(第42章)平和な日常

(第42章)平和な日常
 
昨日、東京のまだ太陽が天高く昇っている穏やかな昼間。
その頃、覇王と蓮、山岸、凛、真鍋が大戸島で島上冬樹失踪事件を追っている頃、
東京にある保育園では次の世代を担う、まだ幼い子供達がランチを食べ終え、
自由時間の間、園内の庭や室内を遊び、飛び回っていた。
その室内の一角で一人の少女がスケッチブックに一心不乱に絵を描いていた。
彼女の名前は山根瑠璃。
尾崎真一と山根優香の一人娘である。
同時にデストロイアを父に生まれた山根蓮の妹である。
当然、血の繋がりは無いが、
それでも蓮は実の妹であるかのように彼女の面倒を熱心に見ていた。
保育園の先生が現れた。
「何書いているの?」
「お馬さんの絵」
そして瑠璃は保育園の保育士に絵を見せた。
「天才……流石、尾崎さんの娘ね……」
彼女の絵はもはや4歳児が書いたとは思えない、躍動感のある馬の絵が書かれていた。
しかも立体的な絵の中を駆ける馬の
全体は驚くほどバランスが良く、たてがみが風でなびく様子。
太く逞しい筋肉の付き具合。
更に影の付け具合。
どれも完ぺきでまるで先程、彼女が走る馬の写真を撮ったかのよう。
いや、むしろ本物にほぼ近い状態だった。
多分、この絵を大きくして壁に貼って、紙の上の絵だと分からないように
すれば誰もが本物と見間違うだろう。
しかし保育園の先生は首を傾げた。
「確か?カイザーは念動力や身体能力がすごいんじゃなかったっけ?」
確かに通常、X星人と人間の混血であるミュータントの中には
何万分の一の確率でカイザーが生まれる事がある。
カイザーはX星人やミュータントを
凌駕する身体能力を持ち、更に物体を動かす念動力を持っている。
しかし国連直属の病院の検査では山根瑠璃には
X星人やミュータントを凌駕する
身体能力を司るDNAは全く検出されなかった。
つまり身体能力は普通の子供と全く変わらない。
だが、彼女は念動力の能力を司るカイザーのDNAが突然変異を起こしており、
その突然変異したカイザーのDNAの影響により、
彼女は念動力の代わりに自閉症とある特殊な病気を発症した。
サヴァン症候群自閉症または知的障害者にみられる非常に珍しい病気である。
この珍しい病気はある特定の分野に限って優れた能力を発揮する。
例えば瑠璃の場合は絵を描く能力が発揮されており、
彼女は写真や実物、映像を少し見ただけで細部まで絵に書き起こす能力がある。
先ほど書いた瑠璃の馬の絵も毎週欠かさずに
見ているお馬さんの番組(つまり競馬)
で走っている馬達がモデルである。
大いなる赤き竜と火を纏う女の絵を細部まで書き起こしていた。
その書き起こされた絵を見た周囲の大勢の保育園士達に衝撃を与えた、
もはやカイザーの能力は戦闘と支配とは
無縁の別の分野に振り分けられたと言っていいだろう。
しばらくして別の紙が眼に入った。
女性の保育士はその紙に描かれている絵を見てほっと一安心した。
その紙に描かれている絵は丸い青と緑に書かれた美しい地球だった。
しかも地球の上には沢山の怪獣達と
人間が手を繋ぎ合い、楽しそうに踊っている絵だった。
更にその中央には軍服を着た男と茶色い髪をした女性。
瑠璃の両親の尾崎真一と山根優香も手を繋いでいた。
さらに別の場所にはフットボール選手の様な体格で
MBI捜査官の黒いスーツとネクタイに身を包んだ
瑠璃のお兄さん、山根蓮と以前、
大いなる赤き竜と火を纏う女の絵の中で竜の足元に寝そべっていた
女のモデルになった事のある彼女の兄の恋人・川根洋子の姿が描かれていた。
しかも奇妙な事に洋子と言う女性だけ、両目が青く光り、瞳孔が猫のように細かった。
だが、絵の中にいる人物は全員誰もが笑顔だった。
「素敵な絵ね…」
「ねえ、怪獣と人間がお互い気持ち良く暮らせるにはどうすればいいと思う?」
「うーん、まずはお互い住みやすい家や庭や畑、川を作ってあげることかしら。」
その時、女性の保育士は小笠原怪獣ランドと同様に世界中に点在する無人島を怪獣達の住める環境として
改造したあとその無人島に無数の怪獣達を移住させる壮大な計画を実行する
『怪獣テラフォーミング計画実行委員会』の
発足を国連事務総長が発表したと言うニュースを思い出した。
一応国連ではまだその怪獣テラフォーミング計画は構想段階らしい。
でもその計画を成功させれば怪獣と人間との
折り合いがつき、無益な殺生はせずに共存できるのではないか?
女性の保育士はそう思い、その計画の成功を誰よりも強く願っていた。
だって怪獣や人間達が
お互い傷つけ合って死ぬ姿をニュースで何度も見るのは嫌だから。
それにただ怪獣の無益な殺生をしても怪獣災害の根本的な解決策になる訳が無いのよ。
女性保育士はどこか名残惜しそうにその絵を瑠璃に返した。
ちなみに川根洋子は兄・山根蓮の恋人であり、凛と山岸、友紀の高校の同級生だった。
凛や蓮以外、彼女の正体が
ノスフェラトゥと言う宇宙人以外は誰一人彼女の本当の正体を知らない。
彼女はカナダの政府が極秘に行っていた
人体実験『ホムンクルス計画』の生き残りである。
同時に公式に隠蔽されているものの実験に成功した人工ダンピール。
つまりG抗体を持つゴジラノスフェラトゥの混血児である。
ついでに両目が青く光り、
瞳孔が猫のように細いのはノスフェラトゥの特徴の一つである。
 
話は戻り真夜中の大戸島無人島、
ゴジラは初代ゴジラのクローンを真剣な眼差しで見た。
時間が無い、私を見てくれ……。
初代ゴジラのクローンは素直にゴジラのオレンジ色の目を見た。
今から、お前に放射熱線の吐き方を教える。
そしてお前は放射熱線を吐き、あの旧支配者クトゥルフを迎撃するんだ。
初代ゴジラのクローンは首を何度も左右に振った。
出来ない……出来る筈がないよ……。
いや!やるんだ!今、あの旧支配者のクトゥルフを迎撃できるのはお前だけだ。
人間共や他の怪獣達にはあの
旧支配者クトゥルフのおぞましい姿を直視する事さえ不可能だ。
あれを人間や怪獣達が直視したらたちまち正気を失うだろう。
ゴジラは初代ゴジラのクローンを改めてオレンジ色の両目で見据えた。
そしてゴジラはまず、あの新しく誕生した旧支配者クトゥルフの姿を直視する事。
両脚を地面に突き刺す事。
理由は若いゴジラの体内にはあの円筒状の生物を焼き尽くし、
塵に変える程の膨大な核エネルギーを持っている。
もし万が一、口から放った放射熱線の威力が強すぎれば、
その反動で後ろに転倒する危険性があるからである。
転倒すれば狙いが逸れて、奴に当たらないだろう。
それを防ぐには両脚を突き刺して全身を支えた方が手っ取り早い。
あとは鎌首を上にもたげ、口を大きく開ける。
ゴジラは初代ゴジラのクローンの目の前で
両脚を突き刺し、鎌首をもたげ、口を大きく開けて見せた。
僕はそれを真剣な表情でずっと見ていた。
 
(第43章に続く)