(第27楽章)形なきものと悪魔を匿う女の変奏曲

(第27楽章)形なきものと悪魔を匿う女の変奏曲
 
ジルは穏やかに笑い「良かった~」安心した表情を浮かべた。
どうやら気にはならないようだ。ある意味、不幸中の幸いである。
またその成仏した赤ちゃんの幽霊がいた場所の脇の小さな穴から一ケ月前に
死んでしまい、もう冷たくなっていた赤ちゃんの遺体を発見した。
直ぐにジルニューヨーク市警に通報した。
間も無くして警察官が何人か来た。あの強面の屈強な警官を来ていた。
そして警官達は不思議がっていた。
何故?この人達はあの赤ちゃんの捨てられた場所が正確に分かったのだろう?
その問いにジルと鋼牙はお茶を濁すように答えた後、その場を立ち去った。
再びジルと鋼牙は4人の若者の失踪事件の現場に戻った。
つまり最初のケントとガイラが失踪した現場で怪しいセダンが目撃された場所である。
改めてジルはまた目を瞑り、手を合わせた。
ジルは額にしわを寄せて、口をぐっとつむぎ合掌を続けた。
しばらくしてジルは両目をカッと見開いた。
ジルは直ぐに口を開いた。
「ええ、僅かだけどここに賢者の石とホラーの邪気を感知したわ!」
魔導輪ザルバも静かに言った。
「ああ、確かに!賢者の石とホラーの邪気と気配を僅かに感じたぜ!」
「それは!あっちに続いているわ!」
ジルはさっきの細長い裏路地の奥とは反対側の駐車場から出た
家々が建ち並ぶ住宅街を指さした。
「よし1行ってみよう!」と鋼牙。
ジルと鋼牙は再び車に乗って住宅街へ向かった。
そして家々を通り過ぎる間にジルは更にホラー探知を続けた。
幾つもの家々を通り過ぎていたがどれも当たりは無かった。
そう僅かでも余りにも量が少なすぎる為、簡単にはホラーは発見出来そうになかった。
13時間後。ジルは一軒家のガレージを指さした。
「あの家のガレージから僅かだけど賢者の石とホラーの邪気と気配が」
「ああ、俺様も感じるぜ!」
「とにかく行ってみよう!」
鋼牙とジルはそのガレージのある一軒の家を尋ねる事にした。
道中、鋼牙とザルバはジルに聞かれぬようにヒソヒソと話し始めた。
「おい!ジルが歌った『亡き女王の為のセプデット』によって
あの飢えから解放されて転生した赤ちゃんの事だが」
「ああ、分かっている!人間の肉体には転生しないのだろ?」
「間違いなく。賢者の石を霊体が取り込んでしまった。
つまりあの赤ちゃんは人間としてではなくジルの分霊として
新しく転生した可能性が高いんだ!つまりあの赤ちゃんは女の子だから」
「ジルの地母神の能力を受け継ぐ新たな分霊か?」
「人間に害は?」
「分からん!現在!ジルの分霊は『形無き存在』でしかない。
いわゆる賢者の石の力を持つ自然の一部にすぎず何者でも無い。
だがいずれ人間の認識が人の姿をした神となり、人間の男達と交わって
多種多様な自然神のような存在が生まれるのかも知れん!」
「成程、後々、大きな厄介事にならなければいいが。」
「ちょっと!何をヒソヒソと話しているのよ?!」
いつまでも立ち話をしている鋼牙とザルバに食って掛かった。
「いや!何でもない!」
「それよりも!間違い無い!この家のガレージからだ!」
「そうね!ここの家のガレージからホラーの邪気と気配が!」
「だが漏れているの微かなのだろ?」
「ええ!そうよ!とりあえず家主に話してみましょ!」
「ひょっとしたら!家主がホラーかも知れん!」
「さて!どうかな?俺様はガレージの物が怪しいと思うぜ!」
鋼牙とジルはシャノンの家の玄関前に立った。
ジルはインタホーンを鳴らした。間も無くしてー。
家主のシャノンが玄関のドアを開けた。
「どちら様でしょうか?」
僅かに怯えた表情をしながらシャノンはそう尋ねた。
「えーと私達はBSAAの者です。実は聞きたい事が」
「この家のガレージに赤いセダンは無いでしょうか?」
「いや!赤いセダンは家にはありません!」
シャノンそう声を上げた。
それに対してジルは冷静にこう返した。
「では?ガレージを調べても?」
「いえ!私のガレージに赤いセダンはありません!
白いバイクが2台だけです!怪しい検査は必要ありません!では!失礼します!」
シャノンはぴしゃりと玄関のドアを閉じた。
続けて玄関のドアの内側からカチャッ!カチャッ!とロックが掛かる音。
ジャラジャラ!カチャッ!と言うドアのチェーンが掛かる音がした。
どうやら門前払いされたようだ。
ジルと鋼牙はシャノンの家の前で両腕を組んで考え込んだ。
「やっぱり!怪しいぜ!ただあの家主の女性はホラーじゃなさそうだ!
ただあの女のお腹に宿っているであろう子供と
彼女自身から強い賢者の石の力を感じた。」
「実は私もよ!多分!あの女の人は純粋な人間?でも……」
「もしかしたら?魔獣ホラーを匿っているかも知れん!」
「成程!昔のハルと同じケースだな!」
そのハルと言う名前の魔獣ホラーは過去に鋼牙とカオルが遭遇した。
ハルは過去に向こう側(バイオ)の世界で鋼牙が封印したホラーだった。
この魔獣ホラーは主に水槽をゲートにして魚に憑依して
孤独な人間の心に付け込んで餌である人間の女性を
集めさせて喰らい、血を吸い尽くしていた。
いわゆる人間嫌いであるプログラマーの戸沼を魅了して、
恋心を持たせて彼女の為に女性の誘拐と殺人を繰り返していた。
勿論、鋼牙はハルの首をはねて封印した。
つまり今回も立場が逆でシャノンと言う
純粋な女性を利用して餌を集めさせているのか?
でもそうでもないようだ。もしかしたら人間嫌いなのだろう。
しかし目の前で人間を捕食する姿を目撃すれば普通の人間は自分の傍に。
ましてや自分の家のガレージにいさせたくないだろう。
「もしかしたら?知ってて魔獣ホラーを家に匿っているのかも?」
「きっと!他人や自分が喰われていても案外気にしないのかもな!
あの戸沼の次にハルの世話をしていた直人と言う男の様に。
最後に食われても良いと言う前提で家に匿っている。更にややこしく考えるなら。」
「人間の女が魔獣ホラーに恋していると言う訳か?」
「確かに厄介な事実ね!無闇にあの女性の前じゃ斬れないわ!だって。」
ジルは急に黙り込んだ。どうやらドラキュラ伯爵の事を思い出したようだ。
しかし間もなくしてジルは気持ちを切り替えようと鋼牙にこう提案した。
「もしかしたら?家にいない可能性だって考えられるでしょ?だから!」
しかし鋼牙はジルの提案に反対の意を示した。
「ダメだ!必要以上目立つな!」
ジルの提案は『シャノンの家の周囲の人々に怪しい
赤いセダンについて聞き込みをする』と言うものである。
しかし鋼牙は人知れず魔獣ホラーを狩り続けると言う魔戒騎士のルール
を基に行動している為、無闇にたくさんの人々と接触するのを避けたがった。
更に若者などの連中が怪しい赤いセダンを調べの夜中うろつかれると面倒だった。
きっと俺達の話に好奇心を持って怪しいセダンを探し回るかも知れない。
しかしジルは「そこのところはうまくぼかして話すから大丈夫」と自信満々に答えた。
だが鋼牙はあくまでも反対し続けた。
「大丈夫よ!」とジルはいかにも自信ありげで答えると鋼牙の反対を押し切って
シャノンの家の周囲の住民に聞き込みを始めようとした。
その時、「あのー」とさっきの鋼牙のヒソヒソ話を聞きつけたであろう
イスラムの青年のアブドゥルが話しかけて来た。
「はい!なんでしょう?」とジルは焦りつつもそう答えた。
「全く!あんたはここの住民か?」と呆れつつも鋼牙はアヴドゥルに尋ねた。
するとアヴドゥルは元気良くこう返した。
「はい!最近!アメリカに引っ越してきたんです!」
アヴドゥルは自分がテロリストだと身元は隠した。
今、彼らにテロリストだとバレるのはマズイ。
続けてアヴドゥルはおずおず口を開いた。
「実は昨日の夜。僕は。えーと散歩していて。それで。」
アヴドゥルは身長の言葉を選び、どうしたら2人に伝わるか
真剣に考えつつも昨日の夜の出来事を伝えた。
赤いセダンがシャノンのガレージにあった事。
シャノンに暴行をしていたクラマと言う日本人の男が
赤いセダンを壊そうとして車内に入って閉じ込められた事。
クラマと言う日本人の男が車内で溶けて骨まで消えた事。
シャノンの目の前で赤いセダンが15歳の少年になった事。
2人がセックスをして結ばれた事と怪物化した事を全て思い出すだけでも
顔面蒼白になっていたが勇気を出して全て洗いざらい話してしまった。
すると少しは気が楽になった。
アヴドゥルはおずおずと鋼牙とジルの顔色を伺った。
きっと信じていないだろうし、バカにされる!
こんなほら話なんか誰も信じない。だから笑ってくれ!
俺も一緒に笑ってやるから!なあ兄弟!
やがてジルと鋼牙はこう反応した。
それはアヴドゥルにとって意外な反応だった。
 
ニューヨーク市内の住宅街の片隅にある虐待シェルター。
そこは両親や恋人、親戚等に性的、精神的、肉体的な虐待を受けた
子供や女性や男性の大人達を一時的に保護するのを目的に設立された施設である。
ここは個人のプライバシーは保護され、両親や親戚、恋人が面会を求めて来ても
虐待を受けた個人の意見を尊重し、
会いたくない場合は面会を拒否する事も可能である。
また虐待された子供達や大人達を世話する職員や世話人さんが大勢働いており、
食事やシャワー、お風呂、生活に
必要な物の用意などもすべて彼らが協力して行っている。
他にも健康を管理する栄養士さんや医師、看護婦、スタッフが彼らの母親、
あるいは父親代わりとして24時間、シフト制で勤務している。
そんな虐待シェルターに一人の男が現れた。マツダ・ホーキンスBSAA代表である。
彼はエミリーの世話を担当している職員と話しを始めようと口を開いた。
 
(第28楽章に続く)