(第6楽章)組曲・怪しき生命賛歌

(第6楽章)組曲・怪しき生命賛歌
 
深夜、ニューヨーク市内のとある裏路地でアレックスは食事の為に
近くのバーのある人気の無い駐車場で停車した。
そして長い間、辛抱強く獲物となる人間を待っていた。
間も無くして近くのバーの店で酒を飲み、酔っ払って店から出て来た。
白い服と黒い服を着た男に狙いを定めた。
2人共、茶髪の若い青年でほろ酔い気分で裏路地を歩いていた。
「なあー知っているか?」
「ああ、知っているぜ!
ニューヨーク市マンハッタンの一角に建っている。あのー確か?」
「ああ、ジェレミー・グレイだったか?確か資産家だっけ?」
「そうさ!大金持ちさ!でも何年か前にジェレミー・グレイは謎の失踪を遂げて」
「彼の大きな屋敷は今、売り出し中か?」
「数年前に別の資産家のお坊ちゃんが大金を払って
屋敷も土地も丸ごと買い取ったらしいぜ!」
「写真で見たな!かなりの美男だった!名前はマルヨ・スズキだったか?」
「変な人だって聞いたぜ!確か世界中のあらゆる場所の仮面を大量に収集して
真夜中に若い美女の金持ちや美男の金持ちや一般の男や女も集めてさ。
仮面舞踏会と夜のお楽しみをやっているとか?しかもあれに参加した美女や
美男や一般の男女は虹色の仮面を被った寄る辺の女神と交わるのが目当てらしい。
その虹色の仮面を被った寄る辺の女神と交わると強烈な快楽が得られて
異世界へ行ってさらにそれらの住人達と交われるらしい。
中には何かに憑りつかれて戻ってくる者や二度と帰って来ない者もいるとか?」
「それは確か無い筈。大体は寄る辺の女神の力で元の世界に
必ず戻してくれるとか別の連中が言っていた。
まあー異世界で何があったのか分からないけれど。」
「まるでカルト教団だな!それにしては自由だけど。」
「まあ―でも怪しさ満載だよな!」
「いつか俺達も行ってみようか?それぞれの噂さ!確かめてみようか?」
赤いセダンの姿のまま2人の話を聞いていたアレックスは魔獣ホラーを思い出した。
その美男に憑依した悪魔は間違いなく!
あの父上と同じ魔王ホラー・マーラの事だろう!
あいつは魔獣ホラーの中で『人間と魔獣ホラーが交わる事が出来るのか?』
という疑問を常に真魔界の魔獣ホラー達とよく議論していた。
でも多くの魔獣ホラー達は『何故?ホラーと人間が交わる?』と答えた。
魔王マーラはこう返した。
『我々魔獣ホラーは人間の血や肉や魂や精気を主食としており。
人間を捕まえて喰う事が出来なければ真魔界でも現世でも生きていけない。
それに人間に憑依してそれぞれの陰我に応じたの能力を獲得しなければ。
魔戒騎士とも魔戒法師とも戦いもままならないし、何より獲物を捕まえるのは困難だ。
でも更に深く人間と交わり子供を成せば我々はより境地に進化した強い種族になろう。
現在その研究を魔王ホラー・ベルゼビュートは人間と共に進めているという噂だ』
ついでに虹色の鳥の仮面を被った寄る辺の女神は……多分、彼女の事だろう。
間も無くして一人の男性が裏路地の四角い隅に停車している赤いセダンを見つけた。
「おい!あそこにセダンがあるぞ!」
「あっ!本当だ!」
「よし!入ってみよう!」
「いや!待てよ盗みはマズいだろ?」
「フン!不用心なのが悪いんだ!」
「そんな問題じゃないだろ?マイク!」
「じゃ!ほっといて良いって言うのか?」
それからマイクとケリーはしばらく睨み合った。
「分かったよ!バレたらお前のせいだからな!」
「決まりだな!さっさとバックレるぜ!ブラザー!」
ケリーはカッコつけて赤いセダンのドアを開いた。
「あれ?」
「おいおい不用心にも程があるってもんだぜ!」
ケリーとマイクは赤いセダンのドアがあっと言う間に
開いたのに驚き、お互い顔を合わせた。
「おいおい。持ち主はどこに行った?」
「しかも見るからに高そうな車を置き去りするなんて!」
「全く不用心にも程があるぜ!一体?どこのドイツなんだ?」
ケリーはマイクのギャグを無視し、赤いセダンの車の運転席に座った。
運転席の黒いシートは新品ですべすべしていてとても乗り心地が良かった。
「おい!座り心地が最高だぜいっ!」
「そっ!そうか?」
上機嫌に語るケリーの言葉に背中を押されてマイクを
反対側のドアを開けて助手席に座った。
確かに黒いシートはすべすべして座り心地は最高だった。
「こいつはスゲエぜ!」とケリーは大声を上げた。
そしてケリーはニコニコと笑い、両手で木の皮と黒いゴムに覆われた
高級なハンドルをギュッと握った。
次の瞬間、ガチャ!とドアの内側からロックが掛かった。
「えっ?」「はっ?」
ケリーとマイクは赤いセダンの内側からロックが
掛かる音が聞こえたのでそれぞれ両側のドアを見た。
なんと!さっきまで存在していた筈のドアノブとロックのつまみが忽然と消えていた。
「おい!どうなっているんだ!」
「ドアが開かないっ!」
ケリーとマイクはパニックになり、何もなくなった
内側のドアに身体を何度もぶつけて脱出しようと試みた。
しかし内側のドアは硬くてびくともしなかった。
更にごぼごぼと大きくぐぐもった音が聞こえた。
「おい!なんだこれは?」
「生温くて!気持ち悪いっ!」
突如、閉じ込められた車内に透明な生温かい水が
ケリーとマイクの足元から上へ上へと水位が上がっていった。
「うごおっ!ごぼおっ!」
「たす!助けて!ああっ!ぐぼぼぼっ!」
やがて車内の天井まで満たした生温かい水がケリーとマイクの全身を沈めた。
2人は溺れかけつつもまだ生きてた。
「ぐあっ!ごぼっ!ぐぼっ!ごぼぼっ!」
「助けてくれ!誰かあっ!熱い!熱い!ぐうぼおっ!」
「ぐえっ!いやだ!死にたくないっ!助けて!熱いっ!」
やがてケリーとマイクの肉体と魂も消化され、液化した。
そして生温かい水の中に養分として溶け込んだ。
やがて車内を満たしていた生温かい水は再び下へ下へと水位が下がり、消えて行った。
車内はケリーとマイクが乗り込む前の状態の元の助手席と運転席に戻った。
もちろん水に濡れた形跡は一切無く運転席も
助手席も乾いた状態のまま新品同様だった。
運転席も助手席の黒いシートも木の皮も黒いゴムに覆われた
ハンドルも乾いた状態のまま新品同様だった。
赤いセダンの姿のままアレックスは無人のまま
白いヘッドライトとオレンジのウィンカーを付けた。
更にブウウウン!とエンジンのかかる音が聞こえた。
その後、赤いセダンの姿のままアレックスは
無人のまま裏路地の四角い隅を抜け出した。
続けて裏路地を出るとそのまままるで人間が
運転するようにブーンと道路を走り続けた。
そして赤いセダンのまま走っていたアレックスは
心の中で静かにこうつぶやき、クスクスと笑い声を上げた。
「さらば!悪党ブラザーよ!君達の生命は決して無意味なものにしない!クスクス」
赤いセダンの姿をしたアレックスはしばらくニューヨークの街中を
ブーンブーンと音を立てて走り続けた。
アレックスはふと注文しておいたベートヴェンの第9のレコードのことを思い出した。
そのレコードは「へんちくりんな電子音がする
」と裏切られる前の友達のピートが聞いた。
面白そうなので買いに行こうと思っていたのだった。
俺は赤いセダンの姿のままレコードの店のある場所へ向かったのだよ兄弟。
『メロディア』なんてしゃれた名前だけど。
ここ最近、CDやらオーディオプレイヤーだのが大量に店に出回っているもんで
既に古いレコーダーや丸い黒いレコードはほぼ廃れて余り残っていない。
その店はそんな新しいCDやラジオ、レコードがとても軽くお手軽に買える
ただ一つの店である。俺はここの常連だった。
少なくとも警察に逮捕される前の事だが。
それから古びたレコード店の『メロディア』の近くの駐車場の人目の付かない
場所に赤いセダンを止めるとすぐに人間の少年の姿のアレックスに変身した。
そして自動ドアを通って中へ入った。(ちなみに俺は常に広範囲の多数の人間に
強力な催眠術の結界を張っているので一万人の若いプディッア(女)達を初め、
この店内にいる店員や店長や客は俺がさっき警察の拘置所から脱走した
アレックス・M・スタンリーだと認知出来無くしている)
店内に入ると客はドイツ人とイギリス人のプティッア(女の子)の2人のみだった。
ドイツ人とイギリス人のプティツア(女の子)
は揃ってアイスクリームなんか舐めていた。
見たところしっかりとした大人のプティツア(女の子)だった。
彼女達はジョー・バナウェイやスタン・クロー、ミリサースとした
くだらない曲の入ったレコードばかり手に取って見ていた。
兄弟よ。2人のプティツア(女の子)、
いやチボーチカ(女)は俺の方を茶色の瞳で見た。
俺は白い歯を見せてニコニコと笑って見せた。
俺は店のカウンターに立っている禿げ頭でやせこけたジョニーという男に
例の注文していたレコードが入っているかどうか聞いた。
「ああ!分かっているさ!ニュース!ニュース!あれが着いた!」
するとジョニーの隣にいたアンディはクスクスと笑った。
続けてジョニーはピカピカと磨き上げられたレコードをアレックスに見せた。
レコードには雷に打たれたのかしかめっ面をした
眉のベートベン自身の顔が付いていた。
彼はそれを袋にしまうとアレックスに渡した。
アレックスはアンディに貯めて置いた代金を支払った。
それから気になっていた2人のチボーチカ(女)
のところに近づくとまたにニコニコ笑って見せた。
「へえーひとり?なんかいい匂いしない?」
「さみしそうねぇ!凄くいい匂いをしているのに」
2人はクスクスと笑い、身を捻り、尻を左右に振った。
アレックスはある事を思いついた。
「君達さ!うちに帰って!つまらない音楽をかけて聞くの?」
俺は2人のチボーチカ(女)に声をかける直前にティーン向きの
ポップレコードを買っているのを見ていた。
「君達はピクニック用のちっぽけなプレーヤーしか持っていないんだろ?」
俺は胸を張って大きく両目を見開きこう言った。
「モーテルの部屋のあれを使えば音は最高!
天使のトランペットに悪魔のトロンボーン!招待しちゃうよ!」
アレックスの提案に2人のチボーチカ(女)は2つ返事でOKした。
 
(第7楽章に続く)