(第5章)暴走する遺伝子

(第5章)暴走する遺伝子
 
その日の満月の夜。
ワシントンDCの住宅街にある大きな自宅。
マイケル上院議員は今年の大統領選挙の為に再びホワイトハウスや各地で
自分の投票をアメリカ国民に呼び掛ける為、演説をし続け、
ようやく自宅に戻り、またいつもと変わらず全身の汗をシャワーで流した。
彼はソファに座り、冷たいビールを飲もうと蓋を開け様と指を掛けた。
しかし自宅内で奇妙な物音が聞えた。
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
「なんだ??」
マイケル上院議員はビール缶を机に置き、リビングの周囲を見渡した。
しかし誰もいなかった。
気のせいだろうと思い、再びソフアーに座った。
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
再び奇妙な物音が聞えた。
「なんだ??一体??まさか?悪質な悪戯か?」
マイケル上院議員は今日の夜の楽しみを邪魔され、微かに苛立っていた。
「おい!誰だ!悪戯か?警察を呼ぶぞ!不法侵入者!」
マイケル上院議員はソファから立ち上がり、周囲に大声でそう呼びかけた。
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
再び物音が聞えたのでマイケル上院議員は良く耳を澄ました。
どうやら玄関の辺りから聞こえる様だ。
マイケル上院議員はやれやれと首を左右に振った。
マイケル上院議員は近くの置いてあった金属バットを手に取った。
そして金属バッドを両手で構え、物音が聞えた
玄関の方へ注意深く慎重に歩いて行った。
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
「誰だ?」
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
「誰だ??いい加減に姿を現せ!!」
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
「いい加減にしないと……」
マイケル上院議員はそこまで言い掛けて急に口を閉じた。
玄関のドアの前に茶色の大きな仮面を被った成人男性が一人立っていた。
しかも黒く長いロングコートを羽織っていた。
「誰だ?まさか?あいつか??あいつの差し金なのか?」
何も答えずただ不気味立っていた。
最悪な事に大きな仮面を被った成人男性
は黒いロングコートを大きく左右に拡げた。
同時に4対の昆虫に似た巨大な翅に早変わりした。
更に両肩から巨大な亜鋏状の鎌の付いた棘だらけの昆虫の脚を伸ばした。
やがて大きな仮面がパキッと二つに割れた。
続いて二つに割れた仮面の中からカマキリそっくりの
巨大な複眼の付いた灰色の逆三角形の頭部が現われた。
二つに割れた仮面は人間の顔を模した模様であり、
それらは首元から生えた一対の顎脚だったのだ。
「うわあああああっ!」
マイケル上院議員は目の前に現れた巨大昆虫につい大声で悲鳴を上げた。
その瞬間、成人男性から真の姿となった巨大昆虫は
目にも止まらぬ速さで両肩から伸びた巨大な亜鋏状の鎌を振り降ろした。
咄嗟にマイケル上院議員は金属バットを真横に構えて攻撃を防ごうとした。
しかし無駄だった。
巨大な亜鋏状の鎌は金属で出来たバッドをやすやすと切断した。
グサリ!グサッ!
肉が斬れる生々しい音と共に振り降ろされた巨大な亜鋏状の鎌は
マイケル上院議員の両肩に食い込んだ。
次の瞬間、両肩の衣服が破れ、真っ赤な血が噴き出した。
「ぐああああああああっ!」
巨大昆虫はそして4対の刃物状の鋭い牙を
マイケル上院議員の胸部に突き刺した。
バキッ!ベキッ!ベキッ!グシャッ!ベキッ!
巨大昆虫は4対の刃物状の鋭い牙で
マイケル上院議員の衣服と皮膚を引き裂いた。
続いて無数に並んだ鋭い歯で彼の衣服と
皮膚の下の肉を食い千切り、何度も咀嚼した。
やがて巨大昆虫は短時間の内にマイケル上院議員
胸部から腹部にかけて存在していた内臓をごっそりと喰い尽した。
それから食事を終えた後、巨大昆虫は何事も無かったかのように
自らのドアを開け、背中から4対の昆虫に似た巨大な翅を大きく広げた。
ブブブブブブブブブブブブブブブッ!
大きな羽音を響かせ、巨大昆虫は飛翔した。
巨大昆虫は満月の空に向かって飛び続けた。
やがて巨大昆虫の姿は急激に小さくなり、
そして月光の光に溶け込み、見えなくなった。
それは余りに恐ろしくも幻想的な光景だった。
 
マイケル上院議員が謎の巨大昆虫に捕食されてから一時間後。
マーゴット刑事とジェレミー刑事を乗せた
パトカーはワシントン郊外の大きな家の敷地に止まった。
2人の刑事は玄間のドアを開けた老紳士に
ワシントンDC首都警察のバッジを見せた。
「貴方がカイラ・ウルフ博士ですか?」
「刑事さんですか?」
老紳士は2人の刑事を自宅の中に招き入れた後、テーブルに紅茶を出した。
老紳士の部屋は医学書や遺伝子研究に関する本がたくさん並べられた棚や
壁には幾つもの遺伝子のDNDゲノム標本や
権威のある賞状等が飾られていた。
「さて?何の話かな?」
「貴方が人工昆虫のユダの血統を研究していると聞いて。」
「はい、確かにあくまでも私が自称ですが。
『ユダの血統研究』の権威です。」
ジェレミー刑事は今回の殺人事件とここ数週間で若い女性が原因不明の
失踪をしている事件にユダの血統が関わっていると言う事を正直に話した。
「まさか……ユダの血統が……」
「どうもそうなんです。」
老紳士、いやカイラ・ウルフ博士は両腕を組み、大きく溜め息を付いた。
「そのユダの血統って言う昆虫について教えて欲しいわ。」
するとカイラ・ウルフ博士は重い口調で話し始めた。
「数年前、世界中でストリックラー病が蔓延し、
多くの子供達の尊い命を奪ったのは君達、知っているだろう」
「ええ、かなりの大勢の子供達が亡くなったって。」
「俺の親戚の子供もストリックラー病にかかって
命は助かったが今でも重い後遺症に苦しめられている。」
「そう、それで当時、CDCアメリカ疾病予防管理センター
に所属していたピーター・マンの依頼を
受けた昆虫学者のスーザン・タイラ博士
はゴキブリのみを殲滅し、一定期間後に死滅する様にプログラムされた
新種の昆虫『ユダの血統』を創造した。」
そのカイラ・ウルフ博士の話を聞いていたジェレミー刑事は
ふと脳裏に茶色の髪に黒縁の眼鏡を掛けた
茶色のロングコートを着た男の姿が浮かんだ。
さらにその男の言葉も鮮明に思い出した。
に勤めていたんだ。僕の妻は昆虫学者で昆虫の事を良く知っていた。』と。
まさか彼がピーター・マン??
 その間にもカイラ・ウルフ博士は話を続けていた。
「新種のユダの血統は全米の遺伝子研究所の協力の元、
シロアリとカマキリの遺伝子を配合し、産み出された。
そしてメスの不妊処置を施した後、外界に放たれた
ユダの血統はゴキブリの駆逐が終わった後に自滅する筈だった。
だが雄の一匹に偶然産卵能力があった事で生き延び、繁殖を開始したんだ。
しかもゴキブリに対抗すべく代謝
活性化させた事で繁殖サイクルが活性化し、
数百世代に渡り子孫を残し続けた。
その結果、本来昆虫には存在しない筈の臓器である
肺が現われた事で成人男性の体格まで進化した。
さらに現在でも雄のユダの血統は更に暴走する様に進化していて……」
「まさか?人間と交配が可能とか?」
「…………」
カイラ博士の言葉を聞いたマーゴット刑事は言葉を失い、全身を震わせた。
 
(第6章に続く)