(第4章)寄生虫

(第4章)寄生虫
 
マーメイドは口の周りを真っ赤な血で汚し、口元を緩ませ優しく微笑んだ。
次の瞬間、アンガスは余りの恐怖に耐えられなり
一時的狂気に駆られ、叫び出した。   
「うわあああああああああああっ!
うわああああっ!うわあああっ!うわあああああっ!」
そして狂った様にセバスチャンとマルクを両手で左右に掻き分けた。
続けて強引に先頭に立ったアンガスは
震える手で麻酔銃を構え、引き金に指を掛けた。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
マーメイドは甲高い声で長々と高笑いした後、
目にも止まらぬ素早さでジャンプした。
続けてマーメイドは水掻きの付いた両手で
天井の通気口を怪力で突き破った。
そしてあっと言う間に天井の通気口の中に逃げ去った。
アンガスは麻酔銃を通気口や天井に向けると天井からガンガンと
何かが動き、叩く音が聞えたがあっと言う間にそれは遠ざかり、消えた。
「畜生!すばしっこい奴め!逃げるの!マジで速すぎだろ!畜生!畜生!」
アンガスは盛大に舌打ちし、涙目になった。
ジミー、マルク、セバスチャンは
マーメイドに食い殺されたフランクの死体を見た。
友人のフランクの死体は恐怖と苦悶の表情を
浮かべたまま仰向けに床に転がっていた。
やがて空っぽになった彼の死体の胸部からは真っ赤な大量に血が流れ落ち、
紫色の無数の触手に覆われている船内の床に大きな血溜まりを作った。
「ああ、畜生!だから!先に行くなと言ったのに!」
マルクは静かに涙を流し、悲しみに暮れた表情をした。
「強情で少し捻くれていたがいい奴だったのに……」
アンガスも鼻を啜り、両腕で目を擦り、涙を拭いた。
やがて彼は嗚咽を漏らし、マルクと同じく悲しみに暮れ、泣き始めた。
セバスチャンは早すぎる友人フランクの死を悼みつつも
マーメイドがいた床に緑色に輝く分厚い魚の鱗が落ちているのに気付いた。
「あれ?一体?俺は何でここに?んっ?これは?魚の鱗か?」
「オイオイ!止めとけ!絶対!
その魚の鱗に付いている寄生虫とかヤバイもんだぜ!」
アンガスが泣きはらした顔のままその緑色に輝く分厚い魚の鱗を
拾うのを止めるよう忠告した。
しかしはまるで引き寄せられるように
その魚の鱗を拾っ後、じっくりと観察した。
どうやら古くなって自然に剥がれ落ちたマーメイドの鱗のようだ!
よし!調べてみよう!僕の客室に即興のラボがあっただろ。」
「調べるのなんか止めてくれ!どんな恐ろしい寄生虫が潜んでいるのか?
考えただけでも!俺は気が狂いそうだ!知りたくも無い!」
アンガスが言い掛けた事をジミーはすかさず黙らせた。
しかしセバスチャンは大学で生物学を専攻していた。
彼はこのマーメイドの緑色の輝く鱗が
生物学的にいかに貴重なものか理解していた。
「駄目だ!お前!こんなマーメイドの分厚い鱗なんか!
変に調べたりなんかしたら!マジで気が狂っちまうぞ!」
ジミーはセバスチャンからその分厚い
マーメイドの緑色の輝く鱗を取り上げようとした。
しかし巧みな手捌きでジミーの手を回避した。
セバスチャンは密かに服のポッケに隠していた
最先端の超小型電子顕微鏡を取り出した。
「マジで?調べる気か?止めておけ!」
セバスチャンはジミーの警告を無視した。
そして彼は少年の好奇心が望むままに
超小型電子顕微鏡のレンズを覗きこんだ。
超小型の電子顕微鏡のレンズには
緑色に輝く鱗のざらざらした表面が見えた。
更に緑色に輝く鱗のざらざらした表面から奇妙な虫が顔を出していた。
その奇妙な虫は小さな竜の頭の形をした頭部。
細長い身体は緑色に輝く鱗に覆われていた。
下半身には10本のイカに似た触手が生えていたのだ。
ジミーとアンガスはセバスチャンから渡された
超小型電子顕微鏡のレンズを覗きこんだ。
「これは?一体?何だ?観た事も無い虫だぞ!
いや?タコか?ドラゴンか?」
「分らん!一体?こいつがなんなのか?」
アンガスの問いにジミーは左右に首を振った。
ちなみに生物学は大の苦手であり、
ジミーの問いには一切答えられなかった。
「こいつはもっと大きな研究所で調べて貰った方がいいな!だろ?」
セバスチャンはジミーの顔を見ると意見を求めた。
アンガスは吐き捨てる様に口から僅かな泡を飛ばし、こう叫んだ。
「くそったれ!マーメイドの鱗の中に虫?
大きな研究所で調べるだと!ふざけんな!」
4人は今後、マーメイドをどうするのかすぐさま相談した。
「あのマーメイドは危険すぎる!」とマルク。
「やっぱり!このまま生け獲りにしないで!射殺すべきだ!」とジミー。
「殺せばこの船内の状態も元に戻るかも?」とアンガス。
「ああ、そうだな!必ず見つけ出して!
マーメイドを射殺する!他に意見は?」とマルク。
「ないよ!絶対に友人の仇を取ってやる!」とアンガス。
「俺も同意見だ!」とジミー。
セバスチャンだけは何故か苦虫を噛んだ表情を僅かに浮かべた。
やがて彼はマーメイドの鱗の中に
潜んでいた虫は必ず持ち帰る事を密かに決意した。
それからジミーとアンガスはマルクの
指示に直ぐに従いキビキビと行動した。
だがセバスチャンは渋々、マルクの指示に従った。
セバスチャン、ジミー、アンガスは
まるで兵隊アリのように無言でマルクのあとに続いた。
天井の通気口に逃亡したマーメイドは
暗い天井裏から3人の会話を聞いていた。
マーメイドは額にしわを寄せ、怒りの表情を浮かべた。
続けてマーメイドは「キシャアア!」と獣のような唸り声を上げた。
マーメイドはガタンガタンガタンと
大きな音を立てて、天井裏内の移動を開始した。
4人は網目状の紫色の無数の触手に覆い尽された廊下の階段を昇り、
再び地下から網目状の紫色の無数の触手に覆い尽された船内に出た。
それから網目状の紫色の無数の触手に覆い尽された船内の休憩室、
遊戯室、魚を捕まえる漁に必要な様々な器具が保管されていた
倉庫等をしらみつぶしに探し続けた。しかしなかなか見つからなかった。
間も無くして再び、マーメイドの美しい歌声が聞えた。
「あっ!」とアンガス。
「まただ!気付けろ!絶対にはぐれるな!」とジミー。
「分った!じゃ!一緒に行動しよう!」とマルク。
しかしセバスチャンは再びマーメイドの
美しい歌声を聴いた事により、心を支配された。
「美しい歌声だ!!ああ!彼女の元に行かなきゃ!」
ジミー、マルク、アンガスが制止する間も無かった。
セバスチャンは紫色の無数の触手に覆われている
廊下を走り抜けてたちまち姿を消した。
「おい!まて!セバスチャン!畜生!一体どうしたんだって言うんだ!!」
「まさか!マーメイドの歌声にやられたのか?」
「急げ!早く助けにいかないと!あのままじゃ喰われちまう!」
「何をもたもたしている!早くしろ!」
ジミーとアンガスはマルクに急かされ、大慌てでセバスチャンが消えた
紫色の無数の触手に覆われている船内の廊下の曲がり角を曲がった。
船内の曲がり角を曲がった先でお互い見つめ合う
マーメイドとセバスチャンの姿が見えた。
マーメイドはセバスチャンに向かって口元を緩ませ、優しく微笑んだ。
目の前にはぼんやりとした表情をした
セバスチャンがまるで枯れ木の様に立っていた。
マーメイドは水掻きの付いた両手で優しく彼の頬を撫でた。
続けてマーメイドは静かにピンク色の唇を動かし、
セバスチャンに何かを吹きこんでいた。
『大いなる神は天地創造の時!我ら!リバイアサンを創造した!
しかし大いなる神は雌雄二体のリバイアサンの内、
雄の同胞を殺したのだ!』
続けてセバスチャンの脳裏にこんな映像が次々と浮かんで来た。
海に浮かぶ幻の環礁。廃棄された政府の研究施設。
そしてマーメイドの顔と容姿そっくりの白衣を着た
黒縁の眼鏡を掛けた女性らしき人物。
やがて目の前にいたマーメイドが姿を消したと
同時にセバスチャンは正気に返った。
「あれ?一体?何が……さっきの……一体??」
セバスチャンはとぼけた表情のままマルク、アンガス、ジミーの顔を見た。
「おい!大丈夫か?」
アンガスは恐る恐るセバスチャンに尋ねた。
「ああ、大丈夫だけど……」
セバスチャンは首を細かく上下に振り、答えた。
その時、いきなりジミーが背後から
セバスチャンの首筋にドンとチョップを炸裂させた。
「うっ!」とセバスチャンは大きく唸り、目の前に火花が散った。
やがて意識を失い、うつぶせに網目状の
紫色の無数の触手に覆い尽された床に倒れた。
「おい!なにすんだよ!」
驚愕と怒りの表情でアンガスはすぐさまジミーの胸倉に掴みかかった。
ジミーは茶色の瞳でしっかりとアンガスを見据えた。
「彼はマーメイドの歌声に心を支配されている!」
「ああ、いずれ、マーメイドの歌に
心を操られて俺達を殺すかも知れない。」
「だからって!いきなり!失神させる事なんかないだろ!」
アンガスはセバスチャンを気絶させたジミーとマルクを怒鳴りつけた。
しかし二人はアンガスの怒鳴り声を無視して話を続けた。
「とにかく彼は閉じ込めておこう!」
「ああ、それがいいな!」
「おい!この野郎!ええっ!お前ら正気か?マジでイカれてるぜ!
それに!あのマーメイドが言ったリバイアサンって?
旧約聖書に登場する海の怪物で7つの大罪の嫉妬を
司る悪魔だよな?ひょっとしたら?」
「つまり?あのマーメイドは雌のリバイアサンの生き残りだと?」
「ふん!馬鹿馬鹿しい話をしている暇があればさっさと手伝えよ!」
「そうだぞ!寝首を狩られたくなかったら!
さっさと馬鹿な話をしていないで手伝え!」
ジミーとマルクにきつい口調で言われ、
アンガスは嫌々と仕方が無く手伝った。
 
(第5章に続く)