(第24章)世話

(第24章)世話
 
その日の夜。クレアの自宅。
モイラ、ジル、鋼牙と共に魔獣ホラー・シェイズとの死闘を繰り広げ、
何故か急にドッと疲れが出ていたクレアは素早く下着姿になった。
そして力尽きた様にバッタリと大の字でベッドに寝転んだ。
しかし電気を消していない事を思い出し、
電気を消し、ふかふかの毛布を被った。
クレアはすやすやと寝た。
数時間後、ふかふかの毛布が温まり、
安らかな表情ですやすやとクレアは寝ていた。
しかし急にズシリと何か重たい物が毛布に覆われた
自分の身体に乗っかって来るのを感じ、眼が覚めた。
クレアは寝ぼけ眼でうっすらと目を開けた。
彼女の目と鼻の先にはぼんやりと青く輝く鳥の頭が見えた。
青く輝く鳥は複雑な網目模様の付いた
白みを帯びた青い嘴をひっきりなしに動かした。
青く輝く鳥は甘い声でしゃべった。
「あたしの赤ちゃん!あたしの赤ちゃん!可愛い子!可愛い子!」
やがて複雑な網目模様の白みを帯びた嘴から真っ白な閃光を放った。
放たれた閃光はたちまちクレアの視界を覆い尽した。
やがて真っ白な閃光の中で幼い頃に
亡くなった白いワンピースの母親の姿が見えた。
「ママなの?どうして?そこにいるの?」
クレアは急速に自分の身体が縮んで行くのを感じた。
そして思考も精神も肉体も全て急速に〇になって行った。
バアン!
沈黙を破り、彼女の玄関のドアが一気に開いた。
彼女のベッドルームに白いコートの背の高い男・
冴島鋼牙が飛び込んで来た。
「黄金騎士!冴島鋼牙!彼女のガフの部屋は開いたわ!」
「何??」
「もうこの子は!あたしの子!あたしの子!」
そして青く輝く雀の姿をした魔獣ホラーは。
ベッドルームの開け放した窓からまるで弾丸の様に早く夜の外へ逃亡した。
「逃げられたか……」
鋼牙は窓の外から青い鳥の翼を広げ、あっと言う間に
飛び去る青く輝く雀の姿をした魔獣ホラーを黙って見送った。
そして周囲の冷たい夜の空気を震わせ、あの青く輝く雀の姿をした
魔獣ホラーの忙しないさえずり声が長い間、聞こえ続けた。
「クレア!マズイぞ!恐らく奴のガフの部屋を開ける術に!」
鋼牙は慌ててクレアがかぶっていた毛布をめくり上げた。
「おぎゃあああああっ!おぎゃあああああっ!
おぎゃあああああっ!おぎゃあああっ!」
「遅かったか」
「どうやらそのようだぜ!」
ザルバと鋼牙は先程、眠っていたと思われるクレアのベッドを見た。
ベッドには成人女性のクレアの姿が跡かたも無く消失していた。
代わりにベッドにはクレアそっくりの赤ちゃんが寝転んだまま
眠くて堪らず、ぐずり、鳴き声を上げ続けていた。
仕方が無く鋼牙は近くにあった小さいタオルで
クレア・ベイビーの身体を包み抱き寄せた。
「あーこりゃー面倒な事に……」
「いや!いい機会だ!」
ザルバのあーあと言う表情とは正反対に鋼牙はすました表情をした。
「いい機会って……真意は分からんでも無いが……」
ザルバは鋼牙の真意を瞬時に理解した。
同時にかなり困った表情を見せた。
 
それから翌朝。
「あぶうっ!あぶっ!あぶぶっ!ぶばああっ!」
ジルの隠れ家の緊急に制作した赤ちゃんベッドの上で
もはや完全に赤ちゃんと化したクレアが仰向けに寝転び、
小さな両腕を全力で振り回し、頬笑み、赤ちゃん言葉を交わしていた。
その文字通り変わり果てたクレア・ベイビー
をただ唖然とした表情でモイラは見ていた。
「これ?本当にクレア・レッドフィールド?」
「ああそうだ!」
「彼女の気を感じる!間違いなく本人のものだぜ!」
モイラはポカンとなった。
「間違い無くって……本当に?マジなの?マジなの?」
「マジな話さ!」
ジルも昨日まで普通に大人の女性同士だったクレアが
いきなり赤ちゃんになるとは当然、思っている訳無く。
ただ茫然とした表情でクレア・ベイビーを見ていた。
ただでさえ、昨日の夜あのシェイズの館で彼の言葉に激昂し、
賢者の石の力を暴走させたかの知れない事で個人的に悩み、
気分が落ち込んでいるのに。
悩みの種がまた増える様な気がした。
ジルはチラッと鋼牙の横顔を何度も見ていた。
するとジル、モイラ、鋼牙にいつもの様に魔獣ホラーの解説をした。
「クレアを成人から赤ちゃんにしたのは。魔獣ホラー・姑獲鳥!!」
「姑獲鳥って確か中国の伝承の鳥ね。」
「つまり?妖怪の仕業じゃなくてホラーの仕業?」
「ああ、姑獲鳥は両親、もしくは母親が事故か殺人で不幸にも亡くなった。
あるいは両親に虐待されて育った孤独な心を持つ成人の人間を見つけると
嘴から放つ術でその人間の精神世界にあるガフの部屋を開け、
術を掛ける対象の成人の肉体も精神も赤子に変えてさらう。」
「そしてどうなっちゃうの?」
「奴は赤子の為に他の人間の魂を捕食する。
それから栄養分を十分に蓄えた後に自ら魔乳を出し、
飲ませ、まるで我が子の様に育てる習性がある。
彼女に育てられて再び成人となった人間は魔獣ホラーとして
人間の魂の捕食方法を姑獲鳥から学び、自立する事になる。
もちろんクレアも例外じゃないぜ!」
「つまり?そいつにクレアが育てられると魔獣ホラーになる訳?」
モイラはクレア・ベイビーの両脇を両手で優しく掴んだ。
そして持ち上げるとタカイタカイをした。
「でも!良く見ると赤ちゃんのクレアって可愛いね!って!!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」
クレア・ベイビーは愛らしく微笑み、両腕を全力で振り回した。
パチッ!パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
クレア・ベイビーの小さな掌は何度も何度もモイラの両頬に直撃した。
やがてモイラは静かにクレア・ベイビーをベッドの上に降ろした。
モイラは歯を食いしばり、腫れた両頬を掌で押さえ、激しく唸り続けた。
クレア・ベイビーは純粋に笑い続けた。
「ああぶっ!あばああっ!あぶううっ!あばああっ!」
「随分とアグレッシブな赤ちゃんだな。」とザルバ。
「まあー元気な女の子で何よりだ!」と鋼牙。
恐ろしい子……」と小さくジルは呟いた。
それから鋼牙はふとジルに向き直った。
鋼牙は茶色の瞳でジルの青い目を真摯に見つめた。
「ジル!お前に試練を与える!」
「やっ!やっぱり……」
「なんだ?薄々感づいていたのなら話が速いぜ!
この姑獲鳥のガフの部屋を開ける術を解くには
姑獲鳥を封印する必要がある。
つまり奴を封印すれば。
自然にクレアの精神世界にあるガフの部屋は閉じ、
そして元の成人のクレアの姿に戻る筈だ!
奴は他の人間の魂を喰らい、栄養分を蓄えながら術で
赤ちゃんになったクレアを求めてここを襲撃してくるだろう。」
「つまり?姑獲鳥は赤ちゃんになったクレアは
我が子だから取り戻そうと?」
「そう言う事になるな。奴はクレアを我が子だと信じて疑わない。
だから取り戻すまでは何度も執念深くここを襲撃してくるだろう。」
「それじゃ!この倉庫も周りに結界をしかけておこう!」
「それならあたしの倉庫の広い駐車場とその周辺を!」
ジルは自分の倉庫の見取り図をと周辺の地図をテーブルに広げた。
「じゃ!あたしも手伝うわ!」
「いや!ジルは朝と昼間はクレア・ベイビーの世話を一人でするんだ。」
「はっ!」ジルはポカンとした表情になった。
「じゃ!御免!鋼牙の手伝いはあたしがするから!」とモイラ。
「ええええええっ!」とジル。
「必要な物はそろえて置いた!モイラに協力して貰った。案ずるな!」
鋼牙は赤ちゃん用のおむつやおもちゃ、
ほ乳瓶、粉ミルクの一式セットの山を指さした。
鋼牙はバサッと白いコートを翻し、倉庫のドアから出て行った。
その後をモイラはついて行った。
一人取り残されたジルはしばらく唖然としていた。
やがて我に返り、ベッドの上で元気にはしゃぐクレア・ベイビーを見た。
「ちょっと!何よおおおっ!全部!あたしに押し付けてええええっ!」
流石のジルも憤慨した。
 
(第25章に続く)