(第42章)救世

(第42章)救世
 
マンハッタンにある秘密組織ファミリーの本部に当たる大きな屋敷。
芳賀真理はジルと下腹部に存在する名も無き娘の活躍により
クレア、アシュリー、その他、一万人の女性同様、
ソフィア・マーカーにより、無理矢理統合されていた
真理の意識(アゾート)は再びベッドの上に仰向けに
寝転んでいる脱け殻となった真理の肉体に帰って行った。
同時にヒッ!と大きく呼吸をし、目覚めた。
意識を取り戻した真理はゆっくりと上半身を起こした。
「此処は何処?あたしは真理?」
「真理!目覚めたかい!」
男の声に驚き、真横を振り返ると
安堵の表情を浮かべたジョンの顔があった。
「ジョン!」
真理は思わず泣き出し、クリーンウェアーを着たジョンの胸に飛び込んだ。
彼女は嬉しさの余り顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
ジョンは「よしよし」と両腕で優しく真理の身体を抱きしめた。
「怖かったんだね。もう!大丈夫だよ!」
ジョンは真理の気持ちが落ち着くまで傍にいる事にした。
彼は携帯でマルセロ・タワノビッチに「真理の意識」が戻った事を伝えた。
電話越しでマルセロは安堵の声を洩らした。
「うーむ、これはジルに感謝せねばのう!」
「ああ、そうだね。彼女が真理の意識を戻したのだからな。」
「お陰でわしも真理も発症していたT-エリクサーの症状も治まったわい。
にしてもなかなか良い歌声じゃったのう。」
どうやら彼女は外なる神と同等の力を発揮したのは間違いない。
問題は彼女が今後、我々、メシア由来の魔獣ホラーにとって脅威になるか?
それとも外神殺しの魔導具になり得るか?そこだな。
ジョンは携帯を切り、しばし考え事をしていると横から真理が口を開いた。
「誰から?」
「マルセロからさ!君の無事を知らせたよ!」
「そう、あたしね……実は……」
しばらく真理は恥ずかしそうに顔を赤らめるとベッドから起き上がった。
真理は白いTシャツの裾を両手で掴み、めくり上げた。
白いTシャツを脱いだ後、白いブラジャの留め金を背中から外した。
更に露出した真理のほんのりとピンク色に染まった
大きな丸い両乳房とピンク色の乳輪と乳首を見たジョンは
特に驚きもせず冷静に見ていた。
そして大きく溜め息を付いた。
「残念だが……君はウィルス感染で隔離中だ!」
「それが!何だって言うのよ!あたしは!」
「流石にセックスしただけでTーエリクサーに感染するとは思えない。
しかしウィルスは様々な方法で人から人に感染する!
飛沫感染だったり、血液感染だったり、性行為つまり
セックスするだけで感染するウィルスもいる!
T-エリクサーの感染方法は今のところ
血液感染と特殊な夢感染とまで分っている!
それに性行為で感染する確率も高い!いいかい?」
「どうすれば?貴方を抱けるの?」
「もう少しお互いを知ってからとまずはT-エリクサーに
対抗する為の抗ウィルス薬とワクチンを創り出さなくてはいけないよ!
やはりT-エリクサーは危険極まりないウィルスだ!」
「そんな!嘘よ!あのT-エリクサーの力を
使えば外敵から身を守れるって!」
「そんな事?誰が言ったんだい?」
「ソフィア・マ―カーって言う始祖ホラーよ!」
「そいつの言う事は信じない方がいい。」
「どうして?」
「君は騙されていたのさ!現に君はソフィア・マーカーに
危うく意識を殺されるところだった!!
きっと他の一万人の人間達も同じだ!」
ジョンは有無を言わせない気迫のこもった厳しい表情で真理を見た。
すると真理はジョンの気迫に圧倒され、反論出来無くなってしまった。
「もう!彼女の事は忘れるんだ!心配ないよ!
僕とセックスしたいと望む願い!必ず叶えてあげるから!」
真理はジョンの誠実な言葉に胸を打たれ、『うん』と頷いた。
 
聖ミカエル病院のとある個室。
ソフィア・マーカーの手によって意識を抜き取られていた
アシュリー・グラハムはジルと名も無き娘の活躍により,
真理と同様に彼女の意識(アゾート)
も脱け殻となった自分の肉体へ帰って行った。
アシュリーはベッドの上で静かに瞼を開けた。
すると老人の姿がぼんやりと浮かんだ。
「誰?誰?」
アシュリーは不安になった。
しかし老人の姿がはっきりと見えるようになると不安は消えた。
「マルセロさん?」
「おお、目覚めたかのう。やれやれ酷い目に遭ったのう。」
「はい!全くです!はっ!大勢の患者さん達が!」
アシュリーは慌ててベッドから上半身を起こした。
「心配ない!君を見舞いに行く途中に君と同じ症状で
意識を失った者達は無事に意識を次々と取り戻していると医師から聞いた。
実際、何人か会いに行ったが皆、ピンピンしておったぞ!」
マルセロは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます!それにみんなの心配を!!」
「気にする事は無い!あれは夢じゃったんじゃ!
もう……忘れなさい!あんな夢を覚えていても……」
「いや!忘れません!」
「ふーん」
「あたしはどうしてもあれをただの夢として片付けられません。
あたしはあの夢で見た人々の心の光と闇。
人は時には恐ろしい事を平然と行い、恐ろしい言葉を口にします。
でもジルって人が教えてくれたんです!
人に美しい歌を歌うだけで恐ろしい考えや恐ろしい言葉を消し去って。
それで。人には他人を喜ばせ、絶望や恐怖を消し去って。
希望や生きる力を与えられるんだって。上手く言えないけれど。
まるで世界や平行世界、混沌の世界、
異世界、宇宙と一体になったみたいな。
そんな不思議な体験でした。だから忘れることなんてできません!」
「やはり!同じじゃのう!」
「へっ?」
「実は倒れた君以外の女性達にも同じ質問をしてのう。
そうしたら個人によって細部は
少し違うが君と同じ答えわしに返してきおった。」
「なんで?あたし達はそんなものを見たのでしょうか?」
「さあーのう。神が与えた試練か?
はたまた悪魔と天使の気まぐれか?真相は闇の中じゃな。」
「ジルって人って?ジル・バレンタインさんの事でしようか?」
「かも知れんのう。もしかしたらザ・ワン(救世主)だったのかも知れん」
ザ・ワン?」
「そういうことじゃ!わしやもう行くのう。」
マルセロは椅子から立ち上がりアシュリーに背を向けた。
「待って下さい!貴方は今後何処へ?」
マルセロはアシュリーに背を向けたまま答えた。
「さあーのう。」
「あの天使さん!」
「悪いのう。わしはどうも天使と言う柄じゃない。」
暫くマルセロは何かを考えていた。
マルセロは静かに口を開いた。
「そうじゃ!天使の名前はアシュリー・グラハム
あんたに譲るとしよう!」
「私が天使ですか?」
「君の誰に対する優しい言葉、気遣い、そして他人を思いやり、
救いたいと言う純粋な心。わしより君の方が天使の名に相応しいじゃろう!
それにわしの可愛いでじゃからな!」
そう言うとマルセロは無言で片腕を上げた。
バイバイと手を振ると個室を出て行った。
アシュリーは自分の掌を茶色の瞳でしっかりと見た。
「ありがとう!そして!さよなら!マルセロさん!」
 
(第43章に続く)