(第18章)命って……なんだろう……

(第18章)命って……なんだろう……

夕陽が赤く染まるまで沈み始めた頃、カラスが「カアカア」
鳴いて飛んで自分の巣に帰ろうとしていた。
体育館から飛び出した沙羅は公園のブランコに座って
「大人の馬鹿……」
と言いながら泣き続けていた。
そこへ覇王が歩いて来た。
「どうしたんだ……なぜ泣きながら体育館を飛び出したんだ……」
と話しかけた。沙羅は
「お兄さん?誰?」
と珍しそうに覇王を見た。
無理も無い。覇王の格好はかなり飛びぬけていた。
金髪で深紅の長いコートを着て、片手にドイツ語の
ファウスト」の本を抱えている。誰がどう見たって怪しい男である。
「俺は……覇王圭介……地球防衛軍のM機関にいる……もしか
したら失礼かも知れないけどさ……君はもう少しあの人達の気
持ちも聞いてあげた方がいいと思うよ……」
沙羅は「どうして?」
覇王は
「どうしてそこまで『命』に対して敏感なの?」
と聞いた。
その思わぬ質問に少し戸惑ったように沙羅は
「私のお母さんはね……あたしが4歳の時にお腹に赤ちゃんが
いたの……でもお母さんは病気で、お医者さんから、赤ちゃん
かお母さんの命のどっちしか助けられないって言われたの……
私はどっちの命も助けたかったのに……赤ちゃんもお母さんも
病気で死んじゃったの……」
と言って黙り込んだ。
覇王は
「そもそも『命』って何だろう?そんなに『命』を失うと何故
悲しくなるんだろう?」
とつぶやいた。沙羅は
「何でそんな事を聞くの?」
と不思議そうに聞いた。
覇王は「いや……よく分からないんだ!!人の心がさ……」
沙羅は「そうなの……」
覇王は
「大きくなったら子供が欲しいと思う?」
と聞いた。沙羅は笑顔で
「うん!!」
と言った。
覇王は
「人間の心って?不思議だね……自分や自分の中に宿った命だ
けゃなくて、他人や動物とか怪獣の為に泣いたり、笑ってあげ
たり、本気で怒ったり、思いつめたりしてさ!!」
沙羅は「『命』はね……たった一つしかないんだよ……」
覇王は
「何故?」と聞いた。
沙羅は
「失うともう2度と帰ってこないの……お母さんも……」
とまた静かに涙を流していた。覇王は
「たった一つだけの存在……それが命なのか?だから人間は感情があるのか?
そのたった1つの自分の命や他人や怪獣の命を守る為に人間は強くなるのか?」
と納得した様に言った。
沙羅が
「私にはよく分からないけど……」
と言ってブランコを降りた直後
「おーい沙羅!!」
と言う男の声が聞こえた。
公園の前には彼女の父親と思われる男性が立っていた。
沙羅は「パパ!!」と言って走り出し、父親は彼女を抱きしめた。
沙羅は
「覇王兄ちゃん!じゃ-ねー!」
と言うと父親の手をつないで歩き出した。父親に
「皆心配していたぞ!!」
と言われると沙羅は
「御免なさい……」
と謝った。
覇王は仲良く手をつないで歩き去る親子の様子を見て
「親子とは何だ?普通の男性が他人の女性を好きになって
結婚して、子供が母親となる女性の体内に宿って,産まれて
家族ができて幸せに暮らす……一体人間達が考える本当の幸せ
とは?何だろうな?怪獣の命を奪ってまで自分の安全と幸せを
つかもうとしている……あの浩子と言う女性……俺にはよく分からないよ……」
とつぶやくと一度地球防衛軍本部に戻る為に『ファウスト』の
本を読みながら公園を後にした。
その帰り道にゴードン大佐と尾崎に出会った。
尾崎は「あれ?覇王どこにいたんだよ?」
覇王は
「いや……ただ散歩していただけだ!!」
と返した。ゴードン大佐は
「お前はすぐにいなくなるから……」
と呆れた様に言った。3人で地球防衛軍の本部ビルまで歩いて
帰ろうとした時
覇王は「なあ……本当の幸せって何だ?」
尾崎は「さあ……分からない……」
と返した。ゴードン大佐は
「怪獣の脅威から町を守って町の人々が幸せなら俺も一番幸せだ!!」
と答えた。しかし覇王は
「でもその町を守る為に怪獣を殺してしまったら……
別の怪獣も同じ気持ちになるのでは?」と返した。
2人は無言になった。

(第19章に続く)