(第44章)生と死の境界線で喪失したもの

(第44章)生と死の境界線で喪失したもの

 

ブレス保安部長の所有する4WDの車にイタズラを仕掛けた主犯格の隊員6名は

ブレス保安部長の命令で4か月間保安室とHCF内の医療室や

全ての掃除を4ヶ月間始める事になった。

『びっくりチキン』のイタズラの罰としてブレス保安部長にトイレ掃除を命じられ、

罰を受けた6名の隊員達はせっせと真面目に黙々と時間をかけてトイレ掃除を続けた。

もしもHCF内のトイレ掃除をサボったり、ふざけていたりしようものなら

その場にブレス保安部長に何ケ月も延長されたらたまったもんじゃない。

隊員達は一心不乱に忠実な働きアリのように仕事をこなした。

その間、誰一人何もしゃべらなかった。

しかしただ一人だけマッドは顔を俯いていた。

その表情はかなり複雑な心境を表していた。

新しい生命か?子孫を残して生命を維持したいだけ。

マッドは昨日の夜に聞いたエアの言葉を思い出した。

エア。これもネットに流出した動画に出ていたあの巨大生物も

大学生のユーチューバーと交尾をして子孫をこの地球で多く残したいからだろうか?

あとあの女性達を性フェロモンで興奮させて交尾させて子供を宿そうとする

あのスーパープレイグクローラーも子孫を残す為に。

だからあいつは?これも生き物としての本能なのか?そうなのか?

エア!あんたのせいで何が自然で不自然なのか?俺には全く分からねえ。

エア!お前は魔女王ホラー・ルシファーとの闘いで母親アンヘラを失って。

そこで一体?何を見た??生と死の中で!

あーくそー俺にはお前の言う事が分からねえよ!

マッドはあれこれしばらく考え続けていた。しかし考えても答えは出て来なかった。

 

エアマドセンの自室。

白いベッドの上に深い眠りについていたエア・マドセンは目覚めた。

そして静かにベッドから上半身を起こした。

彼はベッドから降り、Tシャツとズボンに着替えた。

父親のブレス保安部長は明日から少し仕事を休むように

言われていたのでやる仕事も無かった。

それからしばらくして父親のブレス保安部長が入って来た。

「元気は戻ったか?エア?」

「うん・・・・少しだけ・・・・」

エアはベッドの上に座り、父親のブレス保安部長は近くの椅子を

引っ張って彼の目の前の椅子に座り、しっかりお互い向き合った。

「ママは・・・・もうこの世にはいないんだね・・・・」

「ああ、そうだな。だが俺達の心の中にママはちゃんといる筈だ!

俺達にとってアンヘラは大事な存在だった。」

「じゃ!昨日のことしっかりと話すよ!」

エアは意を決して昨日魔女王ホラー・ルシファーと戦っている

最中に自分の母親のアンヘラが現れた事。そしてー。

母親アンヘラは自分の血肉魂を魔女王ホラー・ルシファーに与える事で

HCFセヴァストポリ研究所から彼女を追い出して。

更に息子のエアと彼女のストークスに指一本触れないように彼女と取引を提案した事。

覚悟を決めたアンヘラは僕に向かって満面の笑みを向けた事。

そして魔女王ホラー・ルシファーは僕の目の前でアンヘラに

憑依して魂を喰らい肉体を乗っ取った事。

エアは思い出す度に辛くなり、自然と両眼から大粒の涙が零れ落ちた。

ぴとっぴとっぴとっとエアの白いズボンの布を濡らして行った。

それから母親アンヘラに約束された事も思い出した。

「あーとこれはママからの約束ー。

忘れると枕元で怒られるからちゃんと伝えとくよ。

『夫も愛しているわ』と。ママは・・・ママは・・・。

僕とストークスにしっかり生きるように言われて。

『私の息子として生まれてきてくれてありがとう』って言ってくれた。

僕は悔しかった。でもママに言われて嬉しくもあった。

でも僕はストークスを助けられた。でもママは助けられなかった。

エアは背を丸めて両手で顔を覆い、全身を震わせた。

ブレス保安部長は顔を俯いて静かに泣いていた。

しかし背を丸めているエアを強引に両手で起き上がらせた。

続けてブレス保安部長はこう言った。

「それじゃ!駄目だ!俺の妻は。いや息子のエア。

うまくは言えんが。そんなんじゃ!駄目だ!

いずれはストークスと一緒になりたいんだろ??

トークスを愛している。違うか?」

エアは無言で上下に頷いた。そしてこう返した。

「うん。僕は。僕は。ストークスが大好きだ。

彼女の存在しない世界なんて絶対に考えられない!!そう!愛している!」

エアは初めてストークスに対する本当の気持ちを知った。

そうだ!僕はストークスを愛していた!だから今まで僕は!

あんなに必死になってストークスの為に色々したんだ!!

トークスにボコボコに殴られた時も!

トークスにクッキーやチーズケーキを食べさせた時も。

トークスとスマートフォンのゲームで通信して遊んだり。

好きな曲の『NYK48』の曲をイヤホンでお互い聞きながら

ニコニコと笑い、歌を口ずさんでいた時も。

僕はHCF上層部にストークスの殺処分を自分の命を懸けて反対した事も。

そして昨日魔女王ホラー・ルシファーから激しい死闘を続けられたのも。

そして魔女王ホラー・ルシファーと戦う前にあの特大威力の魔法を放って来た

魔人フランドールの余りにも理不尽な闘いを乗り越えられたのも。

僕の心の中にストークスの笑顔が。彼女がいたから。だから僕は!!

そっ!!そうだ!!僕は!僕は!彼女の事を!そう!僕は!

彼女の事を心の底から。奥深く限りなくー。

『愛して』いたんだ!僕はストークスを愛していたんだ!!

 

HCFセヴァストポリ研究所のBOW(生物兵器)及びウィルス兵器開発中央実験室の

片隅にあるHCF研究開発主任ダニア・カルコザ博士の自室。

ダニア博士は大きな金色の柱と縁取られた黒色の王座に座って目の前の

大きなモニター画面のある人体実験の計画書を確認しながら片手で受話器を持って

『新型ハンター開発研究室』の主任クリスタ・ワーグナ博士と電話していた。

「今!ストークスは無事に魔女王ホラー・ルシファーからエアが取り戻して。

彼女は『冷凍処置室』で必要な処置を受けているわ!

それにエアの母親のアンヘラ博士が死亡したわ。

何度、私に電話しても同じ答えしか返ってきません。

トークス『プラントE45R000』は今回の

『R型ハンター兵士製造計画』には参加させられません!!

4年後の『R型計画』に必要な新型ウィルス兵器の新型Tエリクサー(仮)

(E型特異菌有り)の強力なウィルス抗体の製造工場として機能し

『ウィルス兵器開発研究部』の研究員や職員によってストークスの

血液から抗体を抽出してワクチンの素材として研究開発させる予定は

既にHCF上層部が決めています。エア本人も彼女を捨て駒として

殺処分しない事を交換条件に彼女のウィルス兵器の使用を了承しています。

それに彼女は長期のコールドスリープ状態になります。残念だけどとても子供を。

ましてや赤ちゃんを育てさせる余裕はありません!!

既に力を得たエアを敵に回すのもナンセンスです。

下手すれば魔女王ホラー・ルシファーの力でこのHCFのセヴァストポリ研究所は

ルシファーの襲撃以上に滅茶苦茶になる危険性が高い。

貴方は私に散々説明させておいてまだ分からないんですか?

そろそろいい加減にして下さい!とにかく計画の予定通りよ!」

「でも!!私は!!あの浜崎優菜を実験に利用するなんて!!

彼女には双子の浜崎れいなさんがいるんですよ!!なのに!!」

「気持ちは分かるわ!でも彼女は自ら決めてあの『プラントE45R002』

のリー・マーラと同じく『R型』になったのよ。

彼女は村主太郎と言う名前の夫がいる人妻であると同時に

『あのプラントE45AR000』の浜崎優菜なの!」

「でも!『プラントE45AR001』の岸田悠亜さんが!!」

「資料の計画書に書いてある通り、母体の子育てによる

肉体的・精神的不安を考慮した結果が記載されている筈よ!

いい?貴方の目的は新型ハンターを製造する事よ!本来の仕事を忘れないで!

必要以上に実験体に情を寄せない!冷酷になりなさい!

彼女が後悔して泣き叫んだとしても感情を押し殺して冷酷になりなさい!

自分の行動に責任を取らせなさい!私達は人殺しの兵器を製造して販売している!

その汚れ仕事をやっていると言う自覚を持ちなさい!」

ダニア博士はまるで機械のように冷酷な表情をした。

 

(第45章に続く)