(第33章)クトゥルフ

(第33章)クトゥルフ

 「怪物と闘う者はその過程で自分自身も怪物
 になる事が無いよう気をつけなければならない。 
 深淵を覗きこむ時、その深淵もこちらを見つめているのだ。」(ニーチェ

アメリカ ワシントンDC・ホワイトハウス
エバート大統領は真剣な眼差しで一枚の資料を取り出し、くまなく目を通した。
その資料には「Bウィルスによる感染の中間報告書」と書かれていた。  
「被験者・ガブリエラ・ハーパ(20歳)
Bウィルス投与。
16日の潜伏期間のあと発症。
初期症状 酷い頭痛、腰痛、40度前後の高熱。全身の痛み。
顔や両腕にドーム状のイボが現れる。
Bウィルス投与実験によるBウィルス発症から30分後。
更に症状が進み、ドーム状のイボはたちまち巨大な腫瘍に変異する。
両目も青い複眼に変異する。
腫瘍に覆われた両腕から5本の鋭い爪が生える。
しかし人間の女性の姿は留めている。
また長く発達変異した舌の先端は槍状に尖っている事が確認された。
感染者は体内や皮膚表面の悪性腫瘍の増殖によって 
栄養分や酵素の枯渇しやすい体質に変異したようだ。以上。」 
ちなみにガブリエラ・ハーパは極秘研究所の20代の活発な性格の若い研究員だった。 
しかし一週間前に彼女は違法な
ウィルス兵器の研究に没頭する余り、
酷く精神を病んでいた。 
そして彼女は自分の手記にこう書き残した。
「3年前に大戸島で回収したメガギラスの化石をすぐに廃棄すべきよ!
アオシソウ・プライムのDNAを持つ主は宇宙の彼方の ゾス星系から飛来し、
地球を支配し、地球に生息している多種多様の古代生物達から怪獣達を創造したのよ! 
旧支配者『クトゥルフ』なのよ!
彼らは強力なテレパシー装置を利用して大勢の人間達をコントロールしているのよ!」
 私から言わせてもらえば、あのメガギラスの化石は
ただの昆虫の死骸が石ころになっただけに過ぎない。 
クトゥルフ神話に登場する旧支配者『クトゥルフ
が強力なテレパシー装置を利用して大勢の人間達を操る事などと言う話は荒唐無稽だ。
そして極秘研究所の所長のカリュードや上層部達は 
気が狂った彼女をBウィルスの感染実験に利用したのだ。 
さてさて新しく手に入れた『特別なG血清』
に関する資料報告書は何処に置いたかな? 
 エバート大統領は資料を見つけるとそれを読んでいた。 
しばらくして彼は突然、血相を変えて慌てふためいた様子で 
「Bウィルスによる感染の中間報告書」にもう一度目を通した。 
「特別なG抗体とは欺瞞で、正体はウィルスだったのか?」
 感染すると初期症状は40度前後の高熱。
そして顔や両腕に黒い鱗状のイボが現れてから30分後。 
黒い鱗状のイボはたちまち巨大な黒い鱗に変異し、全身に広がる。 
両目はオレンジ色に変化し、両手から5本の鋭い爪が生える。 
背中の背骨は変形してゴジラに似た背びれが生えて来るらしい。
また変異後は自由にまるでタコの様に皮膚の模様や
背骨を変形させてゴジラや人間の姿に変身出来るらしい。
これは偶然の一致なのだろうか?
少なくともガブリエラの言うような旧支配者 『クトゥルフ』の仕業ではあるまい。
しかし彼は真っ青になり、額に冷や汗をかき、全身が震えた。
何故ならふと彼の耳に名状しがたい呪文の様な
不気味な呼び声が聞こえた気がしたからだ。 

大戸島の大きな洋館。
 異形の怪物と化したウィルソンは額から 大量出血しているのにも関わらず素早く起き上がった。
そして後頭部を激しく強打したショックであの忌まわしい記憶が再び蘇った。
ブロンドのアメリカ人の女性ジャクリーンの安らかな笑み。 
デストロイアの長い舌の先端の4本の牙が
ジャクリーンの胸の谷間に突き刺さった。 
死に際に残した彼女の『愛しているわ』と言う悲しくも美しい言葉。 
彼女の両胸が風船のように徐々に萎んで行った。 
「怪獣は存在してはいけない! 
怪獣の存在しない世界こそが平和なのだ!」
 深紅の瞳で怪獣に対する憎悪と狂気に駆られ、 
怪獣と化したウィルソンを凛はしっかりと見据えた。 
 「あたしにとって怪獣のいない世界は時計じかけのオレンジでしかない。
平和に穏やかに暮らしているゴジラや怪獣達をただ
抹殺しようとしても根本的な解決にならないわ。」
「ふざけるなあああああっ!俺は!
怪獣に愛する彼女を奪われたんだ!全て失った!」
凛はウィルソンの身に何があったのかは良く知らなかった。
だが、彼の全身から怪獣に対する怒りと憎悪がひしひしと伝わるのを感じた。
ウィルソンの怪獣に対する怒りと憎しみが頂点に達した瞬間、肉体が変異を始めた。
バリッと音を立てて背中から腰にかけて
メガギラスともコウモリともつかぬ大きな翼が2列生えた。 
 両目も青色から赤い複眼に変わった。
「私は自らを自己犠牲に晒してでも!必ず目的を達成して見せる!」
ウィルソンは昆虫に似た青い外骨格に
覆われた両腕を思いっきり、左右に広げた。
彼はもはや人間の声とは程遠い咆哮を上げた。
その奈落の底から響くようなおぞましい咆哮は
廊下の壁や床、天井を激しく震わせた。 
蓮は片手で耳を押さえ、隣でメ―サショットガンを構えている覇王に警告した。
「あいつ!何かヤバいぞ!」
凛は上着を脱ぎTシャツ姿になった。
さらに彼女の右腕の黄金の鱗の形をした刺青(タトゥ)
 がまるで生き物のように一気に広がった。 
さらに右手の拳が黄金の稲妻状の光線に包まれた。
「貴方は自ら自己犠牲に晒してまで怪獣のせいで愛する人
奪われた悲しみと寂しさの苦痛から自己逃避したいだけでしよ?
そんな事して既に亡くなった貴方の愛する人が喜ぶと本気で思っているの?」
「黙れえええっ!クソアマがあっ!」 
ウィルソンは凛の突き放すような言葉を拒絶するかのように
巨大なタコの頭部と口の周辺の無数の蛇とも
触手ともつかぬものを左右に激しく振った。
 その後、凛に赤い眼光を放った。 
同時に背中から腰まで生えたメガギラスともコウモリともつかぬ
大きな青い翼を高速で前後に細かく振動させた。 
ウィルソンが凛に一気に接近した。 
  凛は彼の動きがあまりにも速すぎて、その場から回避する暇が無かった。
すかさず覇王は「伏せろ!」と叫んだ。 
 そして凛が木製の床に伏せた事を確認すると
メ―サショットガンの引き金を引いた。 
覇王が放ったメ―サ散弾はウィルソンの身体に向かって飛んで行った。
しかしメ―サ散弾はスウウッとまるで幽霊の様にウィルソンの身体をすり抜けた。
そう、凛の目の前に接近したウィルソンは幻覚だったのだ。
本物のウィルソンは、覇王や蓮が幻覚に気を
取られている内に既に凛の背後に回り込んでいた。
凛の背中をバッサリと切り裂こうと 
 ウィルソンの7本の長い鉤爪が高速で迫った。
流石の覇王も心臓が凍り付くのを感じ、思わず娘の名前を絶叫した。 
「リン!」
(第34章に続く)