(第3章)底網の中

(第3章)底網の中
 
その翌朝。
セバスチャンは客室のベッドの上で大の字となり、
豪快にイビキをかいて眠っていた。
だが突然、ドンドンドンドン激しく
分厚いドアを叩く大きな音で目が覚めた。
「ああ、何だ……朝っぱらからうるさいな……」
セバスチャンは怠慢な動きで上半身を起こし、ベッドから降りた。
そして衣服を着て分厚いドアを開けた。
入口には顔面蒼白の表情をしたアンガスが立っていた。
「どうしたんだ……何が……」
「おい!船内を見て見ろ!」
「船内?どうした?まさか?マーメイド捕獲記念のサプライズパーティ?」
「何をふざけた事を言っているんだ!なんと言うか……
船内がおかしいんだ!」
セバスチャンはおいおいと首を振ると時計を見た。
「船内がおかしい?何かの冗談か?」
「何かの冗談か?じゃないぞ!とにかく!部屋を出て船内を見てくれ!」
「なんだよ。朝っぱらから大騒ぎして!
全く!どうせ!大した事じゃないんだろ?」
セバスチャンはアンガスの肩をぽんぽんと叩いた。
自分の部屋から出た瞬間、セバスチャンは言葉を失った。
船内の天井や床や壁や換気扇が網目状の
紫色の無数の触手に覆い尽されていたのだ。
しかも網目状の紫色の無数の触手は
まるで生き物の様にモゴモゴと蠢いていた。
「どうなっている……昨日の朝も夜も船内は普通だった筈だ!」
「分らない!朝起きたら!いつの間にかこんな風になっていたんだ!
それで慌てて!携帯で家族に電話しようとしたら
何故か圏外になっていたんだ!」
「無線は?助けを呼ぼう!」
「さっき!マルクが無線で海難救助の信号を出そうとしたんだけど。
海難救助の電波が網目状の紫色の無数の触手に
遮断されて外部に出て行かないんだ!
しかも最新式のマップナビも計器も完全に狂っていて!
全く役に立たないから!
現在の船の位置が何処だかさっぱり分からないんだ!」
「そんな!馬鹿な!あり得ない!いつの間に船内がこんな事に……」
とセバスチャン。
「ああ、どうしよう!どうすれば!」
アンガスは顔を真っ青にしたままオロオロと身体を左右に揺らした。
そこにマルクとフランクが廊下に現れた。
「何が!一体!どうなっている?」とジミー。
「悪いが!俺はこんな魔法だか!
超常現象だか!絶対に信じないぞ!」とフランク。
「だけど!こんな現象は自然界じゃ!
絶対にあり得ない!」とセバスチャン。
「馬鹿馬鹿しい!きっと!ただの幻覚だ!
酒でも飲み過ぎたんだ!」とフランク。
「とにかく!アンガス!フランク!
セバスチャン!みんなとにかく落ち着くんだ!」
フランクとセバスチャンが口論し始めたのでマルクは
どうにかその場を収めた。
マルクは落ち着いた口調で4人にこう語りかけた。
「無線も携帯も最新式のマップナビも計器も何もかも役に立たない以上!
現在の船の位置が何処だかさっぱり分からない!
僕達はこのカリブ海から孤立している!
今!闇雲に動いても解決しない!こうなった原因を考えるんだ!」
するとアンガスが思いたったように激しくこうまくし立てた。
「きっと!マーメイドだ!マーメイドの力なんだ!」
「マーメイドにこんな能力があるのか?」
「確かこのカリブ海の暗黒の環礁の伝承は?
畜生!調べて来るのを忘れちまった!」
「まさか?俺達はマーメイドの餌になるって言うのか!」
「そうだろうさ!俺達はつい昨日までマーメイドが
底網に掛かっていたと思っていた。」
「それがどうだって言うんだ!」
フランクは苛立った口調でアンガスに詰め寄った。
「でも違うんだ。底網に掛っていたのはマーメイドの餌になった俺達だ!
マヌケにも!マーメイドが仕掛けた底網に俺達が掛ったんだ!」
「だが……あいつ!最初!捕まえた時!暴れていたぞ!」
そうフランクが言った瞬間、全員の脳裏にマーメイドがジタバタと
大きな尻尾と両手を振り回し、脱出しようと
抵抗している光景が思い出された。
「つまり?あれも演技なのか?」
「ああ、恐らくアカデミー賞ものだね。」
「とっ!とにかく!言ってみよう!」
「きっと!もう脱走しているよ!」
「でも!まだあそこにいるかも知れない!」
それからマルクは海から引き揚げた魚介類を保管する部屋に行く前に
万が一の為に全員に麻酔銃とマグナムリボルバーを手渡した。
「いいか。マーメイドが襲ってきたら!迷わず撃て!」
フランクはマグナムリボルバーを腰のホルスターにしまった。
アンガスは震える手で麻酔銃を肩に担いだ。
ジミーはマグナムリボルバーを腰のホルスターにしまった。
セバスチャンは麻酔銃を肩に担いだ。
マルクは麻酔銃を肩に担いだ。
「一緒に行動しよう!」
「ああ、そうするよ!まずは地下のマーメイドを
閉じ込めたあの部屋に行こう!」
「そうしよう!ついでに俺を餌にしたら!殺してやる!」
「そんな事をする訳ないだろ!」
「いいから!行くぞ!」
「よし!ついてこい!」
それから麻酔銃やマグナムリボルバー武装した
マルク一行は変わり果てた船内の廊下を歩き始めた。
全員、それぞれ麻酔銃やマグナムリボルバーを構え、
最初にマルク一行はまずはセバスチャンの部屋に向かった。
全員は無言で船内の網目状の紫色の無数の触手に覆い尽された
廊下の曲がり角を幾つか曲がり、地下に続く階段を降りた。
それから数分後、幸いにもマーメイドの襲撃を受ける事は無かった。
マルク一行は地下にある海から引き揚げた
魚介類を保管する部屋の前に辿りついた。
しかし安堵したのも束の間、
厳重に鍵を閉めた筈の分厚いドアは開きっ放しだった。
やがて覚悟を決めたフランクとマルスが先頭でその後を
ジミーとアンガスとセバスチャンが続いた。
5人は海から引き揚げた魚介類を保管する
部屋の中に突入した瞬間、全員が息を飲んだ。
外の船内と同じく海から引き上げた魚介類を保管する部屋の中も
天井や床や壁や換気扇は網目状の紫色の無数の触手に覆い尽されていた。
更に悪い事に部屋の中にマーメイドらしき姿は既に影も形も無かった。
「きっと部屋を抜け出した後に
この結界の中に俺達を船ごと閉じ込めたんだ!」
「そうだな、きっと船内の何処かにマーメイドが……」
やがて何処からか再び美しい歌声が聞えた。
「うわ!あいつだ!マーメイドだ!」
「もしかしたら!俺達も喰おうとしているんだ!」
「何処からだ!畜生!俺は絶対に食われんぞ!」
フランクはマグナムリボルバーを両手で構えた。
同時にフランクは勇み足を踏んだ。
彼は海から引き揚げた魚介類を保管する部屋から一人、出て行った。
「おい!待て!フランク!」
「離れるな!それじゃ!彼女の思うつぼだ!」
慌ててジミーとマルクがフランクの両肩を掴み、制止した。
「おい!離せ!離してくれ!喰われる前にあいつを殺すしかない!
殺すしかないんだ!」
フランクは涙目でそう何度も喚き散らし、両肩を激しく前後に振った。
しかしジミーとマルクは両手でしっかりと
フランクの両肩を掴み、制止した。
フランクは涙目でそう何度も喚き散らし、両肩を激しく前後に振った。
とうとうフランクはジミーとマルクの制止を振り切った。
フランクは紫色の無数の触手に覆われている廊下の
角を曲がり、たちまち姿を消した。
彼が廊下の角から姿を消して間も無くして
獣の様な甲高い声とフランクの絶叫が聞えた。
「フランクの絶叫?」
「獣の様な甲高い声はマーメイドか?」
「くそっ!だから離れるなとさっき言ったのに!」
ジミー、マルク、セバスチャン、アンガスの4人は大急ぎでフランクが
消えた紫色の無数の触手に覆われている船内の廊下の曲がり角を曲がった。
その瞬間、4人の目に飛び込んで来たのは余りにも凄惨な光景だった。
マーメイドはフランクに襲い掛かり、
無数の鋭い牙で彼の胸部を食い千切っていた。
彼の胸部のシャツや皮膚は左右に引き裂かれ、肋骨が数本飛び出していた。
しかも既に肺、心臓、気道などの臓器は貪り食い尽され、
空っぽになっていた。
全員はたちまち恐怖の余り凍り付き、その場に棒立ちになった。
 
(第4章に続く)