(第5章)捕食者

(第5章)捕食者
 
アンガス、マルク、ジミーは気絶した
セバスチャンの頭と胴体と脚をそれぞれ持ち上げた。
3人は気絶したセバスチャンを運び、再び地下にある階段を降りた。
続けて3人は海から引き揚げた
魚介類を保管する部屋の中にセバスチャンを入れた。
ジミーは分厚いドアをしっかりと閉め、厳重に鍵を掛けた。
「さて!よしっ!」
「あとは!マーメイドを射殺するだけだな!」
「なあ、こんな事?許されるのか?」
アンガスの質問にジミーとマルクは苛立ちを募らせた。
「今はマーメイドに狩られるか?狩るかだぞ!」
「そうだ!マーメイドを殺さなきゃ!どの道!俺達は餌になる!」
するとアンガスは我慢出来ず更にマルクに向かって怒鳴り声を上げた。
「ふざけんな!大体!底引き網で
マーメイドを捕まえると言い出すからこうなったんだ!
「ああ、そうさ!だが!マーメイドがあんなに凶悪だとは思わなかった!」
「なにが!本物のマーメイドを捕まえれば!
俺達は新聞やテレビで有名人だ!
なにが!運が良ければ巨万の富が得られるだと!
欲張ったばっかりにこのざまだ!
しかも相手はあの凶暴な大悪魔の雌のリバイアサン
の生き残りかも知れないのに!」
アンガスは腹立ち紛れにマルクの胸を付き飛ばした。
マルクはそのまま付き飛ばされ、
バランスを崩しそうになったが両足でどうにか支えた。
彼は怒りと苦痛に満ちた表情をアンガスに向けた。
マルクも怒りをぶちまける様に拳をアンガスに向かって放った。
それをすかさずジミーがマルクの手首を掴み、制止した。
放たれたマルクの拳はアンガスの目と鼻の先で辛うじて止まった。
「おいおい!いま!仲違いしている場合じゃないだろ!」
ジミーは喧嘩を始めたアンガスとマルクを叱り付けた。
彼は床に落ちたマーメイドの緑色の輝く鱗を
拾い上げるとズボンのポケットに閉まった。
「これは俺が預かっておく!いいな!」
マルクもアンガスもお互い殺気を向け、睨みつけ合った。
セバスチャンを海から引き揚げた魚介類を保管する部屋の中に魚を
閉じ込めた3人は再び逃げ出したマーメイドを探して船内を歩き続けた。
3人は船内の捕まえた魚を冷凍保存しておく
大型の冷蔵庫のある幾つもの部屋を歩いて回った。
しかし逃げ出したマーメイドは一向に見つからなかった。
いざ探し始めてから既に10時間以上も過ぎていた。
アンガスはハアハア息を吐き、疲れた表情を見せた。
マルクも疲れ果てとうとう紫色の無数の触手に
覆われている廊下のベンチに腰をおろした。
ジミーも立ったまま腰を大きく伸ばした。
「見つからないよ!」
「もしかしたら!ダクトの中かも知れない!」
「うーん!どうする?ダクトの中に入るか?」
「ダクトはやばいって!狭くて逃げ場なんか無いぞ!」
マルクの意見にアンガスは反対した。
「だが、さっき何度も何度も同じ場所をループしたんだ!キリが無いよ!」
マルクはアンガスにそう反論した。
そこでマルクは自ら天井裏のダクトの中に入る事を志願した。
またマルクは他にもダクトの中に入る勇気のある者を募った。
アンガスはもちろん「そんなのは御免だ」と首を振り、拒否した。
「マーメイドが天井裏から出てきたら!僕達が撃つ!」
ジミーはアンガスを睨みつけ、そう意見した。
アンガスは小さくチッと舌打ちをしたが
「分ったよ」と彼と共同前線を張るのを了承した。
「決まりだな!」
それから3人はここから一番近く手頃なダクトの
ある物置部屋に入って行った。
アンガスは物置部屋の隅っこにあった
大きな脚立を天井のダクトの真下に設置した。
ジミーは脚立の階段を昇った。
そしてジミーは天井のダクトの蓋を
持っていたドライバーで4対の捻子を外した。
ガタンと音を立ててダクトの蓋が開いた。
アンガスはジミーからダクトの蓋を受け取った。
ジミーは懐中電灯を持ち、真っ暗闇の通気口の中に入った。
麻酔銃は銃身が過ぎて持ち運べない為、
代わりにマグナムリボルバーを右手に持った。
ジミーは左手で懐中電灯のスイッチを付けた。
彼は懐中電灯の光を頼りにほふく前進で歯を食いしばり先へ進んだ。
ジミーは無言で懐中電灯の光を頼りに
ほふく前進で歯を食いしばり先へ進み続けた。
やがて幾つかの曲がり角を曲がった時、懐中電灯の光が何かを照らした。
ジミーはそこでほふく前進を止め、懐中電灯の光で何かを改めて照らした。
懐中電灯の光は緑色を帯びた赤毛の髪を照らした。
間違いない!マーメイドだ!
どうやら眠っているのか?僅かに寝息が聞えて来た気がした。
ジミーは起こさないように慎重にマグナムリボルバーを右手で構えた。
そしてゆっくりとマグナムリボルバーの引き金に指を掛けた。
しばらくの静寂の後、「ダアン!ダアン!ダアン!」
と断続的な銃音が聞えた。
「やった!意外とあっけないもんだな!」
ジミーは大喜びでマーメイドを殺した事を
報告しようと狭いダクトの中で後退した。
しかしふとジミーは何かがおかしい事に気付いた。
仮にさっき射殺したなら悲鳴や大きな音が聞える筈だ。
ジミーは額に汗を滲ませ、耳を澄ました。
しかし何も聞こえない、不気味なほど静寂だった。
ジミーは再びほふく前進で先へ進んだ先にマーメイドはいなかった。
いや、ダクトの床には緑を帯びた
赤毛の髪の小さな束が僅かに焦げて広がっていた。
「どういう事だ……」
やがてジミーは狭いダクトの背後で気配を感じた。
彼がマーメイドの意図を悟った時には既に手遅れだった。
そう、あの緑を帯びた赤毛の髪はデコイ(囮)だったのだ。
ジミーは両足に鋭利な刃物に刺された様な凄まじい激痛を10回、感じた。
「いてええええっ!いてえええっ!
いてえええっ!あああああああああっ!」
同時に物凄いスピードでジミーの身体は
狭いダクトの中の闇の奥に引きずり込まれた。
間も無くして曲がり角の先のダクトの闇の奥から獣の様な唸り声が聞えた。
ジミーの助けを乞う叫び声と断末魔の絶叫がダクトの奥から木霊した。
続けて執拗に噛み砕く音。
身体を引き裂かれる様な音。
血液、或いは体液を激しく啜る音もダクトの闇の奥から木霊した。
バリッ!バリッ!バリッ!ゴキッ!ゴキッ!ボキッ!ズッチュルルルルッ!
「ぎゃあああああああああっ!
ぐうえええええっ!助け……ぐおっ!ごぼあっ!」
やがて暗闇に包まれたダクトの奥から
タラタラと大量の真っ赤な血と体液が流れて来た。
一方、船内の物置部屋ではアンガスと
マルクが不安そうに天井を見上げていた。
このままどうなるのだろう?
まさか?俺達はマーメイドの餌に?いや!絶対に生き残ってやる!          
2人はそれぞれそう決意していた。
しかしその決意は一分も経たない内に直ぐに揺らいだ。
天井裏からジミーと思わしき絶叫が聞えた気がした。
「まさか?ジミー?」
「オイオイ!まさかマーメイドにやられたんじゃ?」
不意にバゴオオン!と言う大きな音が天井裏から聞こえた。
「なんだ?なんだ?」
「畜生!何だって言うんだ!」
マルクとアンガスは天井を見上げ、半ばパニック状態のままただ叫んだ。
やがて天井裏の一部の分厚い鉄で出来た
天井が紙切れのように左右に引き裂かれた。
続けて大きく穴の開いた天井裏から
バサッと音を立てて何か紙のような物が落ちて来た。
それはもはや骨と皮だけになったジミーの乾燥した死体だった。
骨と皮だけの死体となったジミーの表情は恐怖と苦痛に歪んでいた。
彼は骨と皮になっても懐中電灯と
マグナムリボルバーをまだ両手で辛うじて握っていた。
「うわあああああ」
「畜生!ジミー!ジミー!なんてこった!」
再び天井裏からガンガンとマーメイドが動き、叩く音が聞えた。
しかしその大きな物音はやはりあっと言う間にまた遠ざかり、消えた。
アンガスとマルクはマーメイドに血液と体液を吸い出され、
全ての内臓を喰い尽されたジミーの死体を見るなり、再び悲しみに暮れた。
「畜生……何て頭のいい奴だ!」
「俺達はもう駄目だ!生き残れない!
きっと人間の知識や能力も吸収しちまうんだ!」
アンガスは絶望に満ちた声でマルクにそう叫んだ。
マルクも一人、また一人殺されて行く悲惨な状況に頭を抱えた。
アンガスは頭を抱えているマルクに絶望に満ちた表情を向けた。
マルクは彼の絶望に満ちた表情に胸を痛め、思わず目を逸らした。
「おい!こら!眼をそらすな!現実から!眼を逸らすんじゃねえっ!」
今まで不満や怒りを我慢していたアンガスはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
 
(第6章に続く)