(第41楽章)愛情と悲しみと憤怒と憎しみと悲しみよ。

(第41楽章)愛情と悲しみと憤怒と憎しみと悲しみよ。
 
ニューヨーク市内、セントラルパークの広場。
黄金騎士ガロ、いや魔獣ホラーを狩る
魔戒騎士の仕事に私情を持ち込むのは許されない。
もちろん!それでは駄目なのは重々承知だ!!俺は黄金騎士ガロ!!最高位の魔戒騎士!守りし者なのだ!決断しろ!手遅れになる前にっ!
例えシャノンに恨まれようとも!怒りをぶつけられようとも!
全ての怒り!恨み!悲しみのシャノンの感情を
全て受け入れて!今!こいつの陰我をここで断ち切る!
鋼牙はゆっくりと黄金の狼を象った仮面の緑色の宝石のような瞳で
泣き出してクシャクシャで真っ赤なシャノンの顔を見た。
やがて僅かに首を左右に振り、静かに言った。「すまない!」と。
続けて鋼牙は意を決し、両腕を勢いよく真上に振り上げて振り下ろした。
シャノンの目にはそれがまるでスローモーションのように見えた。
そして鋼牙が振り下ろした牙浪剣の両刃の長剣の先端はスローモーションで
魔獣ホラー・バエルの事、アレックスの急所に当たるであろう
エンジンやバッテリー等の部品を組み合わせて作り出した時計仕掛けの
赤いハートに深々と勢いよく突き刺さった。
同時に魔獣ホラー・バエル事、アレックスは甲高い悲鳴を長々と上げ続けた。
「ピイイイイイイイイイイイイイッ!!」
間も無くして今度は赤いセダンの姿から15歳の少年のアレックスの姿に戻った。
そして大の字に冷たいアスファルトの床に仰向けに倒れた。
アレックスは満足だった。何故なら寄る辺の女神のジルとの欲情を叶え、
沢山の純粋な人間の女とヤリまくり、子供をたくさん作り(多分500人位か?)
それでもー。シャノンやエミリーの間に本気で愛した女との間に子供が出来たのだ。
しかも現世に復活する時も俺は俺でいられる。
そしてきっと今度は寄る辺の女神と永遠のセックスと
子供を産ませ続けられる可能性が約束された。
でもシャノンとエミリーとは幸せにはなれない。
唯一それだけがとても残念で仕方が無かった。
せっかくエミリーとシャノンの間に可愛い子供が出来たであろうに。
その生まれる瞬間や子供と一緒にいる時をシャノンとエミリーと
共に過ごせないのは本当に残念だと思った。すると俺は泣きたくなった。
クソ!クソったれ!俺が選んだ悪の道はこれでいいのか?
こんな風にして人間としての俺の人生を終えちまっていいのか?
もう何も手遅れだがな。クソっ!クッソっ!畜生!畜生!
俺は自分に腹が立って仕方がなかったが陰我を断ち切られた
自分の肉体が保たれるのはもう長くないと言う事を感じた。
そしてアレックスはコンクリートの床に座り込んで顔を
クシャクシャにしているシャノンの顔とお腹を見た。
そして俺は意識が消える刹那、俺は自分の女達のお腹とエミリーと
シャノンのお腹に宿った子供達の存在を感じ取りながら彼女と子供達の
幸せを誰よりも深く、深く、強く、強く可能な限り願い続けた。
やがてアレックスはゆっくりと安らかな表情になって行った。
間も無くして自らの身体を希望の光のように黄金の美しい粒子に変えて、
一筋の光の柱となって高く高く天へと昇って行き、完全に消滅した。
そのアレックスの最後を見たシャノンは大きく口を開けた。
続けて自分でも驚く程の甲高い声で一言叫んだ。
「ダメエエエエエエエエエエエエエッ!!」
続けてシャノンは魔獣ホラー・バエル事、アレックスに止めを刺した
冴島鋼牙を榛色の瞳で激しく睨みつけた。
徐々に彼女の榛色の瞳は殺意の色に染まって行った。
鋼牙はシャノンからの殺気を感じつつもあえて自らの意志で鎧を解除した。
理由はこのソウルメタルと言う人間の強さに反応して重くなったり
軽くなったりする特殊な金属で通常の人間がこの鎧に軽く触れるだけで
皮膚が切断されて怪我をする危険があるからである。
もし、まともに全身を鎧にぶつけようものなら大けがは免れない。
魔戒騎士も法師もどんな状況だろうと命の危機であっても
決して人間を傷つけてはいけないと言う鉄の掟があるのだ。
彼らが鎧を纏い魔戒剣や魔導筆で戦うのは狩るべき敵である魔獣ホラーだけである。
鋼牙は魔戒騎士としての鉄の掟を
当たり前のように守る為、黄金騎士ガロの鎧を解除した。
鋼牙の頭上に黄金の輪が現れた。
続けて黄金騎士ガロの鎧は吸い込まれるように
彼の頭上に現れた黄金の輪の中に消えた。
鋼牙は元の茶髪の白いコートを着た男の姿に素早く戻った。
その瞬間、シャノンは自分が愛していた魔獣ホラー・バエル事、アレックスを
目の前で「切らないで!」と涙目で叫んだのにも関わらず切られ、
殺された時に心の底から湧き上がって憤怒と憎悪を爆発させた。
シャノンは甲高い声で絶叫し、思いつく限りの罵声と呪いの言葉を吐き散らした。
同時にシャノンの右腕のみ急激に純白の分厚い鎧に覆われた。
更に右手から5本の真っ白で鋭利な鉤爪が生えた。
「おい!マズイぞ!鋼牙!あの女から強い賢者の石の力だ!」
危険を感じた魔導輪ザルバは鋼牙に警告した。
しかしそれよりも早く目にも止まらなぬ動きでシャノンは立ち上がった。
続けて右手の5本の真っ白で鋭利な鉤爪の先端を鋼牙の喉笛に突き付けた。
続けて目にも止まらぬ速さで右腕を左斜めに高速で伸ばした。
更に右手の真っ白で鋭利な鉤爪で鋼牙の喉笛の皮膚を刺し貫いて殺そうとした。
そして右手の真っ白で鋭利な鉤爪で鋼牙の喉の皮膚に高速で迫って行った。
しかし。ガシッ!と彼女の右手首を誰かが掴んだ。
シャノンは驚きの苛立ちの混じった恐ろしい表情で
自分の手首を掴んだ者を素早く見た。
それは先程、目にも止まらぬ速さでヴィシュヌフォームの鎧を解除し、
右手を伸ばしてシャノンの右手首を掴んだジル・バレンタインだった。
そのおかげでシャノンが高速で伸ばした右手の真っ白で鋭利な鉤爪は鋼牙の
喉元僅か1cmキリギリで止まり、刺さらずに済んだ。
するとシャノンは目の前で愛する人(厳密には人間では無くホラーだが)
殺された憎悪と憤怒に完全に精神を支配され、我を失い、
狂気と殺意に駆られた榛色の瞳で自分の邪魔をしたジル・バレンタインを睨みつけた。
シャノンの表情はまるで悪魔か鬼のようでホラー並みの恐ろしい表情をしていた。
そして甲高い獣の咆哮と叫び声と言葉をジルにありったけぶつけた。
「邪魔しないでえええっ!そいつを殺すの!殺してやるの!許さない!許さない!
殺してやる!殺してやる!死ね!死ね!死ね!しねええええええっ!死ぬのよ!死ね!
ウキャアアアアアアアアアアアアアアアッ!グオオオオオオオオオオオオッ!!」
「いい加減にしなさいっ!」
ジルは力強く鋭い厳しい口調で一喝した。
するとシャノンはジルに一喝されて正気に返った。
彼女は我に返り、ジルの声に驚き、ビクンと全身を震わせた。
そしてシャノンの表情から憤怒と憎悪は消えていないもののジルの声に圧倒され、
茫然とした様子で凶器と殺意が綺麗さっぱり消えた榛色の瞳でジルを見た。
一方鋼牙はシャノンの一連の行動に対して一切動じないばかりか怒る事も
不快感を示す事もましてや彼女の行為を非難する事さえしなかった。
鋼牙は茶色の瞳でシャノンを見ると静かに口を開いた。
「今のあんたは俺に対して憎しみと殺意を向けて俺を殺す事が出来る。
つまり『犯罪を犯す権利』『人を殺す権利』があると言う事だ!
それは感情を持つ俺やあんた。人間本来が持つべき権利だろう。だがな。
今、あの魔獣ホラー・バエル、いやアレックスの子供があんたのお腹にいる。
いずれは新しい生命として産まれるだろう。今ここで俺は問う。
これから産まれてくる赤ちゃんを育てるのに
本来人間が持つべき2つの権利は今必要なのか?」
鋼牙にそう問われるとシャノンの表情が一瞬戸惑いの表情に変わった。
そしてシャノンは反射的に自分のお腹を見た。
今この男を殺せば復讐できる!すぐに恨みを晴らせるっ!でも!この男を殺せば……。
母親は『人殺し』このお腹の子の幸せには……。
シャノンは思わず復讐か?我が子の幸せを選ぶか迷った。
その時、ジルはさっきとは打って変わって穏やかな優しい口調で
シャノンを落ち着かせるようにゆっくりとはっきりと語り掛けた。
「確かにどちらか迷うわね。復讐が我が子の幸せか?
貴方がどちらか選ぶかは貴方自身が決めるの。
ただこれだけは言わせてくれないかしら?いい?
自分も娘と息子がいるのよ。私の場合はバイオテロに対して。
悪人に対して。選民思想者に対して憤怒と憎悪を持っているわ。
でもだからと言って子供の幸せと大人になるまで
育てる事をないがしろにしたりしないわ。
子供は一度産んだらその心の中に抱えている憤怒や憎悪は抑えて、
とにかく子供をちゃんと自立させて幸せな生活を送れるように
大人になるまで最後まで育てないといけないのよ。
いいかしら?子供を育てるのに必要なのは復讐心でも憤怒でも憎悪でも無いの。
子供に必要なのは愛情と最後まで責任を持って大人になるまで子供を育てる覚悟なの。
育て方を間違えたらその子供は大人になって誰かが気に入らないと言う理由で
復讐して人間を殺してしまうかも知れないし、反メディア団体ケリヴァーのように
自分達大人達が気に入らないと言う理由で自分の価値観を押し付けて
子供達の意見や思いを一切聞かずに一番大事にしていたゲームやテレビやDVDを
取り上げられてアニメもドラマも何も見られなくなって悲しみと憎悪で大人を信用せず
今度は大人達に隠し事をして好きなDVDやゲームやテレビを手に入れる為に
他の人間を暴行したり、殺したり、万引きをしたりするかも知れない。
そんな事をこれから産まれる子供にさせないように今の貴方が
お腹の子供の為にしっかりしないといけないの。」
シャノンは鋼牙とジルの言葉を聞きようやく諭された様子で今度はまた顔を
くしゃくしゃにして真っ赤な顔で両目下から大粒の涙を流し、ポタポタと
冷たいコンクリートの床に落ちた。そして両手で顔を覆いつくした。
それから子供のように「うわああああああっ!」と悔しさと悲しさで泣き崩れた。
彼女はコンクリートの床に正座した。それからしばらく大泣きを続けた。
アヴドゥルはその鋼牙とジルとシャノンのやり取りの話を聞き、
鋼牙を殺そうとするシャノンをジルが止める光景を目の当たりにし、
明日の自分達がやろうとしている爆弾テロを思い返した。
そして自分にも2つの選択があった。
神の意志におけるお告げに従い、神の王国に行く為に爆弾で
罪の無い普通の暮らしをする大勢の子供達や大人達を殺す権利』
『神の意志におけるお告げに従わず、神の王国に行く事を拒否し、
爆弾で罪の無い普通のの暮らしをする大勢の子供達や大人達を殺さない権利』
の間で大きく揺れ動いた。アヴドゥルはどちらの選択が正しいのか
迷いすぐに決められなかった。「俺はどっちが正しいのかよく考えないと……」
そうつぶやくとアヴドゥルは白いバイクに乗った。
「貴方!ちょっと待ちなさい!」と呼び止めた。
鋼牙も「待つんだ!君!」と呼び止めた。
しかしアヴドゥルは白いバイクのエンジンを掛けるとブウウン!
と音を立ててあっと言う間に走り去り、夜の闇に消えた。
その時、「やあ!ご苦労様!」と鋼牙とジルの背後で声がした。
2人は不意を突かれて振り向くと目の前に四角い眼鏡をかけて
赤いスーツを着たBSAA代表の男のマツダ・ホーキンスが立っていた。
マツダBSAA代表!いつの間に??」
「気配がなかった……あんた?一体?何者なんだ?」
やがてマツダBSAA代表はあのアヴドゥルと言う男は既にBSAA医療チーム
に止められてウィルス検査を受け、結果は『ウィルスは陰性で健康に問題は無い』
と医療チームの医師から報告を受けている事を伝え、鋼牙とジルはほっとした。
 
(第42楽章に続く)