(第52章)小芋(スモールポテト)その5

(第52章)小芋(スモールポテト)その5
 
翌朝、BSAA北米支部にあるジルのオフィス。
ジルはディスクに向き合い、
クエントが書いた報告書を黙って目を通していた。
目の前にはちょこんと寝不足で腫れぼったい眼をして、
今にも大欠伸しそうな表情をしたクエント・ケッチャムの顔があった。
ちなみに本物である。
「それで?あの『彼の精子を採取し、遺伝子検査の結果、やはり
ウォールブリスターミミックオクトパス、人間の遺伝子が検出された。
その為、産まれた5人の赤ちゃんは父親のダリン・ブラント氏の
遺伝子を受け継いでいる可能性あり』と。
一体?どうやって採取したのよ?」
「それは……非合法な方法で……」
「非合法な方法って、まあーいいわ!
事件の犯人は捕まったし彼の遺伝子内に
BOW(生物兵器)のウォールブリスター
遺伝子とミミックオクトパスの遺伝子が検出されているから
彼はこちらのBSAA北米支部に拘束し、監視する事になったわ!
勿論、貴方の言う通り対策済みよ!」
「これでどうにか事件はあらかた解決しましたね!あとは?えーと?」
「烈花が彼の事情聴取に!勿論独房の中よ!
出られないのは本人の自業自得よ!」
「そうですね。あと彼の身体を精密検査した結果ですが。
ようやく別人に化けるカラクリが解けました!!」
「どうやらそのようね!彼はえーと貴方の報告書によると。
彼は髪の毛から全身に至るまで身体全体に随意筋の層があり、
この随意筋を自由意思で伸縮させ、様々な人物に化けていた。
とあるわね。」
「はい!彼はこれを使ってジョンや他の妻の夫3人。
ブレイドのエリックや僕に化けて成りすましていたんです!」
「確かに彼の筋肉の顕微鏡写真には
光の屈折の関係で暗明の横縞が見られた。
間違いなく横紋筋ね!本来は主に骨格に分布していて身体を支えて、
運動を司るものだけど彼の場合は身体を支えて運動を司り、
しかも別人に変身する小さい頃に見たあの
ドラマの特異体質の人間そのものだったわ。
彼を改造した科学者はきっと私と同じドラマのファンかも知れないわね!
それと彼のウィルス検査も大分前に提出済みね!」
「はい!病院の方には黙っていました。
いらぬパニックを避ける為に仕方が無く」
クエントは急にばつ悪そうに口をモゴモゴ動かした。
「彼の体内からやはりB型T-エリクサーとTアビスが検出されました。
しかしどうやら2種類とも無毒化されており、伝染性はありません。
どうやら2種類のウィルスはベクター(運び屋)
として使用されていたようです。」
遺伝子治療の為の人体実験か?あるいは……」
「新型のBOW(生物兵器)の試作開発でしょうか?」
「多分、少なくとも無毒にしたとしてもまたT-アビスや
B型Tーエリクサー由来の病気を今後、発症しないとも限らない。
私が3組の御夫婦とあの子に説明して父親のダリンと
4人の赤ちゃん達にT-アビスとB型T-エリクサーの
混合ワクチン接種の準備を進めているわ!」
「ウィルスによる遺伝子改良は?」
「多分、残るんじゃないかしらね?一度遺伝子を改造されたら
もう一度、遺伝子治療を受けない限り、元の人間には戻らないのかも?」
「そうですか……困りましたね……」
「もう、そこは本人が反省してちゃんと普通の生活をして、
それこそちゃんとした大人の社会人として自立させるしかないわよ!
勿論、貴方の言う通り、一日3回の筋肉弛緩剤を投与して
変身出来なくしているわ!」
「そっ……そうですね……変身出来ないのなら……」
クエントは憂鬱になり、少し気持ちが沈んだ。
「大丈夫よ!こちらも聖ミカエル病院から
アシュリー・グラハム医師が定期的に来て、
自尊心を取り戻すカウセリングを行う予定よ!
今!先生とスケジュールの調整について
BSAA代表と彼の担当職員と相談中よ!」
ジルはクエントを安心させた。
 
BSAA北米支部の独房。
クエントと烈花の活躍により逮捕されたダリン・ブラントは
皮肉にも本物のクエントが閉じ込められていた同じ檻に入れられていた。
そこに一人の日本人の女が入って来た。
ダリンは事情聴取に来た烈花がまた戻って来たかと思った。
しかし入って来たのは自分がジョン・C・シモンズに成りすまし、
セックスをして妊娠させた芳賀真理だった。
真理はニコニコと愛らしく笑い、檻の外からダリンを茶色の瞳で見つめた。
「やっ!やあー君かい?もう退院したの?
もしかして本当はBSAA関係者?御免よ!
はえーともう『HCF』とか『R型』の事は話したんだ!」
「その帽子はお気に入り?」
真理に指摘され、「いや、これは」とダリンは慌てて説明を始めた。
「さっきアシュリー・グラハム氏が面会に来てね。
こいつを被っていれば自尊心が取り戻せるんだってさ!」
とダリンは赤い帽子を指さした。
赤い帽子には何故か『オクトマン』と書かれていた。
「そうー、お似合いよ!改めて見るとほんと間抜け顔ね!」
真理が笑ったのでダリンもぎこちなく笑った。
続けて真理は笑いながらこう言った。
「貴方って!本当に運が良かったわねぇっ!何故って?何故ならー?」
真理は静かに瞼を閉じ、再び開いた。
彼女の瞳は真っ赤に爛々と輝いていた。
続けて彼女が笑うと口は耳まで裂けた。
そして彼女の歯は無数の鋭利な牙に変形した。
ダリンは顔面から一気に血の気が引いた。
「あああっ!あっ!あんたっ!い、い、一体?何者?」
ダリンはガチガチと歯を震わせ、上ずった声で尋ねた。
「あたしの正体は魔獣ホラーよ!
太古の昔から貴方達人間の血や肉や魂や精気を喰らい続けた
鬼や悪魔のモデルとなった存在よ!
ねえ?だから運が良かったって言ったでしょ?ねーえ?」
真理はまだニタニタ笑っていた。
「貴方がジョン様のフリをしてあたしに近づいて擬態も完璧だった。
もし完璧じゃなかったら今頃、貴方の肉体はあたしが
ズタズタに引き裂いて!魂も身体から引き離して!
血を一滴残らず啜って喰い殺していたかも?うふふふっ!」
ダリンは顔を真っ青にガタガタと激しく全身を震わせた。
「あっ!あばばあばあ、どどどして?こここに?」
震えてしどもどろのダリンは真理に問いかけた。
「警告よ!それとお礼よ!」
「そっ!そそっ?あっ!ああ、ありが、がががが、とおおおおっ!」
真理は「はあー」と大きく溜め息を付いた。
「正直、貴方には感謝しているの。理由わね。
あたしね。貴方に会う前にジョン様にね。フラれたの。
一緒にいられないって言われたの。
それからあたしは凄く落ち込んでいてジョン様に変身した貴方に会って。
結局は騙されちゃったけれど。後で間抜け顔の冴えない貴方だと知って。
貴方の子供だと知って。何故か良く分からないけれど。
ふっきれたと言うかね。
自然と諦めが、未練が断ち切れたの!
あたしはあの子を育てるわ!但しホラーとしてね!」
「そ、そそそ、そんな?人間として……」
「残念だけどあの子は魔獣ホラーの遺伝子を持っているの。
母親が魔獣ホラーなのも調子に乗って相手を選ばなかった貴方が悪いのよ!
だから反省しなさい!まあー喰い殺されなかっただけでも感謝しなさい!
それに貴方とのセックスは最高だったわ!」
彼女はスーツとダリンに背を向けた。
「じゃ!さよなら!愛しのダリン!
しっかりと自尊心を取り戻しなさいよ!」
真理はそうダリンに告げ、彼女のいる独房を後にした。
ダリンはただ茫然とした表情で見ていた。
そしてこう思った。
これからちゃんと自尊心を取り戻そう。それでちゃんと自立しよう。
そうすればあんな怖い怪物に会わなくて済む。
多分、そう信じたい。いや外に出る時は気お付けよう。
それがいい。そうしよう。
間も無くしてダリンは力無くハハハッと笑った。
                                           
(終章に続く)