(第42章)微笑

(第42章)微笑
 
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ!」
ジルは「傷を見せて!」と言った。
鋼牙は素直に右肩の傷を見せた。
彼の右肩はどこも外傷を負っていなかった。
しかし酷く腫れて熱を持っていた。
「気にするな!大した事無い!」
そう言うと鋼牙は優しくジルの手を握った。
ジルは急に鋼牙に手を握られ「ドキッ」となった。
「どうした?」
するとジルは何故か顔を真っ赤にして慌てて手をひっこめた。
鋼牙は腕を曲げ、魔導輪ザルバに質問した。
「まさか?アナンタの魅了か?」
「安心しろ!もう完全に浄化されている!」
「それは俺のものまねか?」
魔導輪ザルバはカカカッと笑った。
「似ているか?」
「まあな!」
すると自然に鋼牙は笑みをこぼした。
更にジルもつられて笑ってしまった。
マツダ代表も穏やかに微笑んだ。
「それで?ジル?いつ?BSAAの仲間に伝えるつもりだ?」
「ううっ!いつと言われても……」
ジルは考え込み、また唇を噛んだ。
そこにひと仕事を終えた烈花とクエントが現われた。
仕方無くジルは烈花とクエントにその事実を伝えた。
しかし偶然にもジルがしゃべり始めた直後に
パーカー・ルチアー二が現れ、聞いてしまった。
「はっ!なんだって?ジルがホラーとの子供を妊娠したって?何の話だ?」
パーカーは驚きの余り、報告しようとしていたあの売春宿襲撃事件の
捜査状況を伝えようとした事は一時的に頭から消し飛んだ。
「どうしてだ?」
ジルはパーカーとクエントと烈花に夜中、眠っている間に
真魔界竜アナンタが自分の家に侵入してきた事を正直に話した。
「それで?妊娠したその子はどうするんだ?まさか?」
パーカーの質問にジルは当然の様にこう答えた。
「勿論!産んで育てるわ!中絶という選択肢は無いの!」
「そっ!そうか!頑張れよ……ハハハハハハッ!」
パーカーは力無く笑った。
驚きの余り、彼は口をポカンと開けた。
しかし彼は正直、赤の他人ながら心配になった。
つまり彼女のつまり、その歳の事。
ちゃんと成人、少なくとも20歳まで育てられるか心配だな。
「そうだな!」と鋼牙も何処か安堵した表情を浮かべていた。
「これから生まれる生命は大事にしないとな!」
烈花も笑顔でクエントの顔を見た。
「まっ!まっ!そうでしょうね……」
クエントはジルを心配させないように顔を僅かに引き攣らせつつも笑った。
とにかく彼女には心配な顔を見せたくなかった。
「とにかく!御月製薬の不正事件は解決したんだ!
これでM-BOW(魔獣生物兵器)が
世界中の闇市場に流出する事は無いでしょう!」
「ひとまずはね!」
「ああ、だが肝心のトムの自宅から持ち去られた」
「あれは現在、所在を捜査中よ!時間はまだかかりそうだわ!」
ジルの返事を聞くと鋼牙は「そうか」と答えた。
間も無くしてようやくパーカーは
件の売春宿襲撃事件の捜査状況を思い出した。
「そっ!そうだ!
実はニューヨーク市内の売春宿で襲撃事件があったんだ!」
「襲撃事件ですって?」
「ああ、さっき丁度!事件の通報があって!」
「どんな事件?」
ニューヨーク市の郊外で売春宿が何ものかに襲撃された。
ウィルス兵器によるBOW(生物兵器
か魔獣ホラーの仕業かどうかは不明だ!
それと俺もクエントと一緒に現場へ行った。
売春宿になっていたのは2階建ての家だったが。
あっちこっちの木の板がボロボロに砕けてトタンや
コンクリートの壁が剥がれ落ちて、遺体は体液を吸い出され、
血液を吸い出され、消化液で全身の肉と脂肪が消化されて
骨と皮になり、全員死亡していた。」
パーカーは思わずブルっと身を震わせた。
「まさか……もしかしたら?」
「いや!魔獣ホラーなら食った後は衣服も肉体も基本は残さない!」
「だがモラックスの様に人間を体内から捕食し、
白い砂状の肉体の食いカスを残すケースもある。」
「成程、ホラーの可能性も否定できないか?」
パーカーは両腕を組み考え込んだ。
「現場には亡くなった少女が持っていた
ビデオカメラが残されていました。」
クエントは鋼牙とジルにビデオカメラを渡した。
更にパーカーは売春宿襲撃事件の直前に別の廃工場付近をうろついていた
ホームレスが巨大な蠅の姿をした悪魔が極太の雷撃の一撃で
大天使ハ二エルが殺されたと証言している。」
「何だって?」
「まさか?大天使が……」
鋼牙と烈花は驚き息を飲む中、ジルは一人、静かに口元を緩ませ笑った。
クエントはもう驚きの余り、魚の様に口をパクパクと開閉した。
そんな中、唯一冷静、いつも通りの口調でザルバはこう推測した。
「恐らく大天使ハ二エルを殺したのは魔王ホラー・ベルゼビュートだろう。
多分、生命活動以上のエネルギーを使ってしまった為、
極度の飢餓状態になってしまい。人間を次々と襲ったのだろう。」
「腹が減り過ぎて人間を喰った……そんな……」
パーカーは顔を真っ青にした。
ジルは僅かに顔をしかめた。
魔王として少々情けないわね。
口に出さずともジルは心の中でそう思った。
「それと……えーと……実は……」
クエントはどもりながらもこう報告した。
「実はジョン・C・シモンズは実はー。
9年前にエイダ・ウォンと言う中国人女性と会っていたのが。
いや、会っていてですね。それを知ったディレック・C・シモンズ。
元秘密組織ファミリーの長です。
そして彼はディレックの手によって一度、全身や背中を
めった刺しにされて殺されていたんです。」
「なんだって?」
「おいおいおい、冗談だろ?!死んだ人間が生き返るなんて……」
「はい!実際、血濡れになった彼の遺体を見た人物
『ダ二ア・カルコザ』氏からの情報です。
彼女はIQ220の超天才児で『ラザロ処置』
と言う方法で生き返らせたそうです。」
「成程!ホラーに憑依されたのか?」
「彼女と仲間達はディレックから彼の遺体を強奪して。
秘密の場所で大量の輸血とアメリカでは許可されていない
強心剤を含む様々な薬品と人工呼吸器に
高圧電流を流す改造電気ショック機を利用して。
ですが彼は魔王ホラー・ベルゼビュートに憑依されて!」
「生き返った?って……訳か?」
「もちろん、もう人間では無いがな」
「彼の魂は真魔界で多分、彼に既に喰われた様で。
それからラザロ処置はダ二アや仲間達によって隠蔽されました。
また仲間のほとんどは彼に喰われたようです。」
パーカーは「おいおい」と首を振った。
「なんて奴だ!彼女の仲間を食い殺した上に隠蔽なんて!
鋼牙も怒りで両拳を握りしめた。
魔導輪ザルバもカチカチと口を震わせた。
一方、ジルは何故か静かにクエントや烈花、鋼牙、
ザルバに悟られぬようゆっくりと確実に口元を緩ませた。
そして氷の微笑を浮かべた。
 
(第43章に続く)