(第8章)霊魂

(第8章)霊魂
 
向こう側(バイオ)の世界。
翌朝、ニューヨーク市内の人気の無い
裏路地にひっそりと建っているアパートの一室。
BSAA隊員のクエント・ケッチャムは大欠伸をしたあと
黒いソファーから目覚めた目覚め上半身を起こした。
烈花法師はテーブルの椅子をテレビの前に置いて
放送されているアニメに釘付けになっていた。
烈花法師は16年ぶりに観るテレビアニメに興奮していた。
彼女は過去に『創聖のアクエリオン』を見て以来、
ずっと仕事の合間に向こう側(牙狼
の世界でもテレビアニメを観ていたらしい。
そして今回観ているアニメは日本の円谷プロダクション
アメリカのハンナ・バーベラプロダクション、葦プロダクション
(現プロダクションリード)の合作『ウルトラマンUSA』を観ていた。
烈花は時々、口を開け、歓声を上げていた。
彼女の茶色の瞳が宝石のようにキラキラと輝くのを見ていた
クエントも嬉しくなり、ソファーに座り、一緒にテレビを見ていた。
テレビではウルトラマンの敵であるソーキン・モンスター
と呼ばれる宇宙怪獣の一体、電磁怪獣ガルバラードと
ウルトラ戦士の一人、ウルトラマンスコットと闘いを繰り広げていた。
ガルバラードは電撃による攻撃と角を利用した突進攻撃で
ウルトラマンスコットを追い詰めて行った。
しかしウルトラマンスコットも筋肉質な肉体を生かし、
力任せにガルバラードを一気に持ち上げ、空高くから発電所に向かって
投げ落すシーンを見るなり、烈花は大きく歓声を上げた。
最後は本体であるイームを必殺技の連続で叩き込み、倒すのを見るなり、
また歓声を上げ、立ち上がり、両腕を上げた。
「良かったですね!」
なんだかんだで。まるでプロレスの試合を見ているみたいですね。
クエントは余りの烈花の熱狂ぶりにちょっと驚いていた。
朝食のパンと目玉焼きを2人で興奮冷めやらぬ烈花と共に楽しく食べた。
それから烈花は何故か一人で散歩に行ってしまった。
「あっ!ちょっと!片付けを……あ~あ~まあ、いいか?」
クエントは呆れつつも嬉しそうな烈花の表情を
見て嬉しくなり、そんな気持ちになった。
散歩に出た烈花は公園のベンチに座り、魔導筆を取り出した。
彼女は魔導筆を横笛に変形させた。
その後、さっきテレビアニメのエンディング曲である
『時の中を走り抜けて』を吹き始めた。
実はウルトラマンUSAは初めて観たし、
エンディングの曲も聞いたが既にメロディを覚えていた。
暫くしてその曲のメロディに誘われたのか
青緑色に輝く霊魂がふっと現れた。
すると彼女はフフフッと笑い、何気無く曲を吹き続けた。
烈花は魔戒法師である。
そして魔戒法師にとって霊魂は幼い頃から身近な存在だった。
幼い頃から烈花は師匠の魔戒法師達からこう教えられていた。
『霊魂は人の想いが宿っている。元々は人間である。
生死を区別する事無く、常に対等の存在である』と。
霊魂はその曲をずっと聞いていた。
烈花も霊魂の為にこの曲を吹き続けた。
そして曲が終わると霊魂はふっと消えた。
間もなくしてパチパチと拍手の音が聞えた。
彼女の前に今度は一人の少年が現われた。
「お姉ちゃん凄い!あの曲を吹けるの?」
「上手く出来たか?正直、自信は無いが……」
「上手だよ!凄いよ!」
少年は嬉しそうにまだまだ拍手を続けていた。
「僕のパパも大好きだったんだ……でも……」
少年は肩を落とし、悲しそうな表情をした。
「僕のパパは交通事故で死んじゃったんだ……。
それで今はママとおじいちゃん、おじさんと暮らしているんだ!
でも……お爺ちゃんと伯父さんはパパの大好きな
ウルトラマンスコットの存在を否定するから嫌い!」
「君の名前は?」
「僕はスコット・アンダーソン!お姉ちゃんは?」
「俺は烈花だ。」
「じゃー、烈花お姉ちゃんだね!」
「俺はえーと、この現世に留まっている
霊魂の想いを届ける笛吹きの烈花だ。」
「へえー凄いね。烈花お姉ちゃん!笛の音色で幽霊とお話が出来るんだ!」
そのとき一人の中年男性が現われた。
「コラ!無闇に他人と話したらいけないと!お爺ちゃんに言われただろ?」
「いい加減にしてよ!ヨハネの黙示録なんて起こる筈が無いんだよ!
神も天使も悪魔も存在しないんだ!」
「いいかい?TVやゲームは人の心を駄目にする!
全部!悪魔が人間を惑わせる為に造ったんだ!
もちろん全ての本もみんなだ!」
「嘘付き!パパは違うって言っていたもん!」
「いいかい?ウルトラマンは異教の神なんだ!
悪魔よりも唯一神の方が一番なんだ!」
「違うもん!唯一神なんかより!ウルトラマンの方が一番だもん!
僕はパパを信じる!ママも分っているもん!」
「全く!これだから!結婚相手はトーマスおじさんと
ヨハネスお爺ちゃんに任せておけばいいとあれほど言ったのに!!」
トーマスおじさん事、トーマス・アンダーソンは
嫌がるスコット少年の手を掴んだ。
そして無理矢理、連れて歩き出した。
歩き名がトーマスおじさんは言った。
「いいかい?唯一神や天使に善行を尽くせば
きっとヨハネの黙示録の終末の日に救って下さるんだ!」
「そんなの嫌だっ!パパの好きなウルトラマンスコット
の存在しない世界なんか!行きたくない!」
「いい加減にしなさい!いいかい?0歳から7歳までの間!
テレビを見る事やコンピューター、テレビゲームは
子供の成長を著しく妨げるものなんだ!今、7歳になっても!
やはり神の王国に行くにはそんなものに関わってはいけない!
すべて捨て去るべきなんだ!ママか何度も聞かされている筈だ!」
「違うもん!ママはパパの事を理解しているもん!
ウルトラマンスコットはパパと僕の憧れなんだ!」
そんなトーマスおじさんとスコット少年のやり取りをしながら
唖然とした表情をした烈花を置いて歩き去った。
烈花は暫く唖然としていた。
そこにふっとまた青緑色の霊魂が現われ、
悲しそうに彼女の周囲をふわふわ漂った。
「そうか、あんたも悲しいんだな」
すると霊魂は何度も烈花に
何かの思いを訴える様に青緑色に発光を繰り返した。
「………」
烈花は暫く無言で立っていた。
やがて彼女は口を開いた。
「そうか、あんたの魂は乾いているんだな。
彼の、いや、愛する息子と妻が心配だからずっと成仏できないのか?」
すると青緑色の霊魂は再び青緑色に切なく点滅した。
「なるほど!これも何かの縁だ!協力してやろう!」
烈花の言葉に霊魂は嬉しそうに強く青緑色に輝いた。
更にその霊魂と烈花から見えない木の
陰から別の金色に輝く霊魂が見ていた。
金色に輝く霊魂は形を変え、金色の長いコートを
纏った威厳のある男性の姿に変わった。
そう、金色に輝く霊魂の正体はー。
先代の黄金騎士ガロにして鋼牙の父親・冴島大河だった。
 
アンダーソン家では。
トーマスおじさんとヨハネスお爺ちゃん、
スコットの母親のエミリーが話していた。
「なあーそろそろ、ウルトラマンとやらの空想を捨てさせたらどうだ?」
「嫌です!あたしは愛する夫が好きだったものを捨てられません!
貴方たちこそ!いい加減、神の王国だとか?くだらない空想を捨てて!
夫の死の現実と向き合ったらどうなの?」
するとヨハネスお爺ちゃんはテーブルをバン!と思いっきり叩いた。
「いい加減にするのは君たち親子だ!神の言葉は真実なんだぞ!」
「じゃ?何故?神は主人をあの交通事故から助けてくれなかったの?
魂だけ救われたと?だったらそいつはただの人殺しよ!」
「神を冒涜する言葉は慎むんだ!」
ヨハネスおじさんの隣でトーマスおじさんは大きな声で吠えた。
エミリーは彼の怒鳴り声に驚き、やがてシクシクと泣き出した。
それを遠くの子供部屋から悲しそうにスコット少年が見ていた。
 
(第9章に続く)