(第20章)仲間

(第20章)仲間
 
牙浪の世界・人里近くのキャンプ場。
黒傘を被った奇妙な男が現われてから僅か10分後。
既に命乞いの声も助けを求める声も何も聞こえなかった。
黒傘の正体はレギュレイスである。
レギュレイスは耳まで裂けた口を大きく開けた。
周囲には不気味な黒い塊がグルグルと回り蠢いていた。
やがて不気味な黒い塊はレギュレイスの口に吸い込まれるように消えた。
地面には円形に50人余りのキャンプを楽しんでいた
大学生達が両目を開いたまま一人残らず死んでいた。
ある男性は恐怖と絶望の表情、ある女性は泣き喚いたまま硬直した表情、
他にも苦悶を浮かべた表情を浮かべた沢山の大学生がいた。
レギュレイスはバクンと口を閉じた。
やがてガサッとポニーテールの赤い服と
ジーパンを履いた女子大生が走り出すのが見えた。
レギュレイスは微かに笑うと再び耳まで裂けた口を大きく開けた。
そして空を切る音と共に無数の棘に覆われた長い舌
を女子大生の背中に向かって伸ばした。
女子大生は息を切らし、何処へ逃げて
よいのか分からぬまま闇雲に森の中を走り続けた。
彼女は森の中を走っている内に茂みと木々の間からロッジが見えた。
これで!助けが呼べる!電話!電話さえあれば!
女子大生は玄関の階段を駆け上り、
ロッジのドアノブに手を掛け、ドアを開けた。
電話!警察!警察!自衛隊でもいい!救助を!救助を!
女子大生が喜びロッジの中に右足を踏み入れた。
ドスッ!と鈍い音がした。
やがて彼女は全身の力が抜け、玄関先の床に両膝を付いた。
死の間際、彼女が見たのは自分の胸部から
無数の棘に覆われた長い舌の先端だった。
さらに伸びていた無数の棘に覆われた長い舌の先端は
女子大生の体内に引っ込んだ。
続いてバキッ!バキッ!と音を立て
背中から茶色の4本のゴキブリに似た脚が生えて来た。
うっ!ぎゃあああああああああああっ!
そして断末魔の絶叫と共に女子大生の肉体は
オレンジ色の光と共に粉々に砕け散った。
しばらくしてロッジの玄関前に現れたレギュレイスは掌を差し出した。
やがて先程、大学生の砕けた肉片や大量の血は
レギュレイスの掌に吸い込まれた。
一方、夕食を食べ終えたドラキュラ伯爵は
人里近くの街から閑岱の森に戻る途中に
この人里近くのキャンプ場で白夜の魔獣の襲撃の現場に遭遇していた。
彼はただ何もせず無情にも大勢の大学生を次々と
捕食する悲惨な光景を遠くで眺めていた。
「相変わらず気品もへったくれも無い食事風景だ。」
必死に助けを呼ぶ声を上げても誰も助けも来ず、ただ不様に泣き叫び、
断末魔の絶叫を上げ、命を抜き取られ、身体を侵食され死んで行く。
レギュレイスにとってこの食事は最高の喜びだろう。
だが、私はその乱雑な食事風景が気に入らない
ばかりか恐ろしく不愉快極まりなかった。
しばらくしてガサガサと彼の背後の茂みが何度も動いた。
ドラキュラは既に背後の敵が複数存在し、何者なのか理解していた。
 
翌朝の閑岱。
ジルは地面に突き刺さったソウルメタルの短い棒を眺めながら
一人でどうすれば内なる影に打ち勝ち、自分の心の弱さを克服できるのか?
体育座りになり、ずっと自分の持っている
絵本のページを見つめながら考え続けていた。
一体?あたしには何が足りないだろう?
どうしたら?憧れのヒーローの黄金騎士に近づけるのだろう?
更に内なる影である自分自身が言っていた言葉を思い出した。
『貴方は自らの心の闇をクリスに隠し、気丈に振る舞っていた!』
『背を向けないで!アンブレラ社のウィルス兵器開発、
そしてウィルスの漏えい事故で地獄と化したラクーンシティ
ラクーンシティの住民が辿った破滅の道。
それを止められずに大勢のラクーンシティ
住民達を殺したのはあなた自身なのよ!』
ジルはそれを思い出すなり、瞬時に憤怒の表情になった。
そして両指が掌に食い込み、皮膚が切れて、
血が流れる程、拳を固く握りしめた。
「あたしの心が弱いままで誰一人の命も救えないわ。
あたし一人じゃ!誰も!誰も!」
ジルは長い間一人で悩み続けた。
そこに不意に翼が現われた。
「悩んでいるようだな。」
「当然よ……もう、どうすればいいのか。全く分からないわ。」
ジルは青い瞳で翼を真摯に見つめた。
「では、一つ助言をやろう。
お前の命の先には家族があり、友があり、愛する者がいるか?」
「家族。お母さんは交通事故で無くなって。お父さんだけ。
友人はクリスやパーカーやクエント、カーク。BSAAの仲間達。
愛する者は……。」
ジルは瞼を静かに閉じるとクリスの姿が思い浮かんだ。
暫くしてジルはこう言った。
「あたし、時々ふとこう思う事があるの。
『もしかしたらバイオテロは永遠に無くならない』のかもって」
「つまり自分がこれから未来、
ずっと闘い続けて意味があるかと言う事か?」
ジルは無言で頷いた。
「そうか。成程、お前が言うなら。そうかも知れん。
だがそれがお前と仲間のクリス達の運命だとしたら?」
「運命?」
「我々魔戒騎士と法師と魔獣ホラーとの戦いは永遠に終わらない。」
「何故?」
「人間の邪心がある限り、陰我は生まれ、魔獣ホラーは出現し続ける。」
バイオテロも人間の邪心がある限り、永遠に無くならない。
犠牲者は永遠に消えないと言う事?」
ジルは信じられない表情で翼を見た。
信じたくない!いつか闘い続けていれば!いつか!平和が!
「人間の邪心は誰の心にも存在する。君にも私にも。」
「じゃ、どうしているの?」
「だからこそ!次の世代の者達に訓練を行い、
魔戒騎士や法師として我々の後を継がせる。
私は修練場で子供達を魔戒騎士として指導している。」
「成程。若い世代に後を継がせるのね。」
「ああ、それに」
翼はよっこらしょと立ち上がった。
「お前は一人じゃない」
そこにバイオの世界から帰って来た烈花が現われた。
「ほら!これを聞いてごらん!」
彼女はジルに無線機を差し出した。
ジルはおずおずと無線機を手に取り、耳に当てた。
「おい!聞えるか?ジル!一ヵ月前は散々な船旅だったな。
でも一緒に働けて良かったぜ!」
「パーカー」
続いて別のBSAA隊員に変わった。
「こちら!ハットトリック
ジルが珍しく落ち込んでいるとパーカーから聞いて心配してね!
なに!貴方がピンチになったらいつでもヘリで
火の中!水の中!船の上!街の上!
何処でも駆けつけます!もっとも今は
クイーン・ゼノビアの上で貴方を待っていますが!」
「カーク」
ジルはふとポンと肩を叩かれるのを感じ、
ふと顔を上げると笑顔のクリスが見えた。
「バーミリオン!これで分かっただろ?
お前は一人じゃない!沢山の仲間がいる!俺もその一人だ!それに
ここに辿りつく前にも更に時空を旅している時に
もっと多くの仲間に出会っている筈だ!」
ジルは無意識の内に両目から涙が流れたので思わず彼女は鼻をすすった。
無線から現在のパーカーの相棒であるBSAA隊員の声が聞えた。
「あっ!あっ!ジルさん!すいません!その。
どうやって貴方を励ませばいいか?
えーと思いつかなくて!えーと。その。困ったな。がんばって。う~ん」
「ありがとうクエント。フフッ、貴方らしいわ。」
「えっ?そうですか?」
暫くして邪美はジルの前にしゃがんだ。
「いいかい。魔戒騎士もあたし達、魔戒法師も人間達も
多くの命支えられて生きているんだよ。」
「多くの命?クリス、パーカー、カークみんなも?」
烈花は「そうだ!いいか?ジル!
多くの仲間の命に支えられているからこそ!
太古の昔から俺達、魔戒法師や魔戒騎士は魔獣ホラーに
命を掛けて立ち向かい、それに打ち勝って来たんだ!」
「それが俺達、『守りし者』つまり魔戒騎士として大切な仲間!友!
そして愛する者の命を賭して守り、魔獣ホラーを狩るのは俺の運命だ!」
「愛する者?」
「俺には御月カオルと言う名前の女性がいる。
心安らぐ良い絵を描く画家だ!」
「あたしには弟子の鈴、烈花、媚空、我雷法師、そして……翼かな?」
邪美は照れ笑いを浮かべた。
「確かにいい夫婦かも知れんのう」
翼の腕に嵌められたゴルバがニヤニヤ笑いそう言った。
「ゴッ!ゴルバ!何てことを!」
翼は恥ずかしさの余り無言で顔を真っ赤にした。
しばらくしてゴルバはジルの方を見るとこう質問した。
「そうじゃ!ついでにお主の大切に思っているものは誰じゃ?」
ゴルバはカチッとウインクした。
暫くジルの青い瞳は魚の様に泳いでいた。
おずおずと口を開きこう言った。
「やっぱり……クリス……かな……」
「おっと!やはりそう来たか!」
鋼牙の指に嵌められていたザルバが驚きの声を上げた。
「おい、余り大きな声を上げるな。二人が恥ずかしがっている。」
彼は相変わらず無愛想な表情でザルバに声を掛けた。
ザルバと鋼牙が見るとジルとクリスは顔を真っ赤にし、
あたふたと両手を振っていた。
 
(第21章に続く)