(第9章)汝一切の望みを捨てよ

(第9章)汝一切の望みを捨てよ

 

「おい!ようやく!あの『新型T-エリクサー(仮)』の試作ワクチンが

出来たらしいぜ!これでエレナも大丈夫だな!」

「よっ!よかった!一応妊娠した時は驚いちゃったもんね!」

「確か事故はいつだっけ?えーと!!いつだっけ?」

「あのえーとスーパープレイグクローラー精子と彼女の卵子が受精してもう8週目

だから大体、2か月前だね!!もう2か月経って

彼女のお腹の中で胎児になっているな!」

「じゃーあの事故から2か月経ったのか。でもワクチンがあればもう安心ね!」

「あとはその彼女とスーパープレイグクローラーの子供が人間らしく育つといい」

「おいおいお前ら!何やっているんだ!仕事だ!仕事!早く他のBOW(生物兵器)の

エミリーネーターやハンターα、リッカーやケルベロスに餌をやれ!

ついでにあそこのコンテナの『新型T-エリクサー(仮)』を投与されて

これからプラントデッドになるあそこの新入りにも餌をやれ!」

「はーい!ボス!」と一人の男が返事をするといきなり生の牛肉を皿に乗せた。

更に小太りの男が覗いている細長い投入口に放り込んだ。

小太りの男は丸々と太った真っ赤で生の牛肉を見るなり激怒した。

「おいおいおいおい!ふざけるな!ふざけるな!俺様は天才なんだぞ!

こんな生肉なんか喰えるか!まともなのをよこせ!さっさとよさないと!皆殺しだ!」

しかし小太りの男の怒鳴り声はコンテナの外にいる飼育係の男女に聞こえただろうが

全員無視していた。今やハンターαやエミリーネーター、リッカーやケルベロス

餌をやる仕事で忙しさの余り、誰一人コンテナの中の小太りの男の

言う事を無視するか失笑した。やがて小太りの男は肉体の異変に気付いた。

なぜかおかしな異変だった。少なくとも小太りの男にとっては。

どうやら既にあの『新型T-エリクサー(仮)』の症状を発病していたようだった。

小太りの男は全身をぼりぼりと掻き続けた。

「ああっ!かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!いらいらするっ!

物凄くかゆい!しかも!右腕に!なんだ?植物の茎みてえな腫物が出来てやがる!

ふざけるなあっ!!頭がぼーつとする!熱あるかもな!

しかしそんな事はどうでもいい!

かゆい!かゆい!おい!おい!なんとかしろ!

かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい!

かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!かゆいいいいいいいっ!」

そうやって叫んでいる内にいきなり自分が閉じ込められているコンテナの外で

若い飼育員の声が聞こえて来た。それはまるで酒にでも酔った口調だった。

「あれ?なんだかいい匂いがするんだけど?なにかしらぁっ?」

「んっ?アンナ!おいおいおい!何してんだ!バカっ!!」

「ああっ!ヤバい!ヤバい!ヤバい!スーパープレイグクローラーのコンテナだぞ!

何してんだ?えっ?コンテナの隙間から?

凄い甘ったるい匂い?何言ってんだ!コラ!止めろ!」

やがて扉の開く機械音がした。するとたくさんの飼育係の男達の声が聞こえた。

それに交じってアンナと言う名の女性飼育員の声も聞こえた。

「ああっ!お願い!離して!離して!入るの!入るのおおっ!」

「おい!アンナ!正気に戻れ!一体!どうしたって言うんだ!」

「くそっ!しっかり両腕を押さえておけ!遠ざけるぞ!!」

「離せ!離せ!離せ!スーパープレイグクローラー!こっち来て!!」

「この馬鹿野郎!呼ぶんじゃねえっ!」

更に甲高い鳴き声が長々と聞えて来た。

続けてヒュッ!ヒュッ!と空を切る音が聞こえて来た。

「うわっ!危ない!」

「危ない!避けろっ!」

「あっ!しまった!くそっ!アンナ!マズイコンテナに入ったぞ!」

「止む負えない!扉を閉めて!ロックしろ!」

更にズルズルと引きずる音と何かを破く音。

間も無くして扉はロックされて「完全密封完了」のアナウンスが聞こえた。

そして何も聞こえなくなった。

それと自分が閉じ込められているコンテナの中で小太りの男は全く訳が分からず。

ただただ訳の分からない理解出来ない出来事に生まれて

初めて言いようの無い恐怖を感じた。

小太りの男はなぜかコンテナの中に置かれていた赤く錆びれた机のある方に走った。

小太りの男はボロボロの椅子に座った。

そして激しく震える指で置かれていたノートを開いた。

小太りの男はボルーペンで自分の身に起きた出来事とさっきの出来事を書き始めた。

きっと恐怖を紛らわせたいに違いないと自分で思った。

「2025年。6月10日。

俺は『正義の男』と呼ばれ、ネットの動画やブログにくだらない

記事や動画を投稿している連中の論文を論破して正しい方向に導いている。

ある日、俺は俺の論文の論破を邪魔する男を殺してしまおうとした。

つまり正義の裁きを下す為に。しかし俺よりも良い武器を持っている連中に

殴られてこの鉄錆と血の混じったコンテナの中にいやがる。

クソったれ!何故?俺はこんなところにっ!あいつがここにいるべきなのに何故?

何故?俺がッ!しかも何で全身がバカみたいに物凄くかゆい、かゆい、いらいらする。

とにかくイライラ。しかも右腕に植物の茎みてぇなでっけえ腫物が出来てやがる。

しかも頭がぼーつとして熱があるようだ。

更にコンテナの外で「甘い匂いがする」といかれた女がほざいて

『スーパープレイグクローラー』のコンテナに入っちゃって。

スゲエ騒ぎになっているよ。うるさくてかなわねえ。

コンテナの中で何をしてんのか想像したくねぇ。

でも気になるなー。どうすればあのコンテナの中を見れるだろうか?」

書き終えた小太りの男は丁度目の前にある『スーパープレイグクローラー

と飼育員の女性のアンナの入ったコンテナの中を見ようとコンテナの壁に備え

付けられたのぞき窓(しかも強化ガラスで全然割れねえ)から目の前の

たまたま『スーパープレイグクローラー』と飼育員の女性のアンナが入った

コンテナの覗き窓を通してコンテナの中を観察した瞬間、

みるみると顔を真っ青にした。

そして両目を丸く見開き、口を開いて全身が震え出した。

更に全身を激しい悪寒と気持ちの悪さに襲われた。

思わず小太りの男は自分のコンテナの覗き窓から離れてふとコンテナの天井を見た。

天井にはこう書かれていた。

『汝一切望みを捨てよーダンテ地獄編ー』

そうか、そうかここは地獄なんだなと小太りの男は思った。

 

HCFのセヴァストポリ研究所のBOW(生物兵器)及びウィルス兵器中央実験室

の一般の医療室の病室のベッドの上であの森で狂った小太りの男にめった刺しにされた

銀髪の男は目を覚ました。すると自分を診察していたアッシュ博士の顔が目に入った。

「あっ!あのーここは??病院??研究所?」

「研究所内の医療施設さ。君はもう心配ないよ。

全身の刺し傷も傷跡すら残さぬ程、完全に再生している。

どうやら。実験は大成功のようだ。君は完全な健康体だよ。

恐らく前よりね。気分も最高な筈さ。」

「はい!今!凄く気分も楽になりましたし、凄く元気になりました!!」

銀髪の男はぎこちなく笑って見せた。

「新型ウィルス兵器と対新型ウィルス兵器のワクチンもちゃんと機能している。

抗体も正常だし、何よりアレルギーが無い。

とにかく今治療法が確立してよかったよ。間に合った。」

「そっ!そうなんですか?私は実験台なんですか?……ひいっ!」

銀髪の男は恐ろしくなって小さく悲鳴を上げた。

「だが君の命は助かった。ちゃんとワクチンの目的は果たした。

実はこの新型ウィルス兵器に女性飼育員が感染していてね。

実はその女性は妊娠していてね。胎児に悪影響が出ないか心配だった。

だが新型ウィルスの兵器の症状が母親の女性飼育員に現れる前に君の肉体の

ワクチンの効果を確認できたお陰で私の報告後に早期にワクチンの投与が出来た。

今は女性飼育員もお腹の赤ちゃんも無事だ。君は救い主だったのさ。

おっと君は無宗教かな?」

「あっ!はい!そうです!」と銀髪の男はそう答えた。

「そいつは良かった私も無宗教さ!」とアッシュ博士は答えた。

銀髪の男はほっと一息ついて安心した。

「ようやく元気になったよ。しばらくずっと母親の女性飼育員とお腹の赤ちゃんは

感染した新型ウィルス兵器の発症を抑える為に低温状態のコールドスリープ(冷凍冬眠)カプセルの中にいたのさ。

そうすればウィルスの浸食スピードを抑制できるからね。

他に方法が無かった早いからね。

そして低温状態から解放して彼女にワクチンを投与して

今君の隣のベッドで休んでいるに至っている訳さ」

 

(第10章に続く)