(第56楽章)中庸の道を行く者に訪れる試す者の試練。

(第56楽章)中庸の道を行く者に訪れる試す者の試練。
 
ニューヨーク市内にあるチェルシー地区にある道路。
アヴドゥルは10秒前に今にも爆発しそうなプラスチック爆弾の入った紙袋を
両手で抱えて必死に人々や街を守る為にあのおしゃれなレストランを飛び出し、
どうにかしようと走り続けていた。しかし幾ら走っても川は全く見えて来なかった。
どうしても間に合わないっ!このままじゃ!僕も周りの人達もたくさん死ぬ!
どうすれば?畜生!落ち着け!何か方法がッ!
アブドゥルは爆弾の入った紙袋を両手で抱え走り続け、
必死に何か用方法を考え続けた。
しかし頭がパニックになり、思いつかなかった。
そしてアヴドゥルが必死に両手にプラスチック爆弾を抱えて走り続ける様子を
近くの道路の電柱のてっぺんに立ち、茶色の瞳で見つめる一人の女性の姿があった。
HCFのスパイのリー・マーラである。
しかし今は既にリー・マーラの人格では無く別の人格に変わっていた。
そしてリー・マーラと違う別の人格をアヴドゥルの脳裏に直接何かを語りかけた。
その口調は厳格かつ厳粛な雰囲気を纏っていた。アヴドゥルは全身を震わせた。
「神の秩序に偏る事無く自らの意志で何が正しいのかを決め。
一人の人間として自立し、自らの足で歩み出た勇気ある若人(わこうど)よ!
神の秩序を拒み!天使や大天使、信者となった人々が悪魔の子と宣う
ごく普通の生活を営む平和な人々の暮らしを守るのに値するかどうか試してやろう!
『汝が目を瞑り、瞑想すれば一瞬で1000キロ先の川辺まで運んでやろう』
と言えば汝は如何とする?その身を以て証明せよ!」
それを聞いたアヴドゥルはこの声の主が自らの名前を名乗らない存在に
彼は自分を騙して誘惑する魔王サタンでは無いか?と疑った。
そして心の中に信じていいものか?どうすればいいのか?
信じるべきか?信じざるべきなのか?しばらく葛藤し続けた。
だけどこのまま葛藤し続けてもいずれ時間切れになる。
そうなれば僕も周りの人々も爆死する。僕の決意も水の泡だ。何の為に決意したのか?
しかし信じたところで。そんな超能力を使えるのだろうか?
ただ僕の魂が欲しくて迷わせて殺すつもりだろうか?
そして僕の魂と周りの人々の魂を地獄へ運び去るつもりだろう。
しかも信じないつもりでいたアブドゥルは時限爆弾の時計を見て恐怖を感じた。
死の恐怖で全身を震わせ、危うく持っていたプラスチック爆弾の紙袋を落としかけた。
そう時限の時計は。既に10秒前だったのだ。
「ヤバい!ヤバいっ!爆発まで時間がっ!くっ!仕方が無いっ!
この判断が善いか悪いかは知らん!だが!信じてみよう!
一か八かの賭けだ!失敗したあの世で神の裁きを受けよう!」
アブドゥルはようやくそう結論付け、直ぐに信じ行動した。
彼は直ぐに静かに瞼を閉じた。そして心を無にした。
つまり彼は―。瞑想したのである。
間も無くしてキーキーンと言う甲高い耳鳴りがした。
やがて彼は時間の感覚が分からなくなった。
しかも耳鳴りは続いていた。でも意識ははっきりとしていた。
しばらく目の前が真っ暗になっていた。
間も無くしてアヴドゥルは静かに目を開けた。
すると目の前に岩の床とサラサラと流れる音と共に川が見えた。
そう!彼は確かにリー・マーラのいや、何者かの超能力で
1000キロ先の皮の岸辺に立っていたのだ。
すぐさまアヴドゥルは時限爆弾の時間を確認した。まだ爆発5秒前だった。
アヴドゥルは周りに人がいないのか確認した。
すぐさま渾身の力でプラスチック爆弾の入った紙袋を川の中に投げ入れた。
やがてプラスチック爆弾は川の底で起動した。
ズドオオオオオオオン!と言う音と共に爆弾は川の中で大爆発を起こした。
同時にバシャアアン!と大きな水柱が立った。
幸いにも周りには人もおらず、川の中も無事だった。
こうして彼の勇気ある行動によってイスラム系テロリストが仕組んだ
レストラン爆弾テロ事件は奇跡的に死傷者も怪我人も
ゼロとなり、多くの人々が救われた。
そんな事を考え、ただ驚き、茫然の表情でアヴドゥルは立ち尽くしていた。
その時、彼は背後に気配を感じた。アヴドゥルは思わず背後を振り返った。
すると背後にはあのHCFのスパイのリー・マーラがいた。
「うわっ!誰?もしかして?あんたが?」とアヴドゥルは驚きの余り、後退した。
それからリー・マーラは茶色の瞳でアヴドゥルの方を見ていた。
彼はその女から放たれるただならぬ眼光に全身が縛られた。
間も無くしてリー・マーラは静かに口を開いた。
それは確かに厳粛な雰囲気を纏った口調だった。
彼女は拍手こそしなかったものの彼の一連の行動を褒め称えるようにしゃべり始めた。
「神の秩序に偏る事無く自らの意志で何が正しいのか選択し、
自立し、一人で歩み出した汝を祝福しよう!
我は試す者にして検察ホラー・ハ・サタン!!」
彼女はアヴドゥルにそう名乗ると急に目の前から消え去った。
それも何も音も立てずに静かに。どうやら立ち去ったようだった。
アヴドゥルは緊張の糸が切れてしまい、ぺたりとその場に座り込んでしまった。
やがてパトカーのサイレンの音が聞こえた。
そして多数のニューヨーク市警のパトカーと
FBIとSWATの特殊部隊や警察が駆け付けた。
アヴドゥルはそのまま素直にうつ伏せにその場に伏せた。
すぐさま彼はFBI捜査官と警官により手錠をかけられ、逮捕された。
彼は護送車に乗せられ、ニューヨーク市警に運ばれた。
それから彼は取り調べにもきちんと応じた。
彼は仲間のアジトの住所も爆弾を作った事実も全てFBIや警察に白状した。
彼の供述通り、住所の空き家に彼のテロ成功を前提に犯行声明の動画撮影準備を
していたところをFBIや警察が乗り込み、全員一人残らず逮捕された。
ちなみ逮捕の瞬間は動画用のカメラにばっちりと映っていて録画されていた。
そう、イスラム系テロリストの犯人達がお得意の犯行声明を読み上げる姿を
撮影する筈がイスラム系テロリストの犯人逮捕の
瞬間を撮影した動画になったのはもはや皮肉と言う他ない。
それからニューヨーク市警の拘置所に全員入れられた。
やがて仲間達は口々に自分達や神を裏切ったアヴドゥルを一斉に糾弾し始めた。
仲間達は自分達や神の秩序やアッラーの命令に背いた大罪を罪状として
このジハード(聖戦)で起こる筈の無い神に対する反逆についての責任を
問いただして咎めた。しかしアヴドゥルは
「自分がさっきあの場所で自分が正しいと思った事をしたから。
テロリストのあんた達の罪状と責任は知ったこっちゃない!」と逆に反論した。
そして自分は正しい事をした。
テロリストの仲間達に神の裏切り者だろうが何だろうが。
石を投げられようが自分が正しいと思った事は信じる!
アヴドゥルはそう自分の心の中で結論付けた。
さらに彼は仲間のテロリストの意見は一切聞く事も無かった。
一方、仲間達は神を信じ自分達を信じてくれていた筈のアヴドゥルが何故?
そんな事をしたのか?理解出来ず、
失望と怒りの眼差しを向け、獣のように唸り続けた。
その目を見ていたアヴドゥルは皮肉交じりにこう思った。
「まるで獣だな!彼らこそ悪魔に騙されていたんだな!」
そして昼のニュースにはチェルシー地区のレストランで爆弾テロが発生したが
しかしテロリストでテロの主犯格の男が突然「爆弾だ!みんな逃げろ!」と叫び
それから爆弾を持ってレストランを飛び出し、更に川に投げ捨ててレストランの大勢の
客達や多数の住民の命を救った事により、悪人である筈のテロリストの男は一転して
ヒーロとなったと言う内容のニュースが報道された。
ジルの自宅でも一時的にゲームを実況を分割して休んでいる間に
テレビのニュースでその出来事を知った。
「凄いなぁー」とモトキ。
「テロリストが人を救うなんてスゲエな!」とダーマ。
「この人、家の近くで見た事があったわ!」とアリス。
するとモトキとダーマは驚いた表情でアリスを見た。
「えっ?見た事が?」
「でも!えーつ!」
アリスは思い返す様にモトキとダーマにこう言った。
「あたしも気になって話しかけようと思ったんだけど。すぐに逃げちゃって……」
「ダメだよ!怪しい人に近づいちゃ!」
「ヤバいって!ママに言ったの?」
「ううん!」アリスは首を左右に振った。
「危ないなぁー」とモトキは呟いた。
「いいかい!怪しい人を見つけたら不用意に近づいちゃ!」
「絶対駄目だよ!フィッシャーズのモトキとダーマの約束だよ!」
「はーいっ!」とアリスは渋々答えた。
モトキとダーマは「ふうーっ!」と安堵の表情を浮かべた。
 
ジルはBSAA北米支部の休憩室で気になるニュースが
あったので何とかくそれを観ていた。
それは以前、車のラジオニュースで聞いたジェルリック神話についてである。
どうやらあのエジプトの首都のカイロで発見された石碑の未解読だった
部分が判明したらしい。それによるとー。
「青き竜王のエロースが宇宙の卵となった後。創造主であり。
全ての生命の女神『ジェル』と男神ベルと男神バル、緑の千眼の蛇アナンタ。
紅き龍王セイタン、太陽神ルキフェルはかつて旧き創造主を討ち滅ぼすべく
男神ベルによって選ばれた純粋な人間の女にして神をも殺す力を持つ人間は
彼らと共に闘い、そして天の使い達は悪霊として全て打ち滅ぼされ、
宇宙の卵の中で悪魔達の霊球を全て砕き、新宇宙が生まれる前に旧創造主は大悪魔
として存在を創造神ジェルと神殺しとなった
純粋な人間の女の手によって抹消された。」
そのテレビのニュースによればジェルリック神話の物語を描いたこの文章は
多くの宗教家達を驚愕させ、同時に困惑させ、大混乱を招いたようだ。
つまり、そもそも旧き創造主や天の使いはもしかしたらキリスト教
ユダヤ教の唯一絶対神と天使達ではないか?
と言う憶測がネットやSNSを通じて全米で騒ぎになっていた。
そんな騒ぎの中、キリスト教ユダヤ教の関係者や神父達は
それを全否定する文章をテレビのニュースで公開した。
ジルが休憩室で見ているテレビの別のニュースでは
バチカンローマ教皇も『これらは全て虚造である。出鱈目だ』
と声明文で発表した。更に他のキリスト系の新興宗教の人々も
『この古代文章は大悪魔サタンが人々を騙す為に作り出したデマだ!』と主張した。
その上で『悪魔の誘惑に乗ってはいけない!神こそが我々の味方であり!
信じれば必ず救ってくれるのだ!』と周囲の人々やテレビの前に人々にそう訴えた。
 
(第57楽章に続く)