(第22楽章)人を喰らう魔王の息子らよ

(第22楽章)人を喰らう魔王の息子らよ


元恋人のクラマはシャノンのガレージの中にある白いバイクと
赤いセダンを指さして「あっ!」と表情をした。
「これがあるからいけないんだね!これがあるから!
逃げ出しちゃいたくなるんだね!壊しちゃおう!」
クラマは黒いカバンから一本の鉄のパイプを取り出した。
シャノンは弱々しく「やめて……それが無くなったら!
仕事に行けなくなっちゃう!だから!止めて!止めて!」と叫んだ。
「僕から何も言わないで勝手にいなくなったのは?
シャノンちゃんでしょ?もう二度と逃げ出さないようにしないとね!
こんなものがあるからいけないんだ!」
そういつとクラマは鉄のパイプを片手で握り、赤いセダンに近づいた。
するとシャノンは大慌てでこう叫んだ。
「ダメ!それは!借りたの!」
「借りた?それつまり?僕に隠れて浮気してたの?」
「違う!違う!女友達のよ!止めて!」
「女?友達?ああ知らないなあー!」
「だから!止めてって言っているでしょ!」
クラマは最後シャノンの甲高い叫び声が耳障りだったのか?
両眼を見開き、口を大きく開けた。
「うるさいっ!黙れえええっ!」
そう言うとクラマはシャノンに向かって鉄パイプを振り上げた。
途端にシャノンはすくみ上り、その場に尻もちを付いて、両手で顔を覆った。
クラマは幸いにも鉄パイプで彼女の顔を叩いたりしなかった。
勿論、たまたま運が良かっただけだ!
これ以上叫んだり、抗議すれば今度こそ
本当に鉄パイプで顔や全身を叩かれるであろう。
それからシャノンはクラマに鉄パイプや拳で暴力を振るわれるのが怖くてたまらず
身体を縮こませて、震わせて、唇も顔を真っ青にしながら無言で震え続けていた。
そしてとうとう言葉を口にする勇気すらなくなり、完全に黙り込んだ。
クラマは満足そうに見て、微笑んだ。
「そう!そう!いい子だ!いい子だ!」
何度もシャノンに向かって呟くと再び目の前に
停まっている赤いセダンに向き直った。
一方、俺、アレックスはそんなシャノンとクラマと言う日本人の男の
やり取りを聞いて心底腹が立っていた。
どうやらこのクソ野郎は自分の思い通りにならなかったり、
自分の価値観を無理矢理押し付けて相手が嫌がって受け入れなれないと
知るや否や勝手にブチ切れて、相手を散々痛めつけて肉体と精神を
傷つけて、それでも自分の価値観を受け入れない時は目の前にある
相手の大事な物を本人の目の前で粉々に破壊したり、隠したりして
平然と奪い取り、自分の価値観や自分の思い通りになるまでそれを続ける。
本当に最低のクズだな!大人じゃなくて!ただのガキだ!
信用出来ないただのガキにしか見えない!胸糞悪い奴だ!
赤いセダンの姿のままアレックスはそう思い続けた。
それからクラマは右手に鉄パイプを握り、赤いセダンを憎々しげに見た。
さらに歯をギリギリと鳴らした。
クラマはブンと風を切り、左手に握った鉄パイプを真上に振り上げ、繰り降ろした。
ガアアアアン!と言う大きな音と共に振り下ろされた鉄パイプは
赤いセダンの真っ赤なボンネットに直撃した。
しかも直撃を受けた筈のボンネットは凹んでらず、
それどころか傷一つ付いてなかった。
それを見たクラマは驚きつつも更に激昂した。
クラマは何度も何度も鉄パイプを真上に振り上げ、振り下ろした。
振り下ろされた赤い鉄パイプは赤いセダンの真っ赤なボディを初め、
フロントガラスをガン!ガン!
バン!バン!ガツン!ガツン!と狂ったように叩き続けた。
クラマは大きく口を開き、両眼を大きく見開いた。
「ぎゃあああっ!」とか「うわああああっ!」とか
「わあああああああっ!」とか狂った絶叫を上げ続けた。
しかし幾ら叩いても赤いセダンの赤いボディや
フロントガラスは凹んだりもしなければフロントガラスに
蜘蛛の巣状のヒビが入る事も無く無傷のままだった。
するとクラマは何故赤いセダンが壊れないのか分からず苛立ちを募らせた。
「くそっ!くそっ!何故だっ?何故だ?何故?壊れない!くそっ!くそっ!」
クラマは両眼を見開いたまま、大口を開け、大量の唾を吐き、
悔しそうな表情で怒鳴り続けた。
それからクラマは何故思い通りにこの赤いセダンが壊れないのか判らなかった。
そこで彼は原因を探ろうと不意に赤いセダンの四角いドアをガバッと開けた。
そしてクラマは「そうだ!そうだ!中から壊してやろう!」
思いついたように赤いセダンの後部座席に潜り込んだ。
咄嗟に俺は本能的にクラマを捕食しようと思いっきり
赤い四角いドアを高速でバタンと閉めた。
高速で閉まったドアは勢いよくクラマの黒いズボンを履いたお尻に直撃した。
彼の身体は吹っ飛ばされ、後部座席に乗り込んだ形になるとバン!
と四角い扉は勝手に閉じた。
そしてバンバンバンとクラマは両手で後部座席の
内側のフロントガラスを叩きながら怒鳴った。
「おい!このっ!開けろ!開けてくれ!シャノン!」
しかしシャノンはガレージの部屋の隅っこでガタガタと
まるで心無い飼い主に段ボールに詰められ、豪雨の降る中、
ビショビショになり,酷い寒さで震えている子犬か子猫と
同じ位、激しく体をブルブルと震わせて極限の恐怖で
全身はおろか指一本すら動けなかった。
一方、赤いセダンの車内に閉じ込められた
クラマは内側からロックが掛かる音を聞いた。
途端に彼は大慌てで更にバンバンと内側のフロントガラスを叩き続けた。
「おい!このっ!出せ!あんたの仕業か?出せよ!なんだ?」
クラマはゴボゴボと大きな泡立つような音が聞こえた。
やがて車内はあの生温かい水がクラマの足元から上へ上へと水位が上がっていった。
「うっ!ごぼっ!ごぼっ!ごぼっ!畜生!出せ!出せ!クソがッ!」
間も無くして車内の天井まで水位が達し、クラマの全身をあっと言う間に沈めた。
クラマは溺れかけつつもまだ生きていたので何度も何度も拳を振り上げて、
ゴンゴンと叩き、ゴボゴボと口から泡を出し、何かを叫び続けた。
しかしとうとう意識を失いかけたのかやがてクラマは車内の後部座席に沈んで行った。
シャノンは恐怖を感じつつも四つん這いでその車内が生温かい水に
覆われた赤いセダンに恐る恐る接近した。
それからおっかなびっくりと赤いセダンのフロントガラスを覗き込んだ。
フロントガラス隔てた車内は生温かい水に覆いつくされていた。
更に時々、ごぼっごぼっと泡が浮かんでいた。
シャノンはただじっと車内の生温かい水に浮かぶ泡を無言で見ていた。
彼女は既に正常な思考は消えていた。
ただしばらくの時間、ぼーっとシャノンは見ていた。
沈黙がしばらくの間続いた。
次の瞬間、バアン!と言う大きな音と共に
クラマの右手が激しくフロントガラスを叩いた。
シャノンは驚きの余り、両手で口を押えて、全身を震わせた。
「きゃああっ!」と甲高い悲鳴を彼女は上げた。
やがてフロントガラスに叩きつけられたクラマの右手はー。
皮膚、肉、神経、血管の順にドロドロに溶けて液化し、白い骨が露出した。
更にその白い骨と化したクラマの右手もたちまち、消化され、
液化してあ跡形も残さず消失した。
それから車内を覆っていた生温かい液体は
水位がみるみる下がり、あっと言う間に消えた。
シャノンはそれを間近で見てしまい、顔面蒼白で榛色の瞳を大きく見開き、
口を両手で押さえ、唖然とした表情で見ていた。
「車が人間を喰ってる!」
シャノンはブルブルと震えつつもそうつぶやいた。
続けて立ち上がり、本能的に赤いセダンから離れた。
そしてシャノンと赤いセダンは1m先で向き合った。
やがて俺事、アレックスは赤いセダンのまま重大な事に気づいてしまった。
そうーそれは俺がクラマを捕食したのが原因でこの家の主の
シャノン・カエデ・マルコヴィアに自分の正体が
人を喰らう魔獣ホラーだと知られてしまった。
つまり俺は赤いセダンの姿をしていてもここには居られない。
俺はここを去らなきゃいけないんだ!兄弟よ!
赤いセダンの姿をした俺は四輪タイヤを走らせて開け放した
ガレージの入り口から出て行こうとした。
するとシャノンが「待って!」と俺を呼び止めた。
俺は赤いセダンのタイヤを回し、前進したところで停止した。
シャノンは涙ながらにこう訴えた。
「お願いだから!行かないで!」
しかし俺はタイヤをきしませて静かに前進した。
俺はあんたまで喰らいたくない!喰うには余りにも美しいから!
「あたしを助けてくれたんでしょ?!あの乱暴男から!!」
俺はなおもシャノンが語り掛けてくるのでタイヤを軋ませて回れ右をした。
俺は赤いセダンのヘッドライトで可憐な顔立ちして
涙を浮かべているシャノンの顔を照らした。
「お願い!一緒にいて!怖いのっ!一人がッ!」
思わず俺は赤いセダンの姿のままシャノンに急接近した。
シャノンは不安な表情を浮かべた。
「あたしを喰らってまた何処かに行くのね!遠い所へ……」
シャノンはそれがいいかもと思っていた。
少なくともこちら側(バイオ)の世界で乱暴な男の視線に怯えて
常に大切な者や物を奪い取られる恐怖を感じながら暮らし続けるより。
このまま貴方に喰われた方がー。
あたしはクラマや他の男達に数々の酷い暴言や暴力を執拗に受けた!
だから!正直!人間の男なんかもう信じられない!信用しない!
だから!あたしを!あたしをどうか喰ってお願い!一思いにガブリとやって!
彼女はとうとう今まで自分が心の中に隠して来た本音を心の中で叫び続けた。
彼女の心の叫びを感じた俺は今まで受けた彼女の肉体的、
精神的な痛みと悲しみと絶望と怒りと感情の
思念を読み取り、自分の心が痛くなって来た。
それから俺はシャノンの心の痛みを知り、彼女を支えたいと思うようになった。
 
(第23楽章に続く)