(第52章)禁術

(第52章)禁術
 
ジルは無造作に『黒炎剣』を青く輝く卵から引き抜くと
背中の黒い鞘にカチッと金属音を立ててしまった。
ジルはその場に屈んで青く輝く卵を拾い上げ、立ち上がると
青く輝く卵を掌サイズのコールドスリープ(冷凍冬眠)カプセルに大切にしまった。
更に無線を取り出し、誰かに報告した。
「こちらジル・バレンタイン!エロースの本体を回収した!」
すると無線からジョン・C・シモンズの返事が返って来た。
「ごくろうさま!すぐに秘密組織ファミリーの回収ヘリを地上に待機させる!」
「了解!すぐに地上に戻るわ!」
ジルはジョンと短いやり取りを済ませた。クエントはジルに近づくと説明を求めた。
「何故?貴方がジョンと??」
しかしジルは決して答えなかった。
ジルはそのまま無言でクエントに背を向けた。
「ゾイ!帰るわよ!これも全て私の心の中の魔女王ホラーのー。」
「ああっ!ああ……ルシファーだっけ?のおかげだな……」
ゾイは一瞬だけクエントの方を見た。するとジルはゾイにこう言った。
「あの人達、BSAAには知る必要のない事よ!」
「ああ……分かっているよ……」
ゾイは思いつめた表情を浮かべた。
「じゃ」とだけ言うとジルの後をついて行った。
こうしてゾイのジルは秘密組織ファミリーの回収ヘリに乗って
『R型』暴走事件が起こった洋館を後にした。
それからBSAAの医療チームと特殊部隊が2階建ての広い部屋に突入して来た。
その時、丁度、『R型・ローズ』がエロースの攻撃から母親の烈花を守ろうと
生成したあの2階分の大きさの無数の蔓が複雑に絡んだ緑色の壁は崩壊して消えた。
2階には助かった『R型・ローズ』と烈花が一階にいるクエントとBSAA医療チーム
特殊部隊に向かって「おおい!ここだ!」と叫び、手を振った。
それから特殊部隊が用意してくれた大きな長い梯子をクエントと医療チームは昇り、
ようやくクエントは烈花と『R型・ローズ』と再会を果たした。
『R型』は目の前にクエントと医療チームや特殊部隊が現れると
思わず怯えた表情を浮かべ、烈花の背中の陰に隠れた。
『R型』はおずおずと烈花の背中から顔を出し、
大勢の大人達を茶色の瞳でじっと見た。
それを見たクエントと烈花は『R型』を安心させようとこう告げた。
「大丈夫!全員!『R型』の味方だ!」と告げるとようやく安心した。
『R型』は多数の医療チームの中からあるイギリス人女性の姿が目に入った。
そのイギリス人女性は茶色の美しい瞳両首筋まで伸び、先端が少しカールした茶髪。
キリッとした細長い茶色の眉毛。間違い無く反メディア団体ケリヴァーの若村に
脅されてウィルスのワクチン製造をさせられたシャーロット・デューレだった。
「あっ!シャーロットお姉ちゃん!」
「よかった!とにかく無事で!本当によかったわ……ワクチンを打ってあげる!」
シャーロットは『R型』の無事を知り、安堵を浮かべていた。
『R型』は涙を浮かべ、静かに謝罪しようとしたが良い言葉が思いつかなった。
何故なら余りにも大勢の人間を虐殺した罪が重過ぎるからである。
仕方がなく『R型』はおとなしくシャーロットに小さな右腕を差し出した。
ふと『R型』はシャーロットから彼女のお腹に新しい生命が宿っている事
と更に彼女の体内に賢者の石とある魔獣ホラーの気配を敏感に感じ取っていた。
「お姉ちゃん!新しい命がお腹の中にいるのとね。バエルの気配を感じたの。」
「ねえ?バエルって?誰の事?」
「魔獣ホラーの事なの。でもお姉ちゃんの
お腹にいる新しい生命はシイナの子供なの。」
シャーロットは困惑した表情を浮かべつつも『R型』の小さな右腕の血管を確認した。
続けて『R型』の小さな短い上腕部をゴムチューブで縛った。
「ちょっと!痛いけど!我慢してね!」
にっこりと笑い、シャーロットは優しくそう言った。
『R型』は下唇をかみ、「うん」と黙って頷いた。
シャーロットはゆっくりと『R型』の腕に注射針を突き刺した。
やがてシリンダーの中に赤い血がゆらりと上がった。
続けてシャーロットはピストンをゆっくりと押して行った。
やがて真っ赤に輝くT-sedusa(シディウサ)
ワクチンの液体が『R型』の血管内部に消えて行った。
それから一分後。シャーロットは『R型』にこう質問した。
「大丈夫?気持ち悪いとか?吐き気とかない?」
『R型』も「ううん」と首を左右に振った。
しかし間もなくして『R型』は自分の体内で
T-sedusa(シディウサ)ウィルスの力が急速に弱くなって行くのを感じた。
続けて自分の中にある幾つもの能力が失って行くのを感じ続けた。
同時に『R型』は無数のプラントリーチを放ち、
他人にウィルスを感染させ、適合しなかった者を殺し、
ある程度適合させた者をプラントデッドに変える能力。
ウィルス耐性を持ち、ある程度適合して人間の姿を保った人間を
T-sedusa(シディウサ)を含んだ植物細胞の一部を脳幹や神経に
植え付けてその者の精神を支配して自由にコントロールする能力。
またプラントデッドや二次感染した動物達クリーチャーを自由にコントロール能力。
他にも感染者の超人化とプラントの生成能力。
これらが全て失った事を漠然と理解した。
「これで?あたしも普通の女の子?」
「ああ、そうね。私と同じ普通の女の子よ。もう若村の殺人兵器じゃないわ!」
シャーロットは『R型』の繊細な心を傷つけないよう少し言葉を選びつつも答えた。
「でも……」と言いかけて黙った。
「そういえば!好きなテレビ番組って何んだったっけ?」
機転を利かせたシャーロットの質問に『R型』はポカンとした表情を浮かべた。
「えっ……でも……」
『R型』は茶色の瞳をキョロキョロさせ、顔をうつむいた。
「もう!若村のあの偏った自然主義の教えなんか気にしないで!観てもいいの!
ただし!この世界の。そう貴方の真の母親の烈花さんやクエントさんやゾイさんが
命を懸けて守り抜いたこの世界のきちんとした約束事を守れるなら
好きなテレビ番組は観てもいいのよ!」
すると『R型』はパッと表情が明るくなった。
しかしすぐに表情は暗くなった。
「でも……約束事って?難しいの?」
「大丈夫!難しいと思う事は私や烈花さん、クエントさんや
他のBSAAの大人達が分かりやすく教えてあげる!だから心配ないのよ!」
「もしかして?BSAAの医療チームに入ったの?」
『R型』が質問するとシャーロットは笑顔でこう答えた。
「貴方の担当医師としてスカウトされたの」と。
一方、クエントも無事、烈花と再会していた。
「とにかく終わりましたね!全て!」
「ああ、どうにかな!」
そう言うとクエントと烈花はお互い笑い合った後、静かにお互い抱き合った。
間も無くして2人はお互い唇を重ね、軽くキスをした。
キスの後、烈花は笑顔から一変、真剣な表情に変わった。
「エロースを倒している間、一階で何が起こったんだ?」
「はい!実はジル・バレンタインさんが漆黒の牙浪剣に似た
『黒炎剣』と全身の細胞から賢者の石が放出されて
形がロンギヌスの槍とかに変わってですね。
あのエロースに取り込まれた赤い特殊なガスを放出する器官になった
60人の女性達をエロースから分離させて生き返ったのですが。
後はロンギヌスの槍から真っ赤に輝く賢者の石の力でエロースの活動が抑制されて。
残りはゾイと私のロケットランチャーでトドメを刺しました。
黒炎剣がはデスメタル(死)の象徴で生と死の対立がどうのこうのと」
「成程!成程!じゃ!まさか……ジルが……」
烈花は両腕を組み、考え込んだ。
「と言うと?まさか?向こう側(バイオ)の世界では無くて
真魔界にあるっていう『魔界黙示録』でしょうか?」
「もしかしたら違うかもしれんな……」
「違うというと?まさか!あの禁断の書!!」
「ああ!もしかしたら?エロースを封印した方法は。
真魔界黙示録』に複写されたものではなく。
アヴドゥル・ハザードが出版した5つの版とは別の旧魔界語のオリジナルの
『キタ・アル・アジフ』から禁断の知識を得た可能性があるな。」
「具体的に禁術の方法は?」
「悪いが俺もほとんどの魔戒法師達や元老院付きの魔戒法師達は
闇に堕ちるのを恐れて発禁され、読むのを厳しく禁止されている。
だから残念ながら俺も知らない。」と烈花は申し訳なさそうに頭を下げた。
「やはり、キタ・アル・アジフのもので……」
クエントも魔界の知識や禁術は専門外なのでどうしても困ってしまった。
 
(第53章に続く)