせて、青い瞳は大きく見開かれていた。

また両手には半分まで減ったトマトケチャップの容器をずっと持っていた。

ロシア人が何かしゃべろうとしたが言葉が出て来ない。

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」と言う言葉は聞き取れた。

「落ち着いて。ゆっくりと深呼吸して。いい?」とシェリル刑事。

「ゆっくりでいい。何があったんだ?」と鋼牙。

鋼牙は言葉をかけながら若いロシア人女性の方を見た。

若いロシア人女性は両頬まで伸びた金髪。キリッとした細長い眉毛。

ぱっちりとした榛色の瞳。やや両方がふっくらとした丸顔で

ピンク色の唇をプルプルと震わせていた。

白いワンピースは茶色の泥に覆われていた。

スカートもかなり泥で汚れていた。

彼女はシェパードグレンででの買い物の帰りにブラームズ通りを

自分の車で走っている最中に白い霧に包まれて気が付いたら

『静かなる丘』の街にいたらしい。

そして車を降りている内に彼氏のマルコと言う男とデート中に迷い込んだらしい

アリー・スラグスと言う同じロシア人女性を見つけて。

すると超巨大なパペットモンスターが現れて。

彼女はアリーを助ける為に腕を引っ張って車に向かって走ったそうだ。

でもアリーは狂ったように笑い出して。「キャハッ!」って。

そしてアリーは私の足をわざとクイッと出して私の膝小僧を

バキッ!と蹴飛ばして。そこでロシ人女性は泥だらけの顔を真っ赤にした。

「あいつ!!私を得体の知れない人形の蜘蛛みたいな化け物の餌として利用したのよ!

助けようとしたのに!!あのくそ野郎の恩知らずッ!!」

それから倒れたロシア人の若い女性は目の前に得体の知れない人形の蜘蛛みたいな

化け物が私に追って来て!!『もうダメ!ここで死ぬ!』って思ったの!!

その時に白い服を着た女の子が叫んだの。『あきらめないで!』って!!

それで咄嗟に買い物袋からトマトケチャップの容器を取り出して蓋を開けて。

私は無我夢中でトマトケチャップをその巨大な得体の知れない化け物の

歳の少年の顔やマネキンの肢体にぶっかけてやったの!!

それで超巨大生物の人形は良く分からないけど。大慌てで大きく怯んで

全身についたトマトケチャップを拭き取りたいのか払いのけたいのか身体を大回転

させて道路を上下左右に激しく転がって無数のマネキンの肢体を上下左右に

振り回して暴れていたの。そして私は無我夢中で右足の痛みを堪えて立ち上がったの。

それから良く覚えていない。マンホールから梯子を使って下水道に降りて。

あと降りる前にマンホールを閉じたの。

あとは私は下水道を長時間走り抜いて。

『静かなる丘』の多分ここの出口のマンホールから出てきたのよ!ああああっ!

よかったああっ!!人に出会えて!!」

「良く頑張ったわね。名前は?」

「あっ!すいません!忘れてた!私はイバーナ・ストークンです。」

「俺は冴島鋼牙!!」

「私はシェリル・モリス・メイソン刑事よ!」

「安全な場所がある!だが・・・・」

鋼牙は『静かなる丘』の看板を見た。

「分かりました。本当に安全なら。お腹も空いて水も欲しい。」

そう言うとイバーナは瞳を閉じて、急に鋼牙の胸に倒れ込んだ。

鋼牙は「おっと!」と声を上げて彼女を両腕で優しく抱いた。

どうやら長い極限状態と空腹と喉の渇き、あとは緊張の糸が切れて失神した様だ。

「フィッシャーズの彼らに頼もう。食料と水は予め買って置いた。彼らにすまないが」

「分かっているわ。じゃ!彼女を運んで。その周辺に結界を張るわ!」

メイソン刑事と鋼牙は気絶したイバーナをパトカーに乗せて再び走り出した。

やがてパトカーは『静かなる丘』へ入った。

そしてシェリルの前世のアレッサ・ギレスピーとダリア・ギレスピーが住んでいた

家の空き地に着いた。シェリル刑事はここでかつての

前世のアレッサの記憶を思い出した。彼女は苦虫を噛んだ表情になった。

そう、この空き地はアレッサとダリアの2階建ての家があった。

しかし『教団』の信者だった母親のダリアが娘のアレッサに『静かなる丘』の

土着神の神降ろしの儀式を行い、2階建ての家は全焼した。

そして焼けて崩れた家は『教団』の証拠隠滅によって全て片付けられ、

今は通りがある緑の芝のの広い長方形の空き地になっていた。

そして広い空き地の中央にはもはや説明しなくても有名な

ユーチューバーグループの『フィッシャーズ』のレンタルのキャンピングカーが

停まっていた。それからシェリル刑事はパトカーの運転席から降りた。

続けて黒い手袋を取り、緑の芝の上に目にも止まらぬ速さで右手を付けた。

同時にこの空き地に残っている太陽の聖環とかつて前世のアレッサだった頃に

自分が放出した強い魔力を利用して真っ赤な正方形の壁に覆われた

巨大な魔避けの結界を創り出した。

そしてシェリル刑事は黒い手袋をはめた。

「これでここは安全よ!」と笑った。

鋼牙は気絶しているイバーナをお姫様抱っこしてパトカーから出た。

そしてキャンピングカーのドアを器用にノックした。

やがてドアが開き、あのユーチューブの動画で顔なじみのフィッシャーズに

リーダーのシルクロードが出て来た。

「久しぶりですね。」と言うと緊張した様子で笑った。

「ああ、みんなは無事か?それとこの子に食事と水を!」

「うん!全員無事だよ!ただザカオとマサイが未だに

ビビッてしばらく布団から出て来ないけど(笑)この人は誰?」

「『静かなる丘』に迷い込んで超巨大な人形の化け物に

襲われて下水道で生き残ったんだ」

「まっ!まさか?飲まず食わず??やばいぞ!それは!!」

「ああ、だから頼む!彼女の着替えもあるとありがたい!」

「OK!わっかりました!」と言うとシルクは一度、車内に戻って

ンダホとモトキを呼んだ。そしてイバーナをキャンピングカーに運び、

とりあえず目が覚めるまで暖かい羽毛布団をかぶせて近くの床にゆっくりと寝かせた。

目が覚めたら食事と水を与える事にした。そして鋼牙の頼みで

フィッシャーズメンバーは『静かなる丘』に迷い込んだ人々を避難させて。

急にで申し訳ないと思いつつも。

鋼牙はしばらくの避難生活をフィッシャーズにお願いした。

そして何人かフィッシャーズのメンバーは外に出て沢山来るのに備えて

出来るだけの数のテントを何個か建設を始めたのだった。

そしてフィッシャーズのキャンピングカーで暖かい羽毛布団の中で寝ていた筈の

イバーナは不意に瞼をぱっと開いた。彼女の瞳は榛色では無くあの

魔人フランドールそっくりな真っ赤な瞳に変化していた。

そしてゆっくりと上半身だけを起こすとキャンピングカーの窓から

鋼牙やシェリル刑事、フィッシャーズ達が協力してテントの建設を

しているのを観察し続けた。するとイバーナの口を借りて威厳のある女が一言発した。「人の子も昔とすっかり変わったものだな」と。

それからイバーナはまた元通りに羽根布団の中に入り、眠った。

 

(第5章に続く)