(第2章)ザ・ボスとオセロット

(第2章)ザ・ボスとオセロット
 
クワイエットは全身の感覚を奪われ、
仰向けに倒れたまま全く身動き出来なかった。
しかし不思議な事に意識ははっきりと残っていた。
視覚も聴覚も何も変わらず残っていた。
クワイエットの頭の方の荒野に一人の白い宇宙服を彷彿とさせる強化服
身に纏い、金髪に青い瞳の40代の女性が腕組みしていた。
更に謎の女の近には真っ赤な体色の見た事の
無いコブラが牙を向け、鎌首を擡げていた。
謎の女は静かに口を開いた。
「お前はまだ若い。何も生まずに死ぬつもりか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クワイエットはその意味の通り、静かにしていた。
やがて謎の女は口を開いた。
「そうか、お前の喉に寄生した声帯虫か?」
クワイエットは何者か尋ねようとした。
「しゃべるな!私はザ・ボスだ!」
ザ・ボス?そんな!!確かにもう死んだ筈!
クワイエットはザ・ボスの事を面識は無いが一応、知っていた。
彼女は祖国アメリカを裏切り、亡命し、協力国だった
ソビエト連合の軍事施設に核攻撃をした
凶悪犯だとCIAの誰かに聞いた事があった。
でも?そんな裏切り者のアメリカ人が何故?私の前に現れた?
まさか地獄からわざわざ迎えに来たのか?今思えは自分も人殺しだ!
多分、その内、スカルフェイスも出て来るのでは?
しかしそんなクワイエットの心情を見透かしたのかザ・ボスはこう言った。
「地獄から私がわざわざ迎えに来たと思ったか?
私はそんなくだらない用事でお前の前に現れた訳じゃない!
私は祖国アメリカの為、忠を尽した。いいか!若き戦士だった者よ!
私はかつて宇宙から地球を見た!宇宙から見た地球は青く美しい。
そして私は悟った。米ソは宇宙開発で凌ぎを削っていた。
政治で!経済で!軍備で!無為な争いを続けていた。
少なくとも私の生きた時代ではそうだった。
お前も宇宙から地球を見る機会があれば!
きっと私の弟子、ネイキッド・スネーク
(イシュメール)の様に分かるだろう!
はっきり言おう!地球に国境など何処にも無い!
まして冷戦や東西の線引など何処にも無い!
周りを良く見て見ろ!何処に線がある?!
クワイエットは何とかして首を動かし、周囲の荒野を見た。
見渡す限りの荒野、遠くにはソ連との国境がある山岳地帯があった。
しかし彼女の言う通りだった。
何処にも線は無かった。国境と言う名の線が。
同時に彼女もまたザ・ボスと同じくこう悟った。
いや、諭されたと言うのが正しいかも知れない。
そう、最初から地球の何処にも国境と言う線は無いんだと。
「お前も21世紀まで生きていられたら知るだろう。
我々は地球と言う名の小さな星の住人であるという普遍の真実を。
今、お前達がしている戦争は正義でも善意でも無い、
戦争は犠牲を持って時代を変える。
それは新たな衝突を産み、次の戦争を創る。」
つまり報復は新たな衝突を産み、次の報復を創る?同じだ!戦争と同じ!
「この核分裂は巨大な螺旋となり、この先も永遠に続いて行くのだ!
もう!分った筈だ!この環が続く限り、永遠に真の平和は来る事が無い!
じゃ?どうすればいいか?覚悟を決めて武器を全て捨てればいい!
つまりお前の喉に寄生している声帯虫もスナイパーライフルも捨て去れ!
そうすればお前の命は必ず助かる!」
しばらくしてザ・ボスは悲しそうな表情をした。
それは叶わず幻想を追い求めた切なさを象徴する様に。
ザ・ボスはこう言った。
「この地球上に平和は何処にも存在しない。
だからこそ願うしかないのだ!平和と言う幻想を……」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クワイエットは何かを決心したように頷いた。
それを見たザ・ボスはここで初めて穏やかに笑った。
「そうか。さあ!時間だ!地獄の底から来た
この私がビックボスと仲間のいる天国へ引き上げてやろう!」
ザ・ボスは遥か向こうのめまいがするほど
何処までも高い蒼い空を見上げた。
そしてPW(ピースウォーカー」事件の時の様に静かに歌い出した。
「ラーラララーララー♪ラーラララーララー♪
ララン♪ランランーラーララー♪
ラーラララーララー♪ラーラララーララー♪
ララン♪ランランーラーララー♪
ラーラララーララー♪ラーラララーララー♪
ラランランラーラーラーララ♪」
その美しい歌声はクワイエットの鼓膜を震わせた。
更に彼女の美しい歌声は広大な蒼い空と荒野に響き渡った。
間もなくしてヘリのローターが聞えて来た。
最初は妙に小さく聞えて来た様な気がした。
やがて急にヘリのローターの音が大きくなった。
クワイエットはびっくりして一瞬だけ身体を震わせた。
周囲の荒野を見ると既にザ・ボスの姿は消えていた。
やがてヘリが着陸し、ヘリの中からガスマスクを付けた見覚えのある銀髪。
コートの中に隠されたガンベルトと
そこに収まる旧式拳銃がチラリと見えた。
間違いない。オセロットだ。
他にも数名の衛生兵は倒れているクワイエットを診察した。
そして衛生兵はオセロットにこう報告した。
「如何やら新種のコブラに噛まれたようです。」
「彼女の容体は?まさか?手遅れか?」
「いいえ、どうやら全身の神経が完全に麻痺しているようです!」
「それだけではありません!オセロットの大将!
彼女の喉に寄生している英語株の声帯虫も
コブラの毒により麻痺状態になっているようです。」
「つまり子孫を残す準備中に活動がコブラの毒で停止している状態です。」
「成程!早くヘリに彼女を乗せてくれ!またソ連兵に見つかると厄介だ!」
「了解!ほら!何をしている!彼女はもう大丈夫だ!敵じゃないんだ!」
「分っています!でも!
あの口の中にナイフを入れられた痛みは忘れていませんからね!」
先輩の衛生兵は未だにブツブツと文句を言う後輩の衛生兵に発破を掛けた。
衛生兵達はクワイエットを隔離用のカプセルポットに入れた後、
ヘリの中に運んだ。
ヘリコプターは直ぐに離陸した。
オセロットはカプセルの中のクワイエットの顔を覗き込んだ。
そして隣の椅子に座った。
オセロットはマイクで隔離ポットの中のクワイエットに話し掛けた。
彼の声はかなり緊迫していた。
クワイエット!あの新種のコブラの毒は持って30分らしい。
だから直ぐに返事が欲しい!クワイエット!
これから君の声帯を切除する手術をこのヘリの中で行う!
そこで君の意思を知りたい!安楽死か?手術か?直ぐに返事が欲しい!」
隔離ポットの中のクワイエットは静かに頷いた。
オセロットは隔離ポットに近づき、クワイエットの表情から
彼女の意思を読み解こうとした。
隔離ポットの中のクワイエットは声を発せず、唇を動かした。
オセロットはすぐさまクワイエットの唇を注意深く観察した。
お・ん・た・い・を・き・っ・て・。
オセロットクワイエットの表情を見て息を飲んだ。
彼女は静かに大粒の涙を流していた。
まるで自分の子供達に別れを告げる母親の様に見えた。
それが奇しく自分の母親のザ・ボスの姿と重ね合わせてしまい。
オセロットは耐えられず思わず目を背けた。
彼は立ち上がると衛生兵にこう指示をした。
「彼女の意思は聞いた!
直ちに彼女の声帯を切除した後、手厚く焼却してくれ!」
「手厚くですか?了解しました!」
クワイエットの喉に寄生していた声帯虫は彼女の声帯ごと切除された。
その後、切除された彼女の声帯は手厚く焼却された。
これで第三の英語株はこの世から消えた。
クワイエットは命を救われたのであるザ・ボスのお陰で。
しかし心の中で彼女は第三の英語株の声帯虫に謝っていた。
「御免ね!」と。
その時、何処からかザ・ボスの声がした。
「これでいい!一方が死に、一方が生き。
この先の未来の希望を己自身で探せ!答えは何処かにある筈だ!」
 
(終章に続く)