(最終章)感染

(最終章)感染
 
ブレッドはカイル隊長の額にハンドガンを向けた。
続けて彼は警告も無く再びハンドガンを発砲しようと指を掛けた。
次の瞬間、パアン!と乾いた音が鳴り響いた。
ブレッドはトム隊員と同じ様に両目をパッチリと開き、
驚愕の表情を浮かべた。
彼の身体はゆっくりと冷たいコンクリートの床に倒れた。
やがて冷たいコンクリートの床に徐々に鮮血が広がって行った。
カイル隊長がいきなり冷たいコンクリートの床に倒れたブレッドを見た。
そう、ブレッドの額には大きな穴が開いていた。
彼が左手で掴んでいた『無敵の歩兵』の幼体を
閉じ込めた空きビンはコロコロとコンクリートの床に転がった。
右手の拳銃は遠くに飛んで行った。
背後を振り返るとミーシャが両手で
スナイパーライフルB82Aを構えていた。
更に銃口には白煙が立ち昇っていた。
つまりブレッドがカイル隊長の額に向かって
警告も無く再びハンドガンを発砲しようと指を掛けた瞬間、
ミーシャ隊員は躊躇なく
スナイパーライフルB82Aの引き金を引いていた。
放たれたライフルの銃弾は
ブレッドの額から後頭部を瞬時に貫通し、即死した。
ミーシャは無言でつかつかとブレッドの死体の傍まで歩いた。
多分、彼女は彼の言い方に相当、腹が立っていたに違いない。
彼女は怒り任せに死んで冷たくなった彼の横腹を思いっきり蹴り飛ばした。
その後、彼が落とした『無敵の歩兵』
の幼体を閉じ込めた空きビンを大事そうに拾った。
「トム……クソっ!」
「彼は勇敢な兵士だったわ……しかも陽気でとても強い人だった……」
「でもアメリカの国家の裏切り者の
ブレッド・グラビアンスの射殺任務は完了しました。」
しかしこれだけの犠牲を払っても……
アメリカ陸軍感染医学研究所から盗まれた
『無敵の歩兵』の生体サンプルの奪取は失敗しましたね。」
「これを持っていけば?」
ミーシャは『無敵の歩兵』の幼体を閉じ込めた空きビンを見せた。
再び愛らしい笑顔をカイル隊長に向けた。
「これをアメリカ陸軍感染医学研究所のマイク所長に……渡せば……」
「でも、貴方は……」
カイル隊長は複雑な表情を浮かべた。
それから凶暴化した『無敵の歩兵』はカイル隊長、トム隊員、
ミーシャ隊員の奮闘により、撃破され、オレンジ色の泡となって消滅した。
またブレッド・グラビアンスもミーシャの手によって暗殺された。
しかしトム隊員はブレッドの手により、射殺された。
失意の中、生き残った特殊部隊ブラッドバックの2人のメンバーは
『無敵の歩兵』の幼体を閉じ込めた空きビンを回収した。
そこにアメリカ陸軍感染医学研究所の白い大きな車が数台現れた。
やがて白い大きな車から白衣を着た大勢の衛生兵を初め、
医療スタッフ、遺伝子学者や生物学者の研究チームが降りて来た。
最後にマイク・ジョージ所長が車から降りて来た。
「さて、ミーシャ!例の実験は成功したようだな。」
「はい!成功しました!これが証拠です!」
ミーシャ隊員は手に持っていた『無敵の歩兵』
の幼体を閉じ込めた空きビンを見せた。
「君は良く頑張り!この難局さえ乗り越えた!
この『無敵の歩兵』の幼体があれば!
アメリカ全国民をテロの脅威から救う事が出来る!」
「そうですね!マイク・ジョージ所長!」
マイク所長は穏やかな笑みを浮かべ、カイル隊長を見た。
「ご苦労だった!カイル隊長!」
カイル隊長は失意の表情を浮かべたまま敬礼をした。
「さて、失意の中、悪いが君も我々の調査に参加して貰おう。」
「と言うと?」
トム隊員は戸惑いの表情を浮かべた。
マイク所長は大勢の衛生兵に合図を送った。
大勢の衛生兵は素早くしかも瞬時にカイル隊長を取り押さえた。
「マイク所長!一体!何をする気ですか?皆さんも止めてください!
ミーシャ隊員!私達の仲間であり!チームだった筈です!」
「御免なさいね!これも任務なの……」                               
ミーシャ隊員は愛らしい笑顔をカイル隊長に向けた。
「つくづく貴方も皆、馬鹿な人達よね。
こんなに簡単にあたしの演技と嘘の話に騙されるなんて……」
「ふざけないで下さい!あの涙も怒りも全て演技だったんですか?!
貴方は信頼している人間を平然と騙しました!
裏切った貴方の行為は大きな罪です!
「あたしは貴方の様に三流のくだらない
説教にあふれた言葉に頼ったりしないわ。
あたしは身体を張って、行動で示した。
だからあたしの行為は大きな罪じゃないの。
ミーシャ隊員は「じゃあね」と手を左右に振った。
彼女は一台のアメリカ陸軍感染医学研究所の白い大きな車に乗り込んだ。
一方、大勢の衛生兵に取り押さえられたカイル隊長は
無理矢理、白い大きな車に乗せられた。
やがて数台のアメリカ陸軍感染医学研究所のあるフレデリック
にあるフォードデトリックに向かって白い車は走り去った。
その後、フレデリック市、フォードデトリックにある
アメリカ陸軍感染医学研究所に到着した。
ミーシャは軍服を脱ぎ、白衣一枚の姿になった。
彼女は血液検査の為の採血をされた後、医師から幾つかの問診を受けた。
採血と問診が終わった後、
分厚い透明な板で仕切られている面会所に案内された。
分厚い透明な板を挟んで、ミーシャとマイクは面会を始めた。
「さて、ミーシャ隊員!任務はご苦労だった!」
「はい!マイク所長!」
「それで君が回収した『無敵の歩兵』の幼体だが。
こちらの研究所内の無菌室の隔離部屋の保育器の中に
さらに厳重に保管する事になった。
「そうですか。それは安心ですね。」
ミーシャはホッとした表情を浮かべた。
「もしかして?『無敵の歩兵』の幼体が心配かね?」
「はい!また誰かに盗まれるのではないかと。」
「それなら心配には及ばんよ。」とマイク所長は笑顔で言った。
「これはあくまでも私の実体験を基にした個人的な見解ですが。
確かにアシダカグモの能力は私達人間にとっては未知の脅威でした。」
「確かにあのゴキブリ並みの速さは驚異的だった。
またある程度、再生能力もある。
スナイパーライフルやアサルトライフル
さらにグレネードランチャーすら耐えて見せた。
だが今回の戦闘実験結果を踏まえて話し合った結果。
基本の『アメリカ合衆国を脅かすテロリスト根絶を目的に
あの無敵の歩兵を製造すると言うコンセプト』
は今後も継続する事になった。
また高度な遺伝子操作技術を用いて
例のウィルスを改良する為の研究を今後も行う予定だ。
これでまた何年か経って例のウィルス改良に成功し、
以前よりも更に大幅に身体能力と耐久力が向上した
『無敵の歩兵』の製造が出来るだろう。
何せ……メルデバック製薬会社所属の遺伝子学者も
生物学者達は皆、優秀だからな。
それと血液検査の結果、君の血液内には人から人に
感染力のあるウィルスが検出されている。
また君は医師から幾つかの問診を受けているね。
その結果、君の場合の『無敵の歩兵』
ウィルスの感染経路は性行為によるものと判明した。」
「そう。じゃ!あたしはしばらくここに隔離されるの?」
「君は人から人に感染する強力なウィルスを
持ちながら人間の姿と理性を保っている。
無症候性キャリア、つまり保菌者だ。だから……君は。
不用意なウィルス漏洩を避ける為に
アメリカ陸軍感染医学研究所の隔離室にいて欲しい。
「と言う事は?このウィルスはXY染色体
持っている人間の男性にも感染するの?」
「これを見たまえ」。
ミーシャの質問に対し、マイク所長はノートパソコンを机に置くと開いた。
そしてマウスとキーボードである動画を再生した。
動画は何処か地下の広大な実験室の映像だった。
広大な実験場の中心には細身でいかにも弱そうな感じの男がいた。
ミーシャはその男が先程、衛生兵達に捕まった
カイル・ベントン隊長だと気付いた。
やがてカイル隊長は大きく身体を前方に
くの字に曲げた後、四つん這いになった。
彼は大きく口を開け、口内から再び2対の巨大な挟角が伸びた。
続けて背中から生えた8対の真っ赤な毛に
覆われた毛むくじゃらのクモの脚は生えて来た。
それから両手と両足を地面に付け、
二足歩行から四つん這いの奇妙な体勢になった。
やがて天井に向かって野獣の様に
甲高い咆哮を上げたところで動画は終わった。
「この人体実験は『無敵の歩兵』ウィルスを含んだ
君の血液をカイル隊長に投与して感染させた。
どうやらあの『無敵の歩兵』ウィルスは血液感染もするようだ。
つまり『無敵の歩兵』ウィルスは性行為と
血液を媒介に感染すると言う訳だ。」
「成程ね。あとワクチンさえあれば!
ウィルス兵器としての需要もありそうね。」
 ミーシャは愛らしい笑顔を見せ、
面会室から出た後、マイク所長はふとこう思い立った。
野生の本能で人間を殺す危険な『無敵の歩兵』
と人間に感染するウィルス。
 
野生の本能で人間を殺す『無敵の歩兵』ウィルスを人殺しの武器
として扱う理知のある我々人間。
果たしてどちらが恐ろしい存在なのだろうか?と。
 
(無敵の歩兵・完結)