(第5話)意思

(第5話)意思
 
牙狼の世界。
翌朝、閑岱の魔戒法師の練習場になっている広場で
ジルは翼からおもむろにソウルメタルの短い棒を差し出された。
「これを持ってみろ」
ジルはソウルメタルの短い棒を受け取った。
すると急に隕鉄の様に重くなり、両手で支えきれず、
そのまま地面に尻餅を付いた。
ジルは立ちあがり、精いっぱい力を込め、
ソウルメタルの短い棒を持ち上げようとした。
だがジルの意思に反してソウルメタルの
短い棒は隕鉄の様に重く、ビクともしなかった。
ところが翼が手に持つとまるで羽毛の様に軽々と持ち上がった。
クリスは翼からソウルメタルの棒を受け取った瞬間。
やはりソウルメタルの短い棒は隕鉄の様に重くなり、尻餅を付いた。
「おい、マジかよ!あんた達こんなものを振り回しているのか?」
クリスは持ち上げようと暫く頑張った。
だが、地面に落下したが最後、それ以降は幾ら逞しい筋肉を持つ
彼の両腕の力を持ってしてでもソウルメタルの短い棒は
二度と持ち上がる事は無かった。
しかし不思議な事に翼や鋼牙が手に取ると
まるで羽毛の様に軽くなり、あっさりと持ち上がった。
「ソウルメタルを持ち上げるには強い意志と心が必要不可欠だ。」
「つまり?」
「ソウルメタルは心の有り方次第で重さが変わる。」
なんだ?それは?完全に物理的法則を無視しているぞ……。
そうクリスが思っている時、ジルはこう尋ねた。
「つまり、あたしの心が強ければ持ち上がると言う事?」
「ああ、お前の大勢の人々を守りたいと言う気持ち。
そして自分が正しくありたいと!願う強い意志を
ソウルメタルが認めてくれれば可能だ」
「どうすれば?」
翼はソウルメタルの短い棒を地面に突き刺した。
「これを持ち上げる。自分の心の声に耳を傾け、
己を心の弱さを知り、真の強さを知る事」
ジルは何故か不満な顔をした。
「あたしの心は弱く無いわ。
それにあたしは絶望的な状況でも一人で生きてこられたもの。」
意地になって反論するジルに翼は厳しい表情をした。
「ならば!今ここで持ち上げて見るがいい。」
ジルは意地になり、もう一度精いっぱい力を込め、
地面に突き刺さったソウルメタルの短い棒を持ち上げようとした。
やはりソウルメタルの短い棒は隕鉄の様に重く、ビクともしなかった。
「持ち上がらない。どうしてなの?」
「甘い!力に頼るな!」
すかさず翼の鋭い声が飛んだ。
「力を入れないと持ち上がらないのよ!」
「そんな甘い考えではソウルメタルは動かせない!」
彼は修練場と呼ばれる場所で立派な魔戒騎士にする先生をしているらしい。
厳しいな。もしかしたらスターズの上官よりも厳しいかも。
クリスは密かにそう思った。
とうとうジルはギブアップ宣言をした。
そして疲れ果てて、近くの草むらに腰を下ろした。
翼はジルの隣に腰を下ろした。
「焦る事は無い。あれを扱えるのは心のあり方次第だ。
今日はここまでにしよう」
ジルはさすがに疲れ切った表情で大きくため息を付いた。
クリスと鋼牙はそんな2人の様子を見ていた。
ふとザルバがカチカチとこう言った。
「なあ、青い目のお嬢さん。
なんでソウルメタルを扱おうと思ったんだろうな?」
「さあ、もしかしたら、何か深い理由があるのだろう。」
「俺は彼女の言う事は真実だと思う
彼女は心なんか弱く無い、確かに強い女性だ。」
すると鋼牙は「ああ、だが、光があるところには闇がある。」と答えた。
 
バイオの世界。
「あれは?なんだ?」
烈花は森の木々の隙間に大きく歪んだ空間を見つけていた。
彼女は驚きつつも注意深く慎重に近づいた。
歪んだ空間の先はどうやら船の中の食堂のようだった。
しかも頭に変な形のヘルメットを被った坊主頭の男が見えた。
「おーい、だれ?」
坊主頭の男は「んっ?」と声を上げ、振り向いた。
すると太った男も異変に気づいたらしく周囲を見渡した。
「どうした?クエント?」
「誰か立っていますよ。」
2人は慎重に近付いた。
「まさか?幽霊?幻影?」
「違いますよ!人間です!多分、別世界の!」
「もしかして貴方が烈花さん?」
「クエント?」
「そうです。」
「おいおい、無線でお前が話していた女の子って……」
「ああ、俺の事さ。」
クエントとパーカーは黒い服に両足の太ももを露出した
烈花の姿を物珍しそうに見ていた。
「寒くないんですか?」
「ああ、大丈夫さ。子供の時から慣れているからな。」
「もしかしたら。こんな感じの時空の歪みが幾つかあるかも知れません。
こちらでも探してみますが、そちらの魔戒法師の人達には
空間の歪んでいる所には注意するように伝えてくれますか?
「分かった!任せておけ!」
烈花はドンと胸を叩き、そう答えた。
 
牙狼の世界。
そして日が傾き、閑岱の地に夜の闇が訪れた。
ジルはどうすればソウルメタルの短い棒が持てるのかどうか考える為、
ブラブラと一人森の中を散歩していた。
その時、遠くから女性のか細い声がした。
「助けて……助けて……助けて……」
ジルはまさか人間が魔獣ホラーに襲われているのかと思った。
そして彼女はこの事を鋼牙や翼、クリス達に知らせようか迷った。
しかし自分の心は弱く無い。
それに探しに行っている間に手遅れになるかも知れない。
ジルはそう判断し、一人で草むらを掻き湧け、
女性の声がする方へひたすら走った。
彼女は腰のホルスターから青いハンドガ
『サムライエッジ』を取り出した。
ただ魔獣ホラーを相手に拳銃が通用するのか自信は無かった。
しかし丸腰で行くよりはマシだろう。
森の中から不吉な生温かい風と共に匂いが流れて来た。
これは?血の匂い?まさか?
ジルはサムライエッジを握りしめ、草木を掻き分けて懸命に走った。
彼女はもう目の前で人が死ぬのは見たくなかった。
そして近くの木から広い場所に飛び出した。
同時に両手でサムライエッジを構えた。
次の瞬間、ジルは目の前で起こっている
余りにも痛ましい惨劇の現場を目の当たりにした。
目の前にいたのはやはり魔獣ホラーだった。
しかもその魔獣ホラーは人間の姿でー。
人間の女性を喰らっていたー。
 
(第6話に続く)