(第50章)壁画(イコン)

(第50章)壁画(イコン)
 
翌朝・閑岱の広場。
「昨日の夜?何があったんだ?」
クリスが持っている無線機からパーカーの声が聞えて来た。
「昨日……は……」
やがてクリスの脳裏にはドラキュラ伯爵と
闘った散々な様子が思い浮かんだ。
クリスが両手にペイルライダーを構え、引き金を引いた。
ホラー封印が施された銃弾はドラキュラの額、
右肩、右頬、右脚に命中したのにも
関わらずまるで金属を弾くかのように
銃弾5発は全て眺弾し、傷一つも付けられなかった。
彼は更にペイルライダーの引き金を引いた。
しかし弾切れでカチッカチッと乾いた音しかしなかった。
あの後、クリスは自分の得意な肉弾戦を仕掛けた。
だが全くと言っていい程、鍛え上げられた筋肉は歯が立たなかった。
それどころかドラキュラ伯爵に反撃され、自分は下腹部を殴られた。
俺は情けない事に苦悶の表情を浮かべ、その場に座りこんだ。
ゴホッ!ゴホッ!と激しく咳き込み、
真っ赤な血を口から思いっ切り、吐き出した。
「おい!どうした?クリス?」
「いっ、いや、なっ、なんでもない……」
クリスは首を左右に振った。
「そうか、いや、そう言えば、こちら側(バイオ)
の世界のフランス北部のアラス大聖堂の地下の隠し部屋から
ジャンヌ・ダルクをモデルにしたと
思われる巨大なイコン画が見つかったらしい。」
「なんだって?ジャンヌ・ダルクイコン画??」
「そうそう、今そのイコン画がBSAAの間で話題になっているぜ!
確かそのイコン画はえーと画像を送るぜ!
もちろんBSAA代表には内緒な!」
パーカーは向こう側(バイオ)の世界の
端末機からこちら側(牙狼)の世界の
クリスが持っている端末機にその例のイコン画を送った。
そして自分の端末機に例のイコン画が表示された。
「これは……まさか……」とクリスは驚愕した。
そのイコン画はこんな感じで絵描かれていた。
まず一番上の部分には灰色の広大な荒野と灰色の空を
背景にまるで菩薩のような格好した全裸の女性の姿が描かれていた。
しかも頭部に2本の太く白い角が生えていた。
さらに頭部の後ろには巨大な鼻を持つ象が付いていた。
また全身には見た事も無い文字が両腕や
大きな白く丸い両乳房の谷間にも描かれていた。
背には巨大な黄金に輝く8つの突起を持つ輪が付いていた。
そして正体不明の巨大な女性は鋭い茶色の眼光を放ち、
白い服を着た男を睨みつけていた。
男の顎には4対の細長い鋭利な牙を生やしていた。
白い服を着た男は巨大な女性に向かってバイバイと手を振り、
歩き出す様子が描かれていた。
白い服の男はドラキュラ伯爵。あの巨大な女性はなんだ??」
「ドラキュラ伯爵だって……何を言って……」
クリスはパーカーの質問を無視し、食い入るようにイコン画を見続けた。
白い服の男は天の灰色の世界から地上の夜空から地面に向かって
歩いて行く様子が描かれていた。
次の絵では多数の奇妙な狼を象った鎧を着た暗黒の騎士を、
更に黒いローブを着た魔法使いか?はたまた魔女と思わしき人々を。
白い服の男は次々と頭部や四肢をもぎ取り、ミイラのような姿にし、
串刺しにし、あらゆる方法で惨殺して行く、恐ろしい絵が描かれていた。
黒いローブの魔法使い、魔女や暗黒の騎士達は
天界の巨大な女性の命令を受けてやっていたらしい事を
仄めかす描写が幾つか見られている事に気付いた。
つまりこの絵に描かれている魔法使いや魔女、
暗黒の騎士達は白い服の男を殺そうとしたが逆に殺された訳である。
それはまるで神に反逆し、天界から地上へ行った?
堕天使ルシファーの様だと思った。そして次の絵には。
フランスのとある農家で出会った一人の少女ジャンヌ・ダルク
白い服の男がお互い剣術を競っている様子が描かれていた。
次の絵にはジャンヌと白い服の男はお互いより親密な様子が描かれていた。
次の絵には物置小屋らしき場所の中央で
全裸になったジャンヌと白い服を脱いだ全裸の男が
獣の様な体位で激しく性行為をしている様子が描かれていた。
次の絵には黒い卵を抱いた白い服の男と穏やかな表情を
浮かべ立っているジャンヌの姿が描かれていた。
次の絵には白い服の男はいなくなっていた。
代わりに緑色のを着たジャンヌ本人の隣に。
ジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女の姿が描かれていた。
さらにジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女に従うように
様々な服を着た人々が歩いている様子が描かれていた。
一方、緑色のを着たジャンヌ本人はそれを遠くで優しく見守っていた。
どうやらイコン画の絵はこれで最後らしい。
「それで白い服の男ジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女
黒いローブの魔法使いや魔女、それと狼を象った鎧を纏った
暗黒の騎士達、全裸の巨大な女性の存在が何者なのか?
今多くのフランスの歴史学者達が首を傾げているぜ!」
クリスは再び例のイコン画を最初から
最後まで改めてじっくりと見ながら深く考え込んだ。
やがて再びパーカーが口を開いた。
「どうやら今、フランスだけではなく
各国の歴史学者達やローマのバチカン
アメリカなどの世界中のキリスト教の信者が学者達も白い服の男
ジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女
何故?ジャンヌ本人は緑色の服を着ているのか?
あと黒いローブの魔法使いや魔女、
狼を象った暗黒の騎士、全裸の巨大な女性。
それとジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女に従うように
歩いている様々な服を着た人々の存在にも関心が向けられているようだ。」
「もしかしたら?彼らは魔戒騎士や魔戒法師かも知れない」
「つまり白い服の男は魔獣ホラーで、あの全裸の巨大な女性も
魔獣ホラーの親玉みたいなものか?」
「そう考えればある程度納得はいくな!」
クリスは白い服の男の正体を知っていた。
奴はクトゥルフ神話の邪神やドラキュラのモチーフとなった存在だ!
奴は外神ホラー・ニャルラトホテプ。
しかしクリスはそれに関して無意識の内に口を閉ざしていた。
「このイコン画が描かれたのはやはり593年前か?」
この質問にパーカーは驚き、少し早い口調でこう返した。
「ああ、そうだ!今から593年前!1431年だ!」
「やっぱりジルは……」
「んっ?ジルがどうかしたのか?」
「なあ、輪廻転生って信じる方か?」
「生れ変わり?あれは本当にあるかどうか分からないぜ!
だがヒンドゥ教や古代エジプトギリシャでも唱えられているっけな?
キリストも同じように復活したって記録があるが
あれは転生の類かも知れないし、ただのトリックかも知れん。」
パーカーの答えを聞きつつもクリスは心の中で考えた。
彼女が翼や邪美に訴えていた事は全部本当かも知れない。
ジルがジャンヌの生れ変わりで。
しかもイコン画の通りにあんな親密だったなんて……。
そう心の中で考えてしまいクリスはショックを受けた。
 
閑岱・ジルの部屋の前。
ジルは昨日のドラキュラ伯爵との出来事以来、朝食をクリス、
邪美、鈴と食べた後はずっと自分の部屋に引きこもっていた。
彼女は布団の上で胎児の様に丸まり、ずっと考え込んでいた。
あたしは彼を愛していた。なのに。なのに。
どうして?どうして?別れるの??
その時、静かにジルの部屋の襖が数cm開いた。
「入っていいか?ジル?」
襖の隙間に翼が立っていた。
「…………………………………………いいよ!」
「失礼する!」
翼はジルの部屋に入った。
彼女は布団から上半身を起こした後、布団の上に座った。
暫くして重々しくジルは口を開いた。
「彼はどうなったの?」
「彼は鋼牙によって陰我を断ち切られ、
魔戒剣が変化した牙浪剣の中に封印された。」
「と言う事は生きているの?死んでいないの?」
「ああ魔戒騎士に封印された魔獣ホラー達は
魔戒の力が宿った武器から小さな短剣に移される。
ホラーを封印した短剣が12本そろうと真魔界に強制送還される。
やがて短剣から封印を解いて復活し、
再び陰我のあるオブジェから人間界に侵入する。
そしてまた魔戒騎士が魔戒の力が宿った武器。
つまり鋼牙の牙浪剣、私の白夜槍等を用いて
封印が解けた魔獣ホラーを再び封印する。
魔戒騎士に封印された後、魔戒の力が
宿った武器から小さな短剣に移される。
ホラーを封印した短剣が12本そろうと真魔界に強制送還される。
これが太古の昔から永遠に繰り返される
魔獣ホラーと魔戒騎士、法師の闘いだ。」
翼の話を聞いたジルは一瞬だけ表情が明るくなった。
しかし直ぐに明るい表情は消え、暗い表情になった。
「そうまた彼と再会しても直ぐに別れが来るのね。」
「そうだ、彼は人間界の住人じゃない。真魔界の住人だ。」
「あいつらは不法侵入者なのね。」
「人間の言葉で言うならそうだ!」
暫くしてジルはふと思い出したように翼に向かって口を開いた。
 
(第51章に続く)