(第6章)報復(リトビューション)

(第6章)報復(リトビューション)
 
ベルゼビュートは重々しく口を開いた。
「僕はかつてカナン地方を中心に各所で崇められていた
嵐と慈雨の神『バアル・ゼブル』だった!
しかし唯一絶対神『YHVA』を信仰する人々の手によって
『崇高なバアル』から『蠅のバアル』と嘲笑われ!
貶められ!悪魔として地獄に堕落させられた!
あげくには僕を殺そうとメルカバーの軍の
天使達や大天使達に命を狙われた!
それはまるで無責任な親や先生が子供の大切なテレビやゲームを一方的に
悪と貶め!奪い!言葉の暴力でその子供を痛めつける様に!
苦しんでいる子供の気持ちを知らずに!勝ち誇った表情で!
その子供が望んでもいない事を無理矢理させた
親を愚かにも英雄と称える偽善者共!!
君は親友だから意味が分かるだろ?
僕はそんな連中のせいで崇められる場所も!!
僕を信仰してくれる大勢の人々も失ったのだ!!」
ベルゼビュートは怒りで4対の手足が小刻みに震えているのを感じた。
しかし彼はそれを止める術が無かったし、止めようともしなかった。
「僕は無の地獄を彷徨っている内にー。
メシアの涙『エイリス』に助けられ!僕は『闇の魔導書』を使い!
追って来た偽善者のメルカバーの天使や
大天使達を生贄として僕は転生した!
再び必ず!唯一絶対神『YHVA』をこの手で殺し!復讐を果たす!
この我の翅の髑髏の模様に誓って!!」
「そうか、あんたはジル・バレンタインを利用するつもりだし!
俺達メシア一族やT-ウィルス、Gウィルス、
外神ホラーが持つ賢者の石さえも利用する!
正に今の親友のあんたは!『報復のバアル』だな。
なかなか重い話だがっ!そのYHVAって奴に復讐する前によおっ!」
ゾルバリオスはクンクンと鼻を鳴らし、
素早く茶色の瞳を真っ赤に輝かせた。
その後、ある方角を見た。
ゾルバリオスの視線の先にはー。
6年前、ソフィア・マーカー事、シュブ二グラスにより、
T-エリクサーに感染させられた為、隔離されていた芳賀真理がいた。
しかし彼女は既に開発されていた
T-エリクサーのワクチンを投与されていた。
またのちの血液検査により、ワクチンの効果が無事確認されたのでようやく
今日、隔離部屋から解放されていた。
しかし運悪くベルゼビュートと
ゾルバリオスの戦闘の中に知らずに入り込んでいた。
ゾルバリオスは口元を緩ませ、ニヤリと笑った。
その瞬間、ベルゼビュートはゾルバリオス
何を企んでいるのか直ぐに分かった。
ゾルバリオスは四つん這いになり、地面を蹴って走り出した。
「まずは!あの同胞の下級ホラーを救って見せろ!」
ゾルバリオスは突然の事で茫然としている芳賀真理に向かって突進した。
続けて彼女を人質にする為に鋭い鉤爪を伸ばした。
真理は驚きと恐怖の表情を浮かべ、
胸元まで伸びた茶髪をいやいやと振り乱した。
彼女は恐怖の余り、茶色の瞳を見開いていた。
ゾルバリオスの鉤爪はあと1m先の緑色の服と
黒いジャージ姿の芳賀真理に徐々に接近した。
その時、ベルゼビュートは右腕をゾルバリオスの背中に向けた。
続けて掌から黄色の稲妻を放った。
高速で放たれた黄色の稲妻はゾルバリオス
右背中に直撃した後、一気に心臓を貫通した。
緑色の芝は焼け焦げ黒くなった。
ゾルバリオスは全身に走った激痛で絶叫した。
「ぐああああああああっ!これは?貫電撃!」
ゾルバリオスは背中と左胸部から更に
大量のどす黒い血をダラダラと流した。
全身は電撃により完全に麻痺して身動き出来なかった。
「うっ!ぐっ!馬鹿な……賢者の石の力を持つこの俺がッ!
フフフッ!やっぱり親友は強いなあ……しかも……。
あの女に貫電撃が当たらない様に……俺の弱点のみを貫いた!
ハハハハハハハッ!……完……敗だよ!」
ゾルバリオスは一瞬だけ笑った。
やがてゾルバリオスは断末魔の遠吠えを上げた。
「ウッ!ウオオオオオオオオオオオオン!」
同時にゾルバリオスの肉体は凄まじい爆発音ともに四散した。
真理は急に目の前で爆発が起こったので驚き、
小さく悲鳴を上げ、その場で尻餅を付いた。
しばらくして爆四散後もゾルバリオスの赤みを帯びた
邪気と肉片は空中に漂っていた。
そこに背の高い日本人の青年が現われた。
「終わったかい?」
「ああ、終わったよ!アナンタ!」
日本人の青年、アナンタの問いにベルゼビュートから
人間体のジョン・C・シモンズの姿に戻った
彼はアナンタの質問に答えつつも芝の上で
尻餅を付いている芳賀真理の手を取り、立ち上がらせた。
「真理!平気かい?」
「ええ、ホラーの返り血は浴びていないわ……」
「君は元々ホラーだから平気だろ?」
「フフフッ!そうだったわ!」
しばらくジョンと真理はお互い笑い合った。
その後、ジョンはアナンタに真剣に向き合った。
「アナンタ!頼みがある!」
「なんだい?僕に出来る事なら!」
「いや、君にしか出来ない事だ!」
ジョンは未だに周囲に漂っている
ゾルバリオスの赤みを帯びた邪気と肉片に目を向けた。
「彼を!ゾルバリオスを!あんな奴でも我々メシア一族の同胞であり!
僕の親友だ!真魔界では良く話していたし!
僕のくだらない話や真面目な話をちゃんと聞いてくれた!
いい奴なんだ!だから彼を君の手で救済してやって欲しい!」
「いいよ!僕をあの真魔界の地下ナーガーローガーから
復活させてくれた恩もあるからね!救済してあげるよ!」
アナンタは周囲の夜の闇を漂っているゾルバリオス
赤みを帯びた邪気と肉片の中心に立った。
彼は耳まで大きく開いた後、すーっと大きく深呼吸した。
同時にアナンタの周囲の夜の闇を
漂っていた赤みを帯びた邪気と肉片は彼の耳まで
大きく開いた口の中に吸い込まれて行った。
やがてアナンタは赤みを帯びた邪気と肉片を胎内に
すべて取り込むと口をバクッと閉じた。
「あとは寄る辺となる女神を手に入れるだけだね!」
「それなら心配はいらない!これからBSAA本部へ出向き、
元老院、冴島鋼牙と烈花法師、
ジル・バレンタインと話し合って取引をする!」
「いわゆる二種会談って奴だね?」
「ああ、無理に力任せに彼女を奪うのは良くない!
それに冴島鋼牙はあの黄金騎士ガロの称号を持つ魔戒騎士だ!
確かに僕は彼よりも戦闘力は高いし、強さの程にも自信はある!
でも、だからと言って無闇に暴力に頼るのも良くないと思う!」
「で?あいつらとは話し合いで?」
「ああ、そうだね!それじゃ!彼らとは上手く話を付けて来るよ!」
「行ってらっしゃい!」
「行って!頑張ってね!」
真理とアナンタはBSAA本部へ向かう
ジョンの黒いスーツ姿の背中を見送った。
ジョンは庭を出て駐車場に停めてある黒い車の前に立った。
そこにシモンズ家のメイドのメアリー・ウィスリーが現われた。
「どうしたんだい?」
「ひとつご質問をいいですか御主人様?」
「いいよ!でも手短に頼むよ」
「貴方が先天性の無精子病を患っているのは本当でしょうか?」
「ああ、本当だよ!僕は生まれつきY染色体不妊症さ。
僕のY染色体長腕のAZ領域が欠失している。
だから精液が出ても……精子が出て来なかった。でもね。
魔王ホラー・ベルゼビュートに憑依された時に
血や肉や魂が消失したんだけど。
その代わりに魔獣ホラーの黒い血液や細胞に置き換わった際に
幸運にも僕のY染色体不妊症は完治していたんだ。」
「その事を芳賀真理さんは知っているのでしょうか?」
「いや……まだだ……でもいずれは
ファミリーの長であり、シモンズ一族の現当主である
僕の遺志を継ぐ次の世代の子供が必要になるかも知れない。」
メアリーは驚きの余り、思わず何かを言おうとした。
しかしジョンは彼女に背を向け、直ぐに黒い車に乗り込んだ。
メアリーが「待って!」と声を掛けて、
慌てて止める前にジョンは黒い車を発進させた。
 
(第7章に続く)