(第51章)未来

(第51章)未来
 
閑岱・医務室に当たる小部屋。
鋼牙は全身を包帯でグルグル巻きにしたまま布団の上でしばらく
ガ―ゴイルが創った彫刻のジルそっくりの魔獣ホラーについて考えていた。
「ソフィア・マーカーはやはりあいつなのか?」
彼は自分の問いに対する答えを得ようと
セラエノ断章のページを何度も読み直した。
しかし残念ながらドラキュラ伯爵の正体がニャルラトホテプ
始祖ホラー、ソフィア・マーカーを産み出す能力以外、
詳しい情報は載っていなかった。
「うーむ」
鋼牙はセラエノ断章を閉じた。
その後、再び元老院の魔導図書館で借りて来た
魔獣ホラーに関する詳しい情報が載せられた分厚い本。
また数日前に園田優理亜事、セディンベイルがジルに渡した
『魔界黙示録』を何度も繰り返し、繰り返し、熱心に読みふけった。
鋼牙が熱心に本を読んでいると不意に襖をガラッと開け、翼が入って来た。
「失礼!鋼牙!少々マズイ事になりそうだ!」
「一体?何があった?」
「ジルはドラキュラ伯爵が残した言葉から
ソフィア・マーカーの正体を知りかけている」
「成程それは少しマズイな」
「ちなみにジルはドラキュラ伯爵が残した言葉はなんだと聞いた?」
鋼牙と翼の会話の隙間からザルバが話しかけた。
ちなみに昨日の夜、クリスはドラキュラが
ジルの耳に何かを囁いている様子を見ていた。
「『闇に囁く者』に肉体を与えてくれてありがとう!
君は彼女の母親だ!バベルの塔連中の防衛に役に立ったよ!』と。」
「闇に囁く者!!間違いない!ソフィア・マーカーの正体は!!
鋼牙!ドラキュラ伯爵事、ニャルラトホテプが書いた
『魔界黙示録』を読んで見ろよ!」
「成程、ソフィア・マーカーの正体と召喚方法
が書かれているかも知れない。」
鋼牙は魔界黙示録の分厚い本の表紙を開いた直後、
こんな文章が旧魔界語で書かれていた。
「ソフィア・マーカーは『闇に囁く者』
にして外神ホラーのシュブ=二グラスなり!」
「シュブ=二グラスは名前だけ前日、お前が持っていた
セラエノ断章を読んで初めて名前を知ったが……」と翼。
「うぬ、あやつは強大な力を持つホラーじゃ!」とゴルバ。
そして魔導輪ザルバの読み通り
ソフィア・マ―カーの正体がシュブ=二グラスだと示す、
旧魔界語の文章の後、、それの召喚方法が書かれていた。
「真魔界から人間界に呼び出すには
若い女性の肉体とドラキュラ事、ニャルラトホテプ
(もしくは賢者の石を自らの全身の体内に宿す者)
と交わり、若い女性の子宮をゲートに出現する。」と書いてあった。
「そう言えば?何故かオブジェになった
若い女性の肉体を模倣して姿を現す。
とか奇妙な噂が魔戒騎士や魔戒法師の間で囁かれていたな。」
「ワシもその噂は聞いた事があるが、
本当かどうかはわしも全く知らんのう。」
ザルバとゴルバは口を揃えてそう言った。
さらに次のページにはドラキュラ伯爵事、
ニャルラトホテプ明らかに人間の目に触れるのは
危険極まりない思想が旧魔界語で記されていた。
ザルバが日本語で直訳するとこうである。
「人間界の物質的な創造は全て
悪である魔獣ホラーが産み出したものである。」
「全ての人間や物体に陰我が宿りけり」
「人間達が人間界で生きていると言う事は
地獄で罰を受け続けている事と同じなり。」
「人間界や我々真魔界を創り出したのは始祖ホラーメシアでは無い。」
「本来はソフィア・マーカーから産まれた下級のホラー達なり。」
「人間の善悪の価値観はどうでもいい、
人間は我々魔獣ホラーの餌に過ぎない。」
「人間界と言う世界は地獄の檻の中」
人間は我々魔獣ホラーに飼われ続けている家畜に過ぎない。」
「そして人間達の魂が救われると言う事は永遠なかれ!」
さらに数ページをめくった際に鋼牙とザルバはこの魔界黙示録の内容が
かつてアラブの人間の詩人アブドゥル・ハザードが書いた
の内容に酷似している事に容易に気が付いた。
その証拠に多数の図表や星図が絵や文章で記載されていた。
ザルバは納得した様子でこう冷静に解説した。
「なるほど。これもまたキタブ・アル・アジフネクロノミコン
の6つ目の版の様だが……鋼牙!このキタブ・アル・アジフ
ネクロノミコン)は全30章全ての記述が揃った完本では無い。
全30章の内、記載されているのはたった2章分だけだぜ!
つまり不完全版だ!
恐らく奴はアブドゥル・アルハザードが最初に出版する前に
今まで現存するキタブ・アル・アジフネクロノミコン)の5つの版
とは別に旧魔界語のオリジナルのキタブ・アル・アジフネクロノミコン
から一部を複写したものに間違ない。それに賢者の石関連の記述だが。」
翼と鋼牙はザルバが指摘した賢者の石関連の
記述を読んだ途端、驚愕し、顔を見合わせた。   
 
バイオの世界・クイーン・ゼノビア
「あっ!あっ!あっ!あばばばばばばばっ!」
クエントは何故か白眼を剥き出し、なんか叫んでいた。
「おい!なんだよ!そのリアクションは?お前男だろ?しっかりしろよ!」
烈花は右掌で自分の下腹部を優しく撫でた。
「えーと、そっ!そうですね!」
クエントは白眼を元の茶色の瞳に戻し、少しどもりながらもそう言った。
ああーどうしよう?これ?いや!つい!流れでやってしまったけど……。
うーうーうっ。でも、私と付き合うにはこれしかなかった!
いや!そうだ!そうに違いない!そう思う事にしよう!
「何を頭の中で考えている?名前か?」
「あっ!はい!そう!そうです!そうですよ!」
クエントは戸惑い、焦り、またどもりつつもそう答えた。
烈花は笑顔になった。
「そうだよな!名前は何がいいと思う!」
クエントはうーんと唸り、深く考え込んだ。
「そんなに深く考える事か?」
「あっ!やっぱり!今……は……思い付かない……」
「そうか、もし思いついたら言ってくれ!
でも俺が向こう側(牙狼)の世界に戻る前に言わないと!
俺が名付けてやるぞ!」
そう言うと近くの丸椅子に腰かけた後、
不思議な言葉で子守唄を歌い始めた。
子守唄は今まで聞いた事のない言葉であり、
言葉の響きに大きくクエントの心が揺れた。
やがて自分の心に存在した戸惑いや焦り、
不安がゆっくりと消えつつある事に気が付いた。
それから自然に心が静まり、穏やかになって行った。
だがふと烈花は子守唄を歌うのを止めた。
「えっ?あれ?私?」
クエントは我に返った様子で周囲を見渡した。
「俺……いや……あたしは……」
烈花は自分が魔戒法師であり
『守りし者』であると同時に
『たった一人の成人の女』だと言う
自分の立場を認めた上で『あたし』と発言した。
しばらく二人は沈黙していた。
やがて烈花は静かに口を開いた。
「そう、あたしは一人の魔戒法師として女
としての役割を果たそうと思っていた。
それであんたを一人の女としてひたむきに守ろうと闘い続ける。
うーん、何て言ったらいいのだろう。」
烈花は自分が何を言いたいのか分からなくなり、また黙った。
暫くして烈花は口を開いた。
「つまりあたしは今まで魔戒法師で魔獣ホラーを倒し、
武器を扱える程の実力を持っていると思う。
けれどやっぱり!あたしは一人の女だ。大人の女性。
あたしは一人の女をひたむきに自分の命を懸けて守り、
生かそうとするお前の強くて美しい男らしい心に惚れちまったんだ!
お前を!クエント・ケッチャム!あたしは心から愛している!
お前となら、一緒にいてもいい!赤ちゃんも欲しい!
周りの奴らが何と言おうが関係無いよ!
俺はあんたの事もあんたの子供も愛するし!
責任を持って俺が立派に魔戒騎士や魔戒法師でも
俺とお前の心とそして技術、全てを教えて!育ててやる!だから……」
クエントが烈花を良く見ると顔を真っ赤にして、
両瞳から大粒の涙を流していた。
やがて彼は静かに口を開いた。
「分かりました!私も烈花さんを深く愛しています!
だから!烈花さんの言葉を信じましょう!」
気が付けば自分も顔を真っ赤にして両瞳から涙を流していた。
彼は心の底から感動し、嬉しかった。
だから彼は烈花と同じ位、泣いた。
そして自分の頭の中に以前闘った
魔獣ホラーアビスコアの台詞を思い出した。
「ある日、別々の世界に暮らしていた男と女は恋に落ちた。
しかーし、その恋は報われる事はないの」と。
エントは首を左右に振った。
続けて彼は時空の歪みから結婚式を
挙げたばかりの夫婦の幸せそうな写真を思い出した。
どうやら烈花も同じらしい。
「クエント、あの写真を持っているか?」
「はい!」クエントは自分の懐からあの写真を取り出した。
「この写真、何で時空の歪みから振って来たのか?
未だに分かりません。けれど……もしかしたら?」
「つまりあたしとお前は幸せになれる可能性があると言う事か?」
「はい、ひょっとしたら、
私とあなたの恋は実は未来が確定していないのかも知れません」
「未来が確定していない?」
烈花はキョトンとした表情でそうクエントに返した。
 
(第52章に続く)