(第26章)鳥!!(ヒッチコック)

(トラウマ注意!!読む前にトイレを御済ませください!!)
 
(第26章)鳥!!(ヒッチコック
 
ジルの隠れ家。
「おぎゃあああああっ!おぎゃあああああっ!おぎゃあああああっ!」
ジルは両腕で眠くてぐずっているクレア・ベイビーを抱き、
辛抱強く上下に身体を揺らしてあやして眠らせようとした。
しかしなかなか上手く行かないのでモイラが置いて行った
育児の本を熱心に読みあらゆる方法を試行錯誤で試した。
やがて辛抱強く静かにクレア・ベイビーの身体を上下に揺らし、
優しく声を掛けてあやす事、一時間。
ようやくクレア・ベイビーは静かになり、
ジルの腕の中で安心した様に静かに目をつぶり、
安らかな表情で眠りについた。
ジルは何故かすやすやと眠るクレア・ベイビーの寝顔を見ている内に
可愛さを感じ、まるで我が子の様に愛しく感じた。
その時、ふとジルの脳裏に自分の母の事を思い出した。
「ママもこうやって苦労してあたしを育ててくれたのね。」
そう思うとジルは自分の母に感謝の気持ちが芽生えた。
ジルはフフフフッと笑い、時々、夢の中で微笑む、
クレア・ベイビーの愛らしい表情を飽きる事無く見ていた。
「クレアにもクリスにもあたしにも皆、こんな日があったのね。
覚えていないけれど。きっとママにとっては……」
ジルは少し寂しくなり、僅かに涙を溜めた。
でも今はきっと天国であたしのママも。
クレアとクリスのパパもママもきっと見守ってくれているのよ。
ジルは天井を見上げ、安らかな表情を浮かべた。
 
ジルの隠れ家からさほど遠くない距離にある何処かの廃墟となった建物。
巨大な雀の姿をした姑獲鳥は黒い眼球でじっと長い間、
自らリモコンで付けたテレビを見続けていた。
テレビのニュースで痛ましい児童虐待のニュースが報道されていた。
それによるとマンハッタンのマンションで3歳の女の子が
顔に火傷を負い、死亡したと言う内容だった。
そして自宅で顔に火傷を負って死亡させ、日常的に虐待を繰り返していた
内縁の夫と母親が幼児暴行の疑いで逮捕、書類送検された。
犯人の内縁の夫は女の子の両手をネクタイで後ろ手に縛り、
殴る、蹴る等の暴行を加えた事を自ら認めた。
「動き回られるのが嫌だった……」と本人は自供した。
テレビでニュース報道を見ていた姑獲鳥は
全身をブルブルと激しく痙攣させた。
姑獲鳥は心の奥底から子供を虐待して死なせた内縁の夫と母親に対し、
凄まじい程の憤怒と憎悪が湧き上がるのを感じた。
「ジュジュジュジュン!ジュジュジュジュン!」
姑獲鳥は雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声を上げた。
更にテレビ画面にデカデカと3歳の子供を虐待して死なせた
内縁の夫と母親の顔写真が表示された。
途端に心の奥底に溜めこんでいた激しい憎悪と憤怒を爆発させた。
姑獲鳥は複雑な網目模様の入った白みを帯びた嘴を何度も開閉した。
雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声を上げた。
「ジュジュジュジュジュン!ジュジュジュジュジュジュン!」
続けて姑獲鳥は何度も何度も頭部を高速で前後に動かした。
更に鋭い嘴の先端をガンガンガンと子供を虐待して死なせた
内縁の夫と母親の名前と顔写真が映った
テレビ画面に何度も何度も叩き付けた。
ガシャン!バリイン!ガシャン!ガン!ガン!
騒がしい音を立ててテレビの液晶画面は粉々に砕け、何も映らなくなった。
それでもまるで憤怒と憎悪をぶつける様に鋭い嘴の先端で執拗に攻撃した。
やがてテレビは原形を留めない程まで破壊しつくされた。
テレビは文字通り、瓦礫の山と化した。
ジュジュジュジュジュジュン!ジュジュジュジュジュン!
ジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥はまだ憤怒と憎悪が収まらないのだろう。
未だに雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声を上げ続けた。
その雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声は誰もいない
廃墟となった建物の内部の隅々まで響き渡った。
 
マンハッタンのとある小さな会社の倉庫。
「ジュジュジュジュジュジュン!ジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥は青い巨大な羽根を広げ、素早い動きで獲物となった
哀れなアメリカ人男性と女性を執拗に追跡し続けていた。
「嫌ああああっ!」
「誰か!誰か!助けてくれえええっ!」
アメリカ人男性と女性は誰もいない周囲に助けを
求めつつも激しく息を切らせて全速力で走り続けた。
やがてアメリカ人男性と女性は目の前の
シャッターの僅かな隙間から倉庫内部に避難した。
バリバリバリバリビリビリビリビリ!
と言う凄まじい音が倉庫内に響き渡った。
姑獲鳥は複雑な網目模様の付いた青い嘴であっと言う間に
倉庫のシャッターを紙切れの様に引き裂いた。
やがて姑獲鳥は倉庫のシャッターを
いとも簡単に破壊した後、内部に侵入した。
姑獲鳥は獲物となったアメリカ人男性と女性を探して倉庫内を飛び回った。
そして時々、高い場所に着地し、黒い眼球で隠れている
アメリカ人男性と女性を執念深く探し続けた。
「ジュジュジュジュジュジュン!
子供を大切にしない両親は何処かしら?
子供を痛めつける悪い両親は何処?
何処なの?ジュジュジュジュジュン!」
姑獲鳥はしゃべっては雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声を上げた。
そして倉庫内の周囲の車やコンテナ等
のあらゆる箱状の物をしらみ潰しに破壊し続けた。
ガッシャアン!ドグアアン!ドカアアン!グシャアッ!ギャン!
次々とあらゆる箱状の物を破壊し、中を覗き見ては見つからなければ
悔しそうに雀の威嚇を彷彿とさせる鋭い鳴き声を上げた。
青い羽根を広げ、隠れている
アメリカ人男性と女性の姿を求めて倉庫の中を飛び回った。
ドカアアアン!グシャアアッ!バキヤッ!
周囲の箱状の物を破壊している内に姑獲鳥は
微かに啜り泣く女性の声を敏感に察知した。
ドガアン!と大きな音を立てて、コンテナの上に着地した。
ベリベリ!バギッ!ベリベリ!バキバキ!ビリッ!
姑獲鳥は鋭い嘴でコンテナの
天井の鉄板を紙切れの様にいとも簡単に引き千切った。
更につまみあげてあっと言う間に大穴を開けた。
姑獲鳥はコンテナの天井の穴からするりと内部に侵入した。
コンテナの内部には目の前には怯え切って
悲鳴を上げているアメリカ人女性と男性がいた。
しかしアメリカ人の男性は勇気を振り絞って立ち上がった。
近くに置かれていた鉄パイプを手に取った。
「煙草の火を子供に押し付けた位でなんだ!!」
そう叫ぶと男性は鉄パイプを両手で構えた。
次の瞬間、姑獲鳥は目にも止まらぬ速さで頭部を前後に動かした。
そしてアメリカ人男性が持っていた鉄パイプを取り上げた。
パキィン!と大きな音を立てて鉄パイプを文字通り真っ二つにへし折った。
「うっ……嘘だろ……マジかよ……」
続けて姑獲鳥は再び頭部を再び、目にも止まらぬ速さで前後に動かした。
同時に網目模様の付いた鋭い嘴でチュン!と鳴き、
アメリカ人男性の胸部を軽くつついた。
次の瞬間、アメリカ人男性の肉体から魂が引き剥がされた。
男の肉体はまるでゴム人形の様に身体をくの字に曲げ、
後方に吹き飛ばされた。
グシャアアアッ!と大きな音を立てて
コンテナの壁に激突し、そのまま動かなくなった。
一方、引き剥がされた青緑色に輝く魂は生前の人型を留めていた。
しかもアメリカ人男性はただ茫然と
何が起こったのか分らぬまま立ちつくしていた。
姑獲鳥は大きく口を開けた。
「ううううううっ!ぎゃああああああっ!」
断末魔の絶叫と共に哀れにも青緑色に輝く
アメリカ人男性の魂は姑獲鳥の口の中に吸い込まれて行った。
姑獲鳥はバクン!と口を閉じた。
アメリカ人男性の魂を捕食した姑獲鳥は女性の方に向き直った。
女性は身の毛がよだつような恐ろしい光景に悲鳴さえも上げられなかった。
代わりに女性は命乞いをした。
「お願い!もう子供を傷めつけたりしないから
!許して!許して!許して!」
姑獲鳥は容赦無く女性の顔面に網目模様の付いた青い嘴を叩き付けた。
そして女性の顔面から魂を強引に引きずり出した。
続けて断末魔の絶叫を上げさせる間も無く
一気に頭から女性の魂を丸呑みにした。
魂を捕食され、残った女性の肉体はバタリと一枚板の様に仰向けに倒れた。
更に姑獲鳥はその魂の無い肉体と化した
アメリカ人男性と女性の顔を黒い眼球でじっと見た。
「トミーとケリー!トミーとケリー!トミーとケリー!
トミーとケリー!トミーとケリー!トミーとケリー!
悪い親!悪い親!最低の親!最低の親!
ジュジュジュジュジュン!ジュジュジュジュン!
トミーとケリーは悪魔!悪魔の魂はあたしの餌!チュンチュンチュン!
喰った!喰った!喰った!やった!やった!美味しい!美味しい!
チュンチュンチュンチュンチュン!
チュンチュンチュンチュンチュン!」
姑獲鳥は長々と朝に良く聞える馴染み深いあの雀の鳴き声を上げ続けた。
彼女の雀に似た鳴き声は倉庫内の隅々、長い間、響き渡った。
 
(第27章に続く)