(第66章)『静かなる丘』へ(前編)

(第66章)『静かなる丘』へ(前編)

 

「そうよ。私は彼の事が大好きだったし!

愛してもいた!でも!あの村人の人間達は私の恋人を貶めて悪に堕としたの!

私は彼が生きたまま炎に燃やされるのを見た!!

私は少なくともお姉さまよりは人間達の残酷さや邪悪さ。

そして狂気で笑い狂う人々の姿を見て来た!

彼らは自ら信仰している唯一神や大天使、天使とキリストを後ろ盾にして!

平気で私の幼い恋人の命を奪い取ったの!!だから!

私は唯一神や大天使や天使を決して許さないっ!!必ず存在を消し去ってやる!

だから私は大君主様に殺し屋として雇われているの!!」

「なんて。やっぱり私も復讐に囚われちゃってるわね!恥ずかしい!」

魔人フランドール事、エルザ・ウォーカーはまた口を開いた。

「私は恋人が人間達の手で火刑にされて以来。

私は名状しがたい悲しみと怒りと憎悪と恐怖で精神的に少々気が触れて

情緒不安定になっちゃったの。だから御姉様は表に出してくれなかった。

私も人間と触れ合って感情を出し合って狂気で人間を殺してしまうのが怖かったの。

だから私はあの出来事から488年間も紅魔館の地下に閉じ籠っていたの。

だから人間の襲い方も知らなかったの。

やっとある程度は。一応吸血鬼だしね。

エルザ・ウォーカー事、魔人フランドールは苦笑いを浮かべた。

「そして私はそれがきっかけで

『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』に目覚めたの。

そしてー。いや。もうこれ以上!私の話をしたってみんな退屈でしょ?

私の話しはおしまい。この先の思い出はもう二度と思い出したくないから。」

そう言うとエルザ・ウォーカー事、魔人フランドールは

自分語りをキッパリと止めてしまった。そしてまた固く口を閉ざした。

ジルとエイダ、エアはお互い顔を見合わせた。

3人はこれ以上は魔人フランドールの過去については詮索しなかった。

しばらくしてエルザ・ウォーカー事、魔人フランドールはエアに向かって話を続けた。

「貴方はまだホラーじゃないわ。ただの人間よ。

でも貴方のその肉体には魔女王ホラー・ルシファー由来の賢者の石が宿っている。

多分、私と違うと思うけど。

貴方は既に他の魔獣ホラーや我々悪魔と戦う力を得ているの。

大天使や天使もその気になれば倒せるでしょうね。

貴方は人間の性質で在りながら人ならざる者でもある。ホラーと人間の中間の存在ね。

でもまだ人間でいたいなら人間の心を決して忘れちゃ駄目よ!

トークスを一番に愛して彼女と共に幸せになりたいならなおさらよ」

そう言うと魔人フランドールは真剣な表情でエアの顔を見た。

「分かった。何があっても忘れたりしないよ」

「よかった!私が生きていた頃の時代は『魔女狩り』や『異教徒排除運動』

のせいで私は前世の貴方を幸せに出来なかった。だから今の現世では。

エア・マドセン!貴方はストークスと一緒に幸せになって。今出来るお願いなの」

「分かったよ。責任重大だけどなんとかやってみるよ」

エアは改めてストークスを幸せにする決意を強く固めた。

「さーてそろそろ行こうかしら?」

エルザ・ウォーカー事、魔人フランドールはニッコリと笑った。

そしてエアとエイダとジルに背を向けた。

背中で両手を組んでクルリと首を曲げた。

クスクス笑い、エアとエイダとジルの方に顔を向けて口元を緩ませた。

そして3人に向かって悪戯っぽく眩しい太陽のような笑顔を向けた。

エアはドキリと心臓が高鳴った。彼女は人間の姿と顔がすっごい可愛い。

勿論、ストークスもだけど・・・ああああ何を考えてんだろ!俺???

やっぱり前世の魂の繋がりのせいかな?妙になんだろう?

まあーいいか僕にはストークスがいるし。

それから魔人フランドール事、エルザ・ウォーカは美しい鼻歌を

歌いながらチェルシー地区の公園をあとにした。

そして公園にはエイダ・ウォンジル・バレンタインとエア・マドセンが残った。

「さてー私達も帰りますか!」とエイダ・ウォン

「はっ!はいっ!そうですね・・・・って?これって?」とエア・マドセン。

エアは反射的にジル・バレンタインの顔を見た。

そうだ彼女はBSAA所属だ。しかも僕達はHCFの人間だ。

エイダと僕は。つまり敵同士だ!僕は捕まるんじゃないか?

そう考えてエイダとエアは逃げる準備をした。

しばらくして「はあ―」とジルは溜息を付いて全身の力を抜いた。

「そうね。今回も私もBSAA勤務外だし!この通り!私は私服だしね!」

ジルは両腕を左右に開いた。

彼女の私服はシンプルな黒いシャツと青いジャージの軽装だった。

更に続けてジルはこう言った。

「それに貴方達の目的はテロを起こしに来た訳じゃないんでしょ?」

するとエイダは両腕を組んだまま丁寧にこう答えた。

「ええ、そうよ。エア・マドセンって男が勝手に私的な理由でいなくなって。

心配したのを彼の父親と仲間達に頼まれて彼をわざわざ探す為に

上司に頼んでこの日を休日にして貰ったのよ!さてと!

無事にエアも見つかった事だし!私の頼まれ事はこれでおしまい!

さあ―エア!帰るわよ!」

「ええっ!でも・・・・ジルさんはBSAAでマズいのでは・・・・」

戸惑い、動揺するエアに対してこう言った。

「お互い勤務外と休日。別に仕事をしている訳じゃないわ。

ついでにこれ以上私の帰宅の邪魔をしないと言うならば。

今回は特別に見逃してあげるわ。貴方の話は分かったし。

これ以上!闘う理由も無いし!悪い人じゃないし!」

そう言うとエアの方を見てジルは右瞼を閉じてウィンクした。

「あらーそう。助かったわー。荒事にならなくてー」

エイダは右手を服に当ててホッと一息付いた。

「じゃ!もう帰りましょう!お互いにね!」

「そうですね!エイダさん!心配かけてすいませんでした!」

「やっと見付かって良かったわ!まさか?どこかで問題を起こして

偉い事になっていないかとても心配したのよ!」

エイダもやれやれと言う表情でエアを見た。

「さてと!私もこれで帰るわよ!勿論今回だけよ!」

「どうもありがとう!ジル・バレンタインさん!さあー帰るわよ!」

「うん!分かった!みんなにも謝らないと!」

エイダとエアは踵を返して公園の出口に向かった。

不意にジルが「ちょっと!まって!」と呼び止めた。

するとエイダとエアは振り向いてジルに向き合った。

「何か他に用事がるのかしら?」

ジルはたった今、思い出したようにエイダにこう言った。

「実はジョンから貴方へ色々資料があるのよ!」

ジルは鞄から分厚い紙の束の入ったクリアケースを見せた。

「これは?何の資料かしら?まさか例のあれ?」

「関係はあるけどとても興味深いものよ。のちの参考に」

エイダは透明なクリアケースからうっすらと見える文章を見た。

「『静かなる丘』について。土着信仰とジャンヌ・ダルクの回想録。

教団についての大体の文章。」とあった。

それからエイダはジルからそれを受け取った。

そしてエイダはエアを連れて公園の外へ歩き出した。一人残されたジルも

「さてと!」と言うとまた近道の公園を通って自宅へと帰って行った。

 

ニューヨーク市内のチェルシー市内の道路を走る車内。

「この資料と言い。どう言う事ですか?これから?」

エアはてっきりHCFセヴァストポリ研究所に帰れると思っていた。

しかしエイダの話を聞くなり、驚きの声を上げた。

「その?どうして?秘密組織ファミリーの雇った魔人フランドールと一緒に

アメリカ北東部の『静かなる丘』に行くなんてどうしてでしょうか?

あそこは怪しい場所らしいですよ。」

「『R型暴走事件』で『R型』が作り出した『エロース』は

ジルの手で回収されたのは知っているわね?『エロース』の遺伝子を

HCFと秘密組織ファミリーと協力して調べていたのよ。

『エロース』の遺伝子から未知のデモニックジーン(悪魔遺伝子)が発見された。

しかも秘密組織ファミリーが詳しく分析したところ。まだ未知と言うか判明している

のはほとんど無くて僅かな手掛かりとしてその『静かなる丘』に古くから伝わる

土着神の可能性が出て来て。私達は『静かなる丘』の土着神について

詳しく調べる必要があるのよ。

『新型T-エリクサー』『Tシディウサ』にもその土着神の

デモニックジーン(悪魔遺伝子)が含まれているかも知れないの。しかも『静かなる丘』の土着神は過去に何度も科学的には

説明の付かない不思議な現象を起こしてきたようなの。

一体?この土着神がどうやって『R型』と接触したかは未だに不明だけど。」

 

(第67章に続く)